表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚姫  作者: 霜月黎夜
25/46


 あの日から、充分時間を置いた。

 私がいないから、小瑪はもう来ない。

 躍る魚たち、闇を灯す珊瑚…海の底だって美しいけれど、私はあそこが好き。

 手を伸ばせば届きそうな空の下、大好きな唄を歌っていたい。

 でも、私の歌声は命を殺す…

 殺したくないのに、死は否応無しに迫る。

 逃げられない…小瑪の言う、運命…

 私は、簡単に割り切れない…

 人間が死ぬ…私のせいで…

 私は禍…禍でありながら小瑪を愛した。

 禍、だけれども…私は願う。

 勝手だとは、判っている。でも…それでも願う。

 …生きて。

 どうか、生きて…小瑪…



 エミールは視界を開いた。

 海が、ずっと先まで続いている。

「…苦しい…」

 太陽の光が届かない、海の底は孤独なエミールを圧迫した。

「…空を、見たい…」

 あの空の下で、心を鎮めたい。

 しろがね尾鰭おひれを翻し、海底を進んだ。

 しばらくすると、眼前に七本の柱が見えてきた。“人魚の椅子”である。

 その中の、ソファ形の“椅子”のたもとに添うた。

「…大丈夫。小瑪はもういない…」

 自分に言い聞かせ、地上へ向かう。

 そうっと頭を出すと、爽快な風が頬を撫ぜた。

 “椅子”にしがみつき、空を仰ぐ。雲が威風堂々と構えていた。

 地上の色合いに、エミールは心躍らせ、久しぶりの晴れやかな笑顔をつくる。

「エミール」

 凛とした、けれど、どこか疲労の見える声に、ギクリと瞠目し、身を強張らせた。

 聞きたくなかった──聞きたかった、声。

 ひとつ身震い、首を巡らす。

「──さ、さめ…」

 小瑪はいつも通り“集いの席”にいた。

「やっと、会えた」

 黒のズボンに、白い襟シャツ姿の小瑪。

「とりあえず、そこに掛けてくれる?」

 微笑んでいるのに、その微笑みが怖い。

 いま逃げ出しても、容易に追いつかれそうな気がした。

 エミールはビクビクしながら従い、“椅子”に這い上がる。ちょんと座り、小瑪と向き合った。顔が上げられない。

「…昨日、雨が降っていたのは知っている?」

 訊かれ、思い返してみると…なるほど、確かに海は荒れていた。地上は雨だったのだ。

 頷き、曖昧に首を傾ぐ。

「土砂降りだった。その雨の中、お前がいないか、見に来た。

 お前が隠れてから、一日も欠かさず様子を見に来ていた。雨でも……そのせいで、今日は少し熱がある。頭がボーッとしているよ」

 小瑪は自分の行為を嘲るように、唇の片端を上げた。

 一方、エミールは恐縮してしまって、肩が上がっている。

「…人魚って、どうやって性交するんだ?」

 何の脈絡もなく、唐突に降ってきた言葉セリフを、エミールが理解するには多少時間を要した。

「──…え?」

 ポカンと口を開けたエミールは、真面目な表情の小瑪を目にして、カァッと赤面する。

「し、知りません!!」

「知らない? 親に訊いてみたりしない?」

「訊きません!!」

 上気した頬を両手で包み、恥ずかしくて身体を縮めた。

「…もしかして、小瑪は訊いたんですか?」

「いや…俺の親は、もうずっと前に死んでるから…」

 小瑪は腕組みし、瞳を虚ろにする。

「そう、ですか…」

 いたたまれなくなるエミール。

「なら、人間と人魚はできると思う?」

「…まだ、それを訊くんですか? どうして、そ、そんな事を訊くんですか?!」

「いや、気になったから…」

「気になっても、訊かないで下さいっ!! 答えられる訳がないでしょう! 貴男には羞恥心がないんですか? そんな…そんな事、よく口にできますね…」

 小瑪はクスッと微笑った。

「…できると思う?」

「ですからっ──」

 バッと顔を上げて見たモノは、小瑪が前のめりに倒れる瞬間。

 目を丸くしたエミールは、金縛りにあったように動けなかった。

 ──ドボンッ…

 小瑪は海に落ち、浮き上がってくる気配がない。

 …小瑪は、体調が優れないのだった…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ