礼
「そんな、簡単に…割り切れるものなんですか?」
泪は瞳に溜まり、零れそうで零れない。
「俺は、ね」
小瑪は微笑った。気付いているのか、いないのか…とても切ない仕種。
つと、エミールの輪郭をなぞり、目許に触れた。
「…嘘だ、間違いだ、有り得ない…そんな事を叫んでも無意味だから。哀しいだけ。割り切って考えれば、少しは楽だよ。
デゼロは運命の死を迎えた…って」
「それで…本当に、良いんですか?」
「ああ…
だが、ひとつだけ、運命に文句がある。
なにも、すれ違ってしまった時に連れて逝かなくても良いじゃないか。
残された者は、後味が悪い…」
小瑪は肩を竦める。
「それもまた、運命なのかもしれないが…」
エミールは、いっぱいに目を見開いた。
「『小瑪が来たら…』」
「え…?」
「『小瑪が来たら、伝えて欲しい。
…声を荒げてしまって、すまない。君は帰ってきたばかりで、何も知らなかったのに…』」
エミールの脳裏に影像が弾ける。
腕には、冷たくなった彼が、デゼロが力を振り絞って伝言を遺す感覚が蘇った。
「『…最後には、信じてくれると思っていた。ありがとう…
私と君とエミールと…良い友達になれると思っていた。
他人に関わる事を厭う君でも、エミールとならきっと…
…良い関係に、なれただろう……
辛い思いを、させて、本当にすまなかった…』」
何かに取り憑かれたように喋り出したエミールを、ただ驚きの表情で見つめていたが…
「…デゼロが、そう言っていたのか…?」
「はい…」
「…お前は、本当に、最高の親友だ…!」
小瑪は、くしゃりと相好を崩す。泣くかと思われたが、泪は流れなかった。
けれど、泣いているようだ…
「俺の親友は、生涯でお前だけだ…デゼロ…
ありがとう」
「?」
突然の感謝に、エミールはただ呆然とする。
「……私は、何もしていません…」
「デゼロを見つけてくれた。
彼を、看取ってくれた」
「そんな!」
頬に添えられる小瑪の手を、乱暴とまではいかずも、強く、払った。
「感謝をされるようなことではありません! つけが、回ってきただけです!」
哀しみよりも、怒りが溢れる。
…私ヲ責メテ!!
…心ガ滅ビテシマウホド!
大切な人を奪ってしまったのに、許されるとはどういうことだろう。
心が完全な闇に染まらない。
どう反応すればいいのか、判らない。
憎まれたなら、まだ対応の仕様があったのに…
「どうして、自分を貶めようとするんだ?」
「───」
聞き慣れない言葉に、エミールは瞠目し、
(…貶め、る?)
混乱した。
「私が…私を…?」
「…けど、俺が偉そうなことを言えない。
俺と、お前を説教できるのは…デゼロだけだな」
小瑪は苦笑し、先に払われてしまった手をまた元の位置に戻す。そうして、親指でエミールの頬骨を撫でた。
「この話はこれで終わり。いつまでも、ぐだぐだ言っていたら、埒が明かない」
「………」
「な?」
「…はい」
瞼を下ろしたエミールは、コクンと頷く。
「じゃあ、俺とエミールを巡り逢わせてくれた…デゼロに、感謝しよう」
「え…」
思わず、小瑪を見上げたエミール。
…デゼロのおかげ?
首を傾げる。
「デゼロから話を聞かなければ、俺はここに来なかっただろう」
エミールは、キュッと唇を引いた。
(本当に…デゼロと知り合わなければ、小瑪を知らなかった…)
胸の前で手を握り、祈るようにする。
「…私、感謝します。
デゼロから色々と聞かなければ、小瑪には会えませんでした」
小瑪は“席”に這い蹲ったまま、エミールと同じ構えをした。
「感謝します。
デゼロが親友で、俺の人生は少しだけ、ほんの少しだけ…明るく色付きました」
小瑪とエミールは視線を合わせ、
「「ありがとう」ございます」
声を重ねる。
やんわりと、微笑み合った。