表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚姫  作者: 霜月黎夜
22/46


「待て、俺は何もしない…だから、あまり動かないでくれ。こんな所で寝てしまったから、身体があちこち痛いんだ」

 そんな事を言い、首をコキッと鳴らす人間。

 これは、面倒臭がった結果なのだが、人魚は知らない。自分のせいかも…と、恐縮していた。

「…エミール、だな?」

 見上げると、瑠璃の瞳に、怯えきった自分が映っている。

「……小、瑪…」

 無意識的に呟いたエミールの、月長石ムーンストーンの瞳にも、微かに瞠目した人間──小瑪が映った。

「デゼロに、聞いたのか」

「あ」

 エミールは気まずく、顔を逸らす。

「…ごめんなさい」

「俺も、デゼロに聞いた」

 意外にも、穏やかな声音だったので、ひとつ瞬き、恐る恐る瞳を移した。

 小瑪は〈笑う〉という行為が苦手なのか、その微笑みはぎこちない。けれど、心惹かれる笑顔だった。

「だが、よく俺が小瑪だと判ったな」

 エミールは惑うように、瞳を彷徨わせる。

「──デゼロと、同じ匂いが……しましたから」

「そう…」

 デゼロの言っていた通り、エミールの声は美しかった。穢れのない、澄んだ音色。デゼロが興奮するはずだ…とても聞き心地が良い。

「謝ったのは、何故?」

「そ、れは…」

 エミールは口籠もった。

 …答えにくい質問だと、判っている。

「……私の、せいで…デゼロが……貴男の親友を、奪って……」

 エミールの瞳がじわりと湿り、雫が転げた。

「お前のせい?」

「私の歌声を、聞いてしまったんです…」

 エミールから逃げようとする気配がなくなり、小瑪は拘束を解く。

 そして、エミールの頭に手を乗せた。

「だが、デゼロはそう思っていない」

「え…」

「デゼロは、お前を庇っていた」

 優しく撫で、艶やかな感触を楽しむ。

「デゼロは死んでしまったけれど…彼は、俺に言った。エミールは何も悪くない、と」

 今度は、小瑪は緩やかに微笑んだ。ぎこちなくない、温かな…

 いっそ責めてくれた方が、よかった。怒って、憎んで…めちゃくちゃに…

「──う、ぅうう〜…」

 エミールは咽喉を詰まらせ、大粒の泪を零した。

 可愛らしい貌が、くしゃくしゃになっている。

「…ごめ、なさっ…! 誰も死なせたく、ない──デゼロだって、死なせたく、なかっ、た!」

 エミールは、激しくしゃくり上げた。

「デゼロは、私を友達、だって言ってくれて…私、なんかをっ──私、デゼロに甘えて…近付かないでって、言えなかった──デゼロと、お喋りする、のが、楽しかった…」

 小瑪は黙って、エミールの頭を撫でる。

「でも、デゼロも──海で、彷徨っている、彼を見つけても、私は何も、できなかった…! 陸地に、連れて行く、ことしか、できなかっ…

 私なんかに、近付いたから!

 でも、私は、彼を拒めなかった……だって、独りは…辛い…」

「…うん」

「──私が、すべての元凶…私さえ、いなければ……」

 苦しげな嗚咽は唇に蟠り、泪は涸れることを知らない。

「…ありがとう」

 小瑪は瞼を落とし、囁いた。

「デゼロを想って、泣いてくれて」

「私は…」

 エミールは横に首を振り、両手を耳に当てる。

「私は、綺麗じゃない…! 誰かが死ぬ、と判っていて、それでも、ここを動かずに! 独りが、怖いから…私は、自分の事ばかり!」

「きっと、誰でもそうだよ」

「どう、して…? どうして、私を責めないんですか!? 私は、取り返しの、つかない事を…!」

 ギュッと、下唇を噛み、瞳を強めた。

「うん。普通なら、取り乱すんだろうね。だけど、その人はもう帰ってこないだろう?」

 小瑪は手を休めず、ひたすらエミールの頭を撫でる。

「生きているモノは、必ず死ぬ。どんなに永く生きようが、平等に…覆せない、自然の掟…

 だから、デゼロの死が哀しくても、運命なら仕方ないよ」

 双眸を細め、瑠璃の瞳はくらく透いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ