謝
「待て、俺は何もしない…だから、あまり動かないでくれ。こんな所で寝てしまったから、身体があちこち痛いんだ」
そんな事を言い、首をコキッと鳴らす人間。
これは、面倒臭がった結果なのだが、人魚は知らない。自分のせいかも…と、恐縮していた。
「…エミール、だな?」
見上げると、瑠璃の瞳に、怯えきった自分が映っている。
「……小、瑪…」
無意識的に呟いたエミールの、月長石の瞳にも、微かに瞠目した人間──小瑪が映った。
「デゼロに、聞いたのか」
「あ」
エミールは気まずく、顔を逸らす。
「…ごめんなさい」
「俺も、デゼロに聞いた」
意外にも、穏やかな声音だったので、ひとつ瞬き、恐る恐る瞳を移した。
小瑪は〈笑う〉という行為が苦手なのか、その微笑みはぎこちない。けれど、心惹かれる笑顔だった。
「だが、よく俺が小瑪だと判ったな」
エミールは惑うように、瞳を彷徨わせる。
「──デゼロと、同じ匂いが……しましたから」
「そう…」
デゼロの言っていた通り、エミールの声は美しかった。穢れのない、澄んだ音色。デゼロが興奮するはずだ…とても聞き心地が良い。
「謝ったのは、何故?」
「そ、れは…」
エミールは口籠もった。
…答えにくい質問だと、判っている。
「……私の、せいで…デゼロが……貴男の親友を、奪って……」
エミールの瞳がじわりと湿り、雫が転げた。
「お前のせい?」
「私の歌声を、聞いてしまったんです…」
エミールから逃げようとする気配がなくなり、小瑪は拘束を解く。
そして、エミールの頭に手を乗せた。
「だが、デゼロはそう思っていない」
「え…」
「デゼロは、お前を庇っていた」
優しく撫で、艶やかな感触を楽しむ。
「デゼロは死んでしまったけれど…彼は、俺に言った。エミールは何も悪くない、と」
今度は、小瑪は緩やかに微笑んだ。ぎこちなくない、温かな…
いっそ責めてくれた方が、よかった。怒って、憎んで…めちゃくちゃに…
「──う、ぅうう〜…」
エミールは咽喉を詰まらせ、大粒の泪を零した。
可愛らしい貌が、くしゃくしゃになっている。
「…ごめ、なさっ…! 誰も死なせたく、ない──デゼロだって、死なせたく、なかっ、た!」
エミールは、激しくしゃくり上げた。
「デゼロは、私を友達、だって言ってくれて…私、なんかをっ──私、デゼロに甘えて…近付かないでって、言えなかった──デゼロと、お喋りする、のが、楽しかった…」
小瑪は黙って、エミールの頭を撫でる。
「でも、デゼロも──海で、彷徨っている、彼を見つけても、私は何も、できなかった…! 陸地に、連れて行く、ことしか、できなかっ…
私なんかに、近付いたから!
でも、私は、彼を拒めなかった……だって、独りは…辛い…」
「…うん」
「──私が、すべての元凶…私さえ、いなければ……」
苦しげな嗚咽は唇に蟠り、泪は涸れることを知らない。
「…ありがとう」
小瑪は瞼を落とし、囁いた。
「デゼロを想って、泣いてくれて」
「私は…」
エミールは横に首を振り、両手を耳に当てる。
「私は、綺麗じゃない…! 誰かが死ぬ、と判っていて、それでも、ここを動かずに! 独りが、怖いから…私は、自分の事ばかり!」
「きっと、誰でもそうだよ」
「どう、して…? どうして、私を責めないんですか!? 私は、取り返しの、つかない事を…!」
ギュッと、下唇を噛み、瞳を強めた。
「うん。普通なら、取り乱すんだろうね。だけど、その人はもう帰ってこないだろう?」
小瑪は手を休めず、ひたすらエミールの頭を撫でる。
「生きているモノは、必ず死ぬ。どんなに永く生きようが、平等に…覆せない、自然の掟…
だから、デゼロの死が哀しくても、運命なら仕方ないよ」
双眸を細め、瑠璃の瞳は闇く透いた。