続
白い砂浜に足跡を残し、浜の中程に来て、立ち止まる。
そこは、親友と再会した場所であり、最後の別れの場所であった。
「……デゼロ。今から、人魚に会ってみるよ」
再び、足を前へ出す──“椅子”を目指して。
太陽は傾き、赤い泪を零す。地の果てを血色に染めた…凄惨に…
自然にできたアーチの向こうに、人魚はいつもいると言っていた。
「毎日…人魚は、人間の異常な死者数を知っているのだろうか…」
死を悼む者なら、それが堪え難く、一所にいないのではないか。
「だが、一ヶ月の間、人魚はどこへも行っていないようだな…死者が減らないのだから…」
見た目とは裏腹に、残忍な性格をしているのだろうか。
──真実はその目で確かめろ
親友の言の葉が、胸の底から涌き上がる。
「…そうだな」
小瑪は微笑を洩らし、岬の腹を沿い歩いた。“集いの席”へ続く、細い曲線道をただ進む。
アーチを潜ると、半楕円形の空間が広がる。そこが“集いの席”だ。海には“人魚の椅子”が、一つ以外空席になっている。
人魚は、ソファ形の“椅子”にいた。
両手に顔を埋め、肩を震わせている。身体を丸め、哀しみに暮れているようだ。赤い陽射しで、ほんのり朱に色付いている。
歩みを止めた小瑪は目を眇め、その景色に魅入った。
(ああ…もしかして、どこへも行けないのか。誰かが死ぬことを理解していても…)
死者は、銀色の人魚に関わりある。
けれど、デゼロは庇っていた。
(お前を、信じる…デゼロ)
と、銀色の人魚が頭を上げる。
純粋無垢な頬は、泣き濡れていた。
大きく見開かれた目…小瑪と、視線が合う。
「匂い…」
人魚は、驚きと哀しみと後悔と、様々な負の感情を綯い交ぜた表情をし、苺のように甘酸っぱそうな唇を動かした。
「───ごめんなさい」
何故か、謝罪を奏でる。
一息つく間もなく、弧を描き、海へ…
パシャン──…
その夜、待てど暮らせど、人魚は現れなかった。
太陽が射し、小瑪の足下まで忍ぶ。
あれから…人魚が姿を消してから、小瑪は家へ帰るのが面倒臭くなり、“席”で夜を明かしたのだった。
“席”の壁面に凭れ、つらつら眠っている。
すると、海面が跳ね、飛沫が上がった。白金の髪が陽光を受け、透き輝く。
昨日の、銀色の人魚だ。
人魚は、ソファ形の“椅子”に這い上がろうと、手を伸ばす。少し高くて上りにくいが、一番気に入っている“椅子”なのだ。
細い腕に力を込め、不器用に身体を半分預けた時、視界の端に昨日はなかったモノが引っ掛かる。
「!」
ハッと首を巡らし、“席”にあるモノをはっきり認め、びっくり仰天した。
瞬間、肘掛け部分から手が滑り、ひっくり返ってしまう。
盛大に、波が荒立った。
“席”にあったモノは、人間。それも…
(昨日の、人…あの人…)
見間違いではないだろう。
ゴボゴボゴボ…と、泡が視界を覆い舞う。
尾鰭を動かし、鼻から上を海面に出した。
心臓はバクバクして、ちっとも治まらない。
困惑を眉間に寄せ、スイィと“席”へ近付いた。
“席”の下に張り付き、身体を支えて背を伸ばす。
(もう、少し…)
背中が攣りそうになりながらも端にしがみつき、じりじりと覗いた──
「!!!」
息を呑むのと同時に、海へ引っ込む。あまりに勢いよく空気を吸い込んでしまったため、噎せた。まずい、と、口を塞ぐ。
覗いた先には、瑠璃の宝石があった。鋭く、ヒトの内面を射抜くような双眸…人間は、壁に凭れたまま、目だけを開いていたのである。
(絶対に、見つかった……)
気付かれぬうちに、どこかへ姿を隠すか──と、思った矢先に。
「あ、よかった。いなくなったかと思った」
「!」
バッと振り仰ぐと、“席”から人間が半身を乗り出していた。人間との距離は、僅か三十センチしかない。
慌てふためき、人魚なのに溺れるかと思ったほど身を凝らせた。驚き、緊張し、一刻も早く後退する。
が、しかし、それは人間に阻まれてしまった。二の腕を掴まれ、蒼白になる。