友
小瑪は人魚を殺した…それが、ルーシャンの知りたかった真実。
しかし、ルーシャンは、それとは逆の真実が欲しかった。
小瑪が誰かを殺したなど、あってほしくない…
息だけが荒く零れる。肩を震わせ、とうとうと泪を流した。
「…この絵は、友人に貰った。技倆は見ての通りだ」
両手に顔を埋め、掠れたように静かな小瑪の声だけを耳にする。
小瑪は、銀の額縁を丁寧に、慈しむように撫でた。
(…この部屋で…)
スウと、視線を巡らす。
…あれは、一ヶ月近くの旅行から戻って来た時のことだった。
久し振りに家に帰り、吐息していると、彼が急くように訪ねてきた。
『小瑪、いるか?』
玄関で叫ぶ彼に、僕は苦笑を洩らして答えた。
『上に!』
バタバタと、大きな足音が上がってくる。
『小瑪!』
乱暴と思える程の勢いで、彼は部屋に入ってきた。
『ああ、すまない…』
自分でも思いも寄らなかった勢いなのだろう、扉が壊れはしていないか、慌てて確認をしている。
濃茶色のスラックスに合わせたベスト、くたびれたような白い襟シャツ…彼の家庭はそれなりに豊かであるのに、彼は飾った物を着ない。
栗色の髪には癖があり、誠実な容貌をしていた。
彼の名は、デゼロ。
『君が帰ってくるのを待ち兼ねた!』
その彼の腕には、布に包まれた絵画らしき物。
『これを見てくれ!』
青玉の瞳を爛爛とさせ、抱えていた物を僕の前に突き出してきた。
『絵か?』
デゼロはニコニコして、僕が布を解くのを待ち遠しくしている。
『…これは……』
それは、人魚をモデルにした絵だった。完成度は非常に高く、モデルである銀色の人魚は今にも動き出しそうな生命感に溢れている。
『…素晴らしい!』
僕の反応に満足したのか、デゼロは頻りに頷いていた。
『そうだろう? 素晴らしい人魚だろう?』
『え、あ、いや…』
僕はデゼロの技倆を褒めたのだが、彼は勘違いしたようだ。
『君が出掛けて、すれ違いに現れたんだ。本当に美しい人魚でね、一度見ておくといい! 銀色の人魚なんて、めったに見られるものじゃないからね! いつも人魚浜の、“椅子”にいるよ』
鼻から蒸気を噴かんばかりに、夢中に語るデゼロ。
『あと、私はまだ聞いていないが、最高の歌声を持っているそうだ! 確かに、綺麗な声をしている…』
あまりの熱烈さに、僕はたじろいだ。
『それは、……そう、か…』
『この絵は、君に譲る』
『え』
『また描くよ。最初のこの絵は、君に貰ってほしいんだ。それに、君以外には渡したくない』
『…なら、ありがたく……お前の絵は、好きだからな』
『うん!』
デゼロは、僕がしない笑い方をする。顔全体で壮快に笑う彼が、友人であって良かったと思った。
デゼロは、最高の親友だ。
…翌日、僕が不在の間の出来事を確かめるため、新聞紙を手にした。
きっと、銀色の人魚のことも出ているだろう。
『―――死者百人超える…?』
まず目に飛び込んできたのは、そんな数値だった。
詳しく見てみると、ここ一ヶ月の死者数であった。
しかも…
『さらに、行方不明者が二十人…何故、こんなに……』
すべては、海でのこと。
人魚浜…
『小瑪、いるか?』
下で、デゼロが叫ぶ。どこか浮かれた声音をしていた。
『小瑪! 最高だ!』
『一体どうした? いつになく騒がしいぞ』
勢いを弱めず部屋に入ってきたデゼロに目をやって、驚いた。
彼は、全身ずぶ濡れだった。
『君こそ騒げ!』
『…騒ぐ理由がないだろう』
『あるさ! 人魚だ! まだ見てないのか?』
『昨日の今日だぞ…』
眉を顰めた僕に構わず、デゼロは興奮している。
『…その恰好はどうした?』
『ああ! 床を汚してすまない!』
デゼロは、自分の身体を見下ろし、気恥ずかしそうに微笑んだ。
『誤って、海に落ちてしまったんだ』
床には小さな水溜りが転々と出来、デゼロの足元で大きな円になっていた。