真
ルーシャンは鯉のように口をパクパクさせ、扉の側に寄りかかる小瑪を凝視した。
「…僕は、君に言ったはずだ。誰だって、話したくないことがある…と」
腕組みした彼は、いつからそこにいたのだろう…玄関の軋む音は聞いていない。
「…ここには鍵をしていた。誰でも、入ってはならないことが判るはずだ」
小瑪は一歩も動くことなく、驚愕するルーシャンを見ていた。
『――…ささ、め…いつから、そこに?』
「…いつでも構わないだろう。ここは僕の家だ」
『いつ、帰ったの?』
「…それも、君には関係ない…」
ひとつ息を落とし、瞼を下ろす。
「…外を見てごらん」
声に釣られて、ルーシャンは後ろを振り返った。
大きな窓はカーテンに閉ざされていたが、夜ということは確認できる。気づけば、室内も暗闇に呑まれていた。
『――いつの間に…』
ルーシャンは唇を動かしたが、それは小瑪に見えない。
「…だが、君ばかりが悪いわけではない。僕にも非はある。ちゃんと説明していなかったのだからな」
小瑪の声の感じが変わり、ルーシャンは恐る恐る首を巡らした。
小瑪は、淋しげな眼差しで、銀色の人魚に視線を向けている。
(…初めて見た感情が、哀しみなんて……)
ルーシャンは、じっと瑠璃の瞳を見つめた。
「…絵の存在であっても、心を奪うのだな。
君は、この絵が気に入ったようだね」
そう言われ、ルーシャンは複雑な気持ちになる。絵はとても素晴らしい、しかし銀色の人魚に嫉妬した。
気に入ったのではなく、気になった。
「…少年と、」
ルーシャンは、ハッとする。
「…少年と何か話していたな。聞いたのだろう? ずっと伝えられている物語を…」
黙り込んだルーシャンを目にして、小瑪は苦笑した。
「…別に、責めているわけではない。知っている人は、知っているのだから」
柔らかな声音に、ルーシャンは頷く。
『……聞いた。小瑪はもう随分と永く生きていて、……その…それは…』
チラリと、銀色の人魚を横目にした。
「…人魚を殺したから?」
ルーシャンは下唇を噛み、小瑪を見上げる。
「…信じた?」
問いに答えようと口を開いたが、唇が震えただけに終わった。
「…気になったんだね、真実が」
コツ、と、小瑪が踵を鳴らし、流れる水の如く歩く。
銀の額縁に、触れた。
「…すべて、真実だ。僕は、人魚を殺した…」
乱暴に殴られたような衝撃を覚える。目を瞠り、目の前の現実に打ちのめされた。
『…ウソ……』
ガバッと、小瑪の腕を掴む。足がガクガクして立てない。ルーシャンの体重が、小瑪にかかる。
『ウソっ!!』
「…嘘じゃない」
小瑪は、ルーシャンの頭を撫でた。もう何度そうしただろうか。
「…嘘であってほしかった?」
翡翠の波が大きく揺れ、粒の泪が転げた。
「…君には、関係ないだろう」
『――ウソ、だ…ウソよ! 違う――絶対――何かの、間違いよ……』
「…間違いはない」
ルーシャンが知りたかった真実。しかし、そのような真実をルーシャンは欲しくなかった。
『何か、理由が……そうでしょう?!』
必死になって、縋るルーシャン。
覆らない真実を、それでも否定したいのだった。