絵
ルーシャンはベッドに腰掛け、手の中の鍵を見つめていた。
太陽はまだ夢の中なので、世界は暗い。ただ、カーテンの隙間から月光が忍んでいた。
(…小瑪…貴男は何者なの?)
人魚であって、謎の人に人間の姿をもらったのか。それとも……
──…あのにいちゃん、人魚を殺したらしいよ
声変わりをまだ迎えていない高めの声が、耳の内に響いた。
(あれは…あの人魚は、…?)
親指で鍵を撫でる。
(小瑪が…)
あの絵の人魚は小瑪なのか…小瑪が殺した人魚なのか…
(違う!)
ギュッと、鍵を握り込む。
(小瑪は殺していない! 違う…伝えられているものが、すべて真実とは限らないっ)
しかし、殺していないという証拠もない。
(違う…違う……でも、どっちなの…)
ルーシャンの心は落ち着かなかった。考えれば考えるほど、不安が募る。
瞼を下ろせば、最近よく流れる影像…暗闇の中で、白金の髪を風にたゆたわせる人魚が微笑んでいた。
銀色の鱗が一枚一枚、太陽の光を弾く。
そこに、小瑪が現れ、誰にも見せたことのないような柔らかい笑顔を輝かせた。
二人、手を取り合う。
(ダメ…)
ルーシャンは背を丸め、歯を食いしばった。
小瑪と人魚は親しく笑い、しかし、小瑪の手には禍々しくも美しい小刀が……
『ダメ───!!』
両拳でベッドを打ち、突っ伏した。ベッドが軋む。
ルーシャンは痛切に悲鳴を上げた。が、音はない。
眼裏の小瑪も、殺してしまった人魚を抱き、虚空へ慟哭していた。
すぅ、と、瞼を押し上げる。
カーテンの隙間からは、陽光が射していた。
いつの間にか、眠り込んでいたようである。
(…………)
右手を開くと、古の鍵が転げた。掌に型がついている。
ルーシャンは起き上がり、部屋を出た。
一階へ下りてみるも、小瑪の姿はない。どこかへ出掛けているようだ。
同じ屋根の下にいながら、小瑪に会えない。
元々の生活がそうであったのだろうが、ルーシャンが起きる頃にはすでに出掛けていて、寝る頃に戻ってくる。
当たり前に、ルーシャンは独りだった。そんな時、いつもあの部屋で人魚の絵を見つめている…時間の感覚が薄れてしまうほどに。
(……お父様やお母様は、知っているのかしら…?)
この日も、絵の前にいた。
床に座り込み、茫洋と見上げている。
(…知らないのは、私だけ…?)
遠い故郷の両親に尋ねるには、人間の姿を捨てなければならない。そうなれば、二度と地上には戻ってこれないだろう。
(……貴方は誰? 小瑪ではないなら、一体…)
ルーシャンは無感情な表情をしていた。
(…小瑪とは、どういう関係なの?)
銀色の人魚。
頭を巡るのは、幸せそうな二人と、激しく嘆く小瑪。
(いつまでも、小瑪を虜にしないで…!)
ルーシャンの双眸は、嫉妬に燃ゆる。
「…君は、本当に詮索好きだね。いつか、災いを招いてしまうよ」
抑揚のない声に、ルーシャンは息を詰めた。