表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚姫  作者: 霜月黎夜
13/46

 その部屋は、冷たい空気を漂わせていた。

 他の部屋と違い、塵一つなく、時間の流れを感じさせない。いつかの瞬間が、凍り付けになったよう。

 正面に大きな四角い窓が二つある。しかし、カーテンで閉ざされていた。

 部屋の中央には、低いテーブルと、テーブルを挟む二つのソファ。広い空間であるのに、それだけの家具しかない。

 そして、右の壁には、絵が一枚。額縁は銀で仕立てられていた。

 とば口からはよく見えないので、絵の前まで移動する。

『───!』

 ルーシャンは目を見張り、いっぱいに息を呑んだ。

 そこには、海に突き出た岩に腰掛けて、表情を和ませている人魚が…

 金剛石ダイヤモンド緑玉石エメラルド青玉サファイアをちりばめたように鮮やかな海。岩に砕ける波が、藍玉アクアマリンの輝きを放っている。

 白金プラチナの真っ直ぐな髪は月光に融ける…白蓮の肌は一点の穢れもなく…瞳は月長石ムーンストーンをあしらっている…ルーシャンが知っている誰よりも、美しい人魚。

 また、尾鰭おひれも、ルーシャンが見たことのないしろがねをしていた。真珠を粉々に、光を保っているよう。

(──なんて、なんて綺麗な…)

 自然に泪が溢れた。胸がいっぱいになり、心を奪われる。

 泪でぼやけた視界の中、人魚はある人物と重なった。それは、

(──…小瑪?)

 小瑪…人魚は、小瑪に似ている。

 思わず、ルーシャンは手を伸ばし、人魚の輪郭をなぞろうとした。が、伸ばした状態で、とどまる。

(小瑪…小瑪は、人魚?)

 溜まる泪が、つうと頬を伝った。

(潮の香り……だから、潮の香りが?)

 手を引っ込め、カーディガンの袖を鼻先に持っていく。

(でも、どうして? 人間の──)

 刹那、脳裏に閃光が走り、影が弾けた。

 闇を纏う謎の人……

(あの人…小瑪も、あの人に会った? それで、私みたいに、何かと引き換えに…?)

 あ、と、ルーシャンは口を押さえる。

(ばれたら、泡になる! どうしよう…小瑪も、私と同じ?)

 視界がグラグラした。

(……口にしなければ、大丈夫かしら? 人魚同士なら…)

 頭が短絡ショートしてしまいそうだ。

 目の前にあるのは、謎ばかり。

 本人に答えを求める訳にはいかない。

(…絶対に訊けない。泡になってしまう危険性があるもの。それに、何より、小瑪が嫌うわ…部屋に鍵を掛けていたほどだもの、ヒトには見せたくなかったんだわ…)

 後ろに退あとじさるルーシャン。ソファに背をとられる。

(私は、見てしまった…小瑪が知ったら、きっと…ううん、絶対に怒る)

 みるみる目を丸くし、

(そしたら、もうここには、いられなくなる…)

 ブルッと慄えた。

(そんなのは、イヤ!!)

 秘めた空間から、ルーシャンは逃げ出す。

 鍵を掛け、封印し直した。

 肩で息をし、鍵を握り締め―――

 ギギィイイ……

 カッと目を見開き、ルーシャンは扉の前で凍りついた。

 …玄関が、主人の帰りを知らせる。

 バタァン…

 今、小瑪が二階に来たら、ルーシャンを不審に思うだろう。何をしていたか、確実にばれる。

(どうしよう…どうしよう…!)

 足音が階段へ向かってくる。

(ダメ…来ないで…お願いっ!)

 ルーシャンは動けず、ぎゅっと目を瞑り、鍵を握ったまま祈るようにした。

 …願いが通じたのか、足音は階段から離れていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ