扉
ルーシャンはひとつ頭を振った。
(…それにしても、広い屋敷……物が少ないから、とても)
ゆっくりと首を巡らせる。と、すぐ近くにあった扉が、目に留まった。
また、好奇心が疼き出す。
(…ちょっと、覗くだけ)
…その扉も鳴いた。
開けた途端、ムワッと、埃と湿っ気がルーシャンを襲う。
慌てて、口を守ったルーシャン。
(―――……)
部屋の有様は、そう、整然としているのだが、“塵も積もれば山となる”を実現してしまっている。一体、埃は何センチあるのか…
(…スゴイ部屋。でもここだけなの、かも……)
と、思ったが、小瑪の言葉を思い出す。
――…ここが一番マシな部屋。
他の誰でもない、小瑪が言ったのだ。
ルーシャンは、左にある扉を見た。借りている部屋と、今見た部屋の間にある扉。
(…ここは)
ノブに手を掛け、
キイィ、パタンッ…
薄く開いて中を見て、一秒が経つか経たないうちに扉を閉めた。
(ここも、埃…!)
次に、後ろの扉を振り返る。
キィ、パタンッ
(埃!)
次は、その右横、ルーシャンが借りている部屋の向かい。
ギ……
(……)
ルーシャンは安心すべきか迷った。
そこは書庫のようなもので、埃は言うほどないが、書物で埋め尽くされている。壁一面に並んでいる本棚は、窓まで隠してしまっていた。その本棚に入りきらず、足の踏み場もなく、書物が床に溢れている。とにかく、何百何千冊という書物が突っ込まれていた。
(――…)
大量の書物に圧倒され、扉を閉める。
ルーシャンは、そこから向こうの廊下の端まで歩き、左手側にある扉の前で止まった。
キュイィ……バタンッ
(ダメ、埃!)
へぅ、と、呆れて肩を落とす。
小瑪のために掃除をしてあげようかと思ったが、気持ちがとうに萎えてしまっていた。
(小瑪は独りだから、部屋はひとつでいいと思ったんだわ。私が来るなんて、思いも寄らなかったでしょうね……)
ルーシャンは、カーディガンをパタパタ叩き、埃を払う。
(…じゃあ、小瑪はどこで寝ているのかしら? 唯一の部屋は、私が使うことになってしまったから……)
思い至り、左斜め後ろを肩越しに振り返った。
まだ見ていない、最後の扉。
(……ここかな?)
二階にある部屋の中で、一番広そうな部屋。
(どんな部屋だろう…)
恐る恐る、ノブに手を掛け――
(?)
扉はビクとも動かなかった。
(あ…)
鍵穴がある。
(ここだ。ここの鍵なんだ…)
ルーシャンは階下を覗き、耳を澄ました。
(…小瑪はまだ帰ってこないよね……)
ゴクリと唾を飲み、鍵を取りに戻る。
…真紅の薔薇が嗤った。ルーシャンの行為がとてつもなく愚かだと――白い茨が、秘密を守ろうとする――暗い底には、鍵が横たわり、成り行きを傍観していた。
(…鍵が掛けられているのは、誰の立ち入りも拒んでいるから。そこにある秘密を、私は暴こうとしている……ううん、秘密なんてないのかも…ただの部屋かもしれない。小瑪の部屋…)
心臓をバクバクさせ、鍵を握り締める。
(知りたい。私は、真実を…小瑪を…)
最早、どんな気持ちよりも好奇心が勝っていた。
(小瑪はまだ帰ってこない。ちょっと見るだけ…黙っていれば、大丈夫)
ルーシャンは、玄い箱に背を向ける。
ルーシャンの悪い癖…好奇心に勝てず、高を括る。そのせいで、人間に捕まったというのに、少しも直らない。
(何が、あるのかしら…)
鍵を、鍵穴へ――
(やっぱり、ここだった…)
時計回りに、鍵を動かす。
カチッ…――――
…扉は、鳴かなかった。