刑事の娘
健ちゃんの瞳の中に、あたしが映っている…。
あたしはなぜだかこの瞬間、このままこのことを何も知らないほうがいいような気がして…。
思わずフッ…と、その瞳の中から飛び出すように視線を逸らした。
…それでも、父親譲りのDNAが心の中のどこかで、あたし自身が納得するまで知るべきなんだと、見るべきなんだと、確かに…静かに…蠢いている…。
あたしは健ちゃんの瞳を見つめ返すと
「…そう、風間コーチのこと…その場にいたのなら、かなりのショック…だったよね。…あと、うちのお父さんのことも…大丈夫だった?失礼なこと言わなかった?」
あたしがそう尋ねると、健ちゃんは頷いて
「ああ、俺は全然大丈夫。風間コーチには悪いけど…まぁ、しょうがないっていうか…。山口の父さんのこともプールの横にある事務室で、みんな順番に簡単に事情を聴かれただけだから」
健ちゃんはここで、両手を組んで頭の後ろに添えると、軽く天井を見上げるように
「でもやっぱ、山口の父さんって普段はそんな風には思わなかったけど…刑事なんだなって感じたし、思ったよ…」
そう言って微笑んだ。
その微笑みに、あたしも釣られて一緒に微笑むと
「…うん、なら良かった。…何だかごめんね。色々と変なこと聞いちゃって…」
そう小さく言った。
健ちゃんはそんなあたしを見て、わざと大袈裟な口調で
「何言ってんだよ!幼なじみの愛しい俺様ことを心配してくれたんだろ!?」
悪戯っぽくそう言う。
やかんの中のお水が、一瞬で沸騰するような感じ…。
両頬の紅い熱をごまかすように
「そうそう!腐れ縁で、長い付き合いの幼なじみのことを、仕方なしに心配してやったのよ!」
あたしがそう言い返してから、一瞬の間があって…。
その後、あたしと健ちゃんは、顔を付き合わせて二人して声を出して笑った。
…。
……。
………そして、その笑い声が治まった瞬間
「…山口、あのさ、実は俺…」
突然のトーンダウンと共に、健ちゃんの真剣な眼差しが、あたしの瞳を捉える。
「…ぅん?」
あたしはそう音を発するのが精一杯のことで…。
まるで何かの魔法に掛かったかのように、健ちゃんのその真剣な眼差しを見つめ続けて…次の言葉を待っていた。
…そして健ちゃんが、まさに口を開こうとした、その瞬間
「ただいま~!」
玄関から聞こえてくる、お父さんの声…。
今度は掛かっていた魔法が解けたかのように、あたしと健ちゃんは二人して肩で小さく息を吐き出すと、リビングに入って来たお父さんのことを静かに見つめた。
「「おかえりなさい」」
あたしと健ちゃんの声が、シンクロするように音を出す。
お父さんはそんなあたしと健ちゃんの顔を交互に見つめると、健ちゃんのほうに目をやって
「おう!健ちゃん!来てたのかい?今日は大変だったろう?でも心配することはないよ、あれは事故だからね、しょうがない!」
そう陽気に、健ちゃんに声を掛ける。
「…はい」
健ちゃんはそれに応じるように返事をしながら頷くと、あたしのほうを見て
「…じゃあ俺、そろそろ帰らないと…」
そう小さく言って、席を立つ。
「…えっ?あっ…うん…」
あたしは何だか、そんな健ちゃんを引き留めることが出来ずに、お父さんに小さく会釈をして、リビングを出て行く健ちゃんの後ろ姿を…その背中を…見つめていた。
そして…健ちゃんのそんな後ろ姿を見つめながら、あたしは不思議とこんなことを思っていた。
あたしは刑事の娘だけれど、刑事という職業があまり好きじゃない。
こんなことを言うと、お父さんには悪いけど…。
だって…人を疑うことを仕事にしているだなんて…そんな職業、絶対に嫌!
それは絶対に嫌なんだけれど…。
…でも、あたしにも確実に、そんな刑事であるお父さんのDNAが組み込まれている…・
そして健ちゃんがさっき、真剣な眼差しであたしに言いかけた、伝えたかったことを考えると…。
心の中にモヤモヤとした灰色の雲が現れて…それをドンドンと増大させていく…。
“…健ちゃんは何か重要なことを、あたしに隠している…”
娘のそんな気持ちを、知ってか知らずか。
お父さんは背広の上着を脱いで、リビングの椅子の背もたれにそれを掛けると、ネクタイを緩めながら
「おっ!カルピスか!外は暑くて堪らんよ!」
そう言って、健ちゃんの飲みかけのカルピスを一気にグイッと飲み干した。




