エピローグ
開けてはいけない
このドアは
開けてはいけない
絶対に
胸の鼓動が、身体に張りついた水着の中で
それをあたしに伝えようとしている。
濡れた髪から、タイルにそっと一滴…。
それがまるで合図かのように
あたしは静かに、ドアノブを回し…
気づかれないように、そっと
倉庫の中を覗き、見た。
…。
……。
………。
あたしがそこで…見た、光景…。
心の片隅に追いやって、記憶にしっかりと蓋をして、どこか忘れるように沈めていた…ビジョン…。
風間コーチはしゃがみ込みながら、あたしに背を向けて…。
ギュッと目を瞑って棒立ちになっている健ちゃんの身体のあちこちを、まさぐって、いた…。
あたしは二人が何をしているのかよく分からなくて、ただ呆然と静かにその様子を見つめていた…。
…次の瞬間、ふいに健ちゃんがその目を開いて、あたしのほうを、見た。
…。
健ちゃんと目と目が合った、そのとき…。
健ちゃんは一瞬、少し困ったような顔をしてから…。
…その後、いつものあの屈託のない顔に戻って…精一杯にあたしに向かって、微笑んだ。
あたしは健ちゃんとの約束を破ってしまったことと、見てはいけないものを見てしまったようなそんな気がして…。
背を向けている風間コーチに気づかれないように、慌ててドアをそっと閉めると、一人更衣室に逃げるかのように急いで向かった…。
…あたしが人魚水球クラブにいた間、健ちゃんはずっとあたしのことを守ってくれていた…。
あのとき分からなかったことも、今なら…。
そう、今なら…。
…もし、自分の大切な人が、大好きな人が…
ある犯罪の被害者だったら…?
そして…加害者だったら…?
…健ちゃんを追っていた足が、ふと止まる。
健ちゃんのその背中が…薄いブルーのTシャツが…少しずつ遠ざかって、行く…。
…でも、それでも、あたしは…自分なりに答えを出したんだ。
三枝コーチが、あの瞬間、選んだように…。
…うん。
健ちゃん、もう何も心配することないよ…。
…でも、三枝コーチにはもう少しだけ時間をあげて…いつか…あのUSBメモリを、すべて捨てられる日が来るまで…。
健ちゃん達にとっては、おぞましい記録でも、三枝コーチにとっては今はまだ、大切な人の…大好きな人の…生きていた証の一部だから…。
「…大丈夫、大丈夫だからね」
健ちゃんの背中に向かって、あたしは気付かれないように小さくそう呟く。
「…あれ?どした?調子…悪い?大丈夫か?」
その小さな音に反応したのか、健ちゃんは振り返って、立ち止まっているあたしを見て、心配そうな顔をする。
「…ぅうん」
あたしは首を小さく左右に振ってそう応えると。
健ちゃんの隣りまで走って行って微笑む…。
“大丈夫…今度はあたしが、守ってあげる…”
…そして
「映画、楽しみだね!」
嬉しそうにそう言ってから、仲良く二人並んで一緒に…前を向いて、歩き出した。
終
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