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ユカ

それから何事もなく学校の初日は終わり、結局荒木冷太は帰ってこなかった…。






「あんなことがあったのに…」



私が荒木冷太を見ながらそうつぶやくと、由香も腕をくみうんうんとうなずいた。



「でも当然っちゃあ当然だけど話しかける人はいないね…!」



「当たり前よ由香…昨日あんなことがあったのに話そうと…ううん、このクラスで荒木冷太に関わろうとする人なんかいるはずないわよ。」



そう…話しかける人などいるはずがない。


ていうかむしろ、話しかけるな的な雰囲気をかもしだしてる。



するとそれをジーっと見た後で、由香は腕を組ながらこう言った。



「じゃあ、ちょっくらオイラ行ってくるぜ!」



どこに?


私がそう聞き返すのも待たずに、由香はスタスタと歩きだした。



そしてそのままドアの方に向かって行くので、私は廊下に出るものだと思ってぼんやり見ていた。



トイレかな?それとも飲み物…



「やぁやぁそこのイケメン君!ごきげんうるわしゅう!」



「…あ?」



な…!!?



そのまま廊下にでていくものだと思っていた由香はドアの前でくるりと体の向きを変え、なんとこともあろうに荒木冷太に話しかけているではないか。



ニコニコと笑顔であいさつする由香に対し、一方の荒木冷太は心底不機嫌そうな顔で由香のことを見上げている。



クラス中その由香の予想外の行動に驚き、全員の視線が二人に注がれていた。



由香の馬鹿…



「昨日の君の行動、常識外れで面白かった!

かなーりぶっ飛んでてね!」


「…」


完全に怒っているように見える荒木冷太を前にしても由香はまったくたじろがず、そのまま一人でにこやかに話し出してしまった。



クラス中がハラハラしながら見守る中、荒木冷太は無視するでも追い払うでもなく、ただ喋り続ける由香の顔をじっと見ていた…というか睨みつけていた。



「なーに黙ってんだよー嬉しいんだろー?どやって思ってんだろー?」



そんな普通の学生なら完全に目を逸らすような荒木冷太の視線をまったく気にせず、


こともあろうに由香は荒木冷太の肩をばしばしと叩きはじめたではないか。



皆一様に「ああっ!」や「ヒッ!」等と、由香の手が荒木冷太の肩に衝突する度に短い声を漏らしていた。



しかし誰も止めようとはしない…クラスの人はもちろん、荒木冷太さえなされるがままにされている。



…どういうこと?



「それにしても君、ずいぶん作業が早かったねー!慣れてんのか?常習犯なのか?ん?俺っちに言ってごらん!」



飽きることなく話続ける由香を見て、今まで少しも抵抗も会話もせずただ由香を睨んでいた荒木冷太の目つきが少し穏やかになり、頬杖をついていた右手をおもむろに由香の前に差し出した。







クラス中から「危ない!」や「もう駄目だ…」等の声が聞こえてくる中、由香は徐々にせまりくる右手を「ん?なんだい?」と言いながら見つめていた。



その時、私は思い出した。



昨日、神崎ダイトの太い腕を締め上げた荒木冷太の握力を…。



あんな力で捕まれたら、女の体だったら骨折してもおかしくない。



由香もそれは知っているはずなのに、ゆっくりと自分の顔に向かって来る開かれた右手を、彼女は避けようともしない。



やがて荒木冷太の右手が由香の頭を鷲掴みにし、皆の息がハッと漏れた。



「荒木でいいよ。」



しかしその手はそのまま由香の頭をわしわしと撫でるだけで、まるで危険さが感じられなかった。



見ると荒木冷太はさっきとは打って変わって微笑んでおり、由香のことをまるで自分の子供のように優しく撫でていた。



「俺お前みたいな素直な奴好きだから。」



にこやかにそういう荒木冷太は、私から見ても昨日のあんな残酷なことをした人間と同一人物とは思えない程に、うん、まぁ、イケメンだった。


そしてさっきまでなんだかチクチクしてた教室が、一気にいい空間になった気がした。



「う、うん…

な、なんだ…ああ荒木…君もずいぶん素直じゃないかぁ…」



一方そう言われた由香はさっきまでの元気はどこへやら。顔を真っ赤にして、うつむきながらごにょごにょと喋っていた。



「何?もっかい」



そう言って顔を近付けてくる荒木冷太に対し、由香は火がついてるんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にして


「あ、あぁー!そろそろ先生がきちゃうなぁー!だから席に戻らないとなぁー!」


と明らかに私にもわかるわざとらしさで言って、荒木冷太の顔を見ないように、足早にこっちに逃げてきた。


そして、ストンと席に座り荒木冷太にくしゃくしゃにされた頭をにやけながら指先で何度も触る由香を見て、私は質問した。



「え…惚れたの?」



「ううっさい!」



即答だった。



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