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Short Short Circuit

路傍の石

作者: 境康隆

 鳩の糞が落ちてきた。

 交通量の多い交差点を信号ギリギリで渡り切り、やれやれと一息ついた時だった。

 俺の隣に生えていた街路樹。そこから飛び出した鳩が落としたそれ。

 汚れると分かっているのに、ほとんど無意識に手をやってしまうのは何故だろう?

 案の定。俺の掌には不快な粘液質の液体がべっとりとついていた。

 得意先回り中なのに。ティッシュはカバンの底なのに。

 俺は思わず腹立ち紛れにそこら辺の石を蹴飛ばした。

 石は滑るように道路を飛んでいく。ぶち当たったのはゴミ箱だ。

 その音に驚いたのか、鼠が慌てて飛び出してきた。

 鼠はゴミ箱の陰から飛び出すや、反対側に地を這うように逃げていく。

 飛び出した鼠に本能を掻き立てられたのか、近くの店から猫が飛び出してくる。

 鼠は簡単にはつかまるまいと、その鼻先を急に変えた。猫も負けじと身を翻す。

 あはは。悪いね。俺のせいだ。

 俺はその様子をやっと取り出せたティッシュ片手に眺める。

 猫は弄ぶように鼠の逃げる先を追いかける。だが猫は鼠に夢中になり過ぎたようだ。

 散歩中の犬に出くわし、猫は驚いたように毛を逆立てて身を逃す。

 犬は突然こちらにやってきた猫に興奮してか、首輪を伸ばしに伸ばして吠えかかる。

 猫はフーとか威嚇しながらも、毛を逆立てたままぴょんぴょん後ろに飛び退いた。

 犬はその様子に更に大喜びで吠えかかる。猫が物陰に逃げ去り、一際大きく犬が吠えた。

 その吠え声に赤ん坊が泣き出した。通りかかった母親に抱かれていた赤ちゃんだ。

 あれ? 俺のせい? ご免ね。

 赤ん坊に謝りながらハンカチで手を拭うと、そのハンカチはそれだけで糞だらけになった。

 今日はもう手も拭けないなと思っていると、俺の横を学生が自転車で通り過ぎた。

 学生の方も何か考え事でもしていたのか、赤ん坊の前を通り過ぎる時にその泣き声に驚いて身を崩す。自転車が急にハンドルを取られ、千鳥足を踏むように左右に蛇行した。

 その自転車にひかれそうになった会社員風の男性が、慌てて身を翻した。だが少々お腹の出ていた男性は、よろめくようにとなりの主婦らしき女性にぶつかってしまう。

 女性は悲鳴を上げた。悲鳴を上げて身を逃し、通りかがったバイクの前に出てしまう。

 うわっとか叫び声が上がり、バイクはその女性を避けて横転してしまう。バイクは横転しながら、俺の横を通り過ぎていった。

 バイクが転がった先は、俺の背中にあった自動車が行き交う交差点だ。

 車の急ブレーキの音が呆然としている俺の耳をつんざいた。

 えっ? 俺のせい?

 その不吉な急ブレーキの音を背中に聞きながら、後ろも振り向けずに俺は身を固めてしまう。バイクの運転手は幸い無事のようだ。ライダースーツを着ていたからだろう。

 大丈夫ですかと俺はバイクの男性に声をかけながら交差点をチラチラと見た。バイクは自動車にはぶつからなかったようだ。

 だが急ブレーキの音は交差点で次々と続いた。

 そして聞こえてくる運転手らしき人達の怒号。

 どうやら自動車の衝突音だけはしないようだ。俺は恐る恐る振り返る。

 車のドアが次々と開けられた。

 運転手はそれぞれが顔を真っ赤にしながら自動車から飛び出した。皆が睨みつけるようにそれぞれに詰め寄る。

 俺のせいですか?

 その険悪な雰囲気に俺は一気に青ざめる。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。

 車が止まっているのは交通量の多い交差点。

 いきなりの通行止めを食らった後続の車が、更にクラクションを鳴らして非難の声を上げる。

 怒号とクラクション。それに眉をひそめる通行人。

 一気に険悪な空気が辺りを支配した。怪我人が出かけない雰囲気だ。

 バカ野郎。やら。殺してやる。だとか。警察呼んで。とか。剣呑な状況に交差点は瞬く間に包まれていく。

 俺、責任ないよな?

 俺は血の気が完全に引いてしまう。

 うるせえぞ。そんな一言が俺の背後でした。

 そして風を切って何かが飛んでくる気配がする。

 石だ――

 そう、それは石だった。俺が蹴飛ばした石だ。

 俺の隣にあった街路樹に当たる石。それを一瞬で俺はそう見抜く。

 まるで俺自身が石をぶつけられた気分だった。

 そう、この騒ぎは元はと言えば俺のせいなのだ。

 石が当たり街路樹が音を立てて揺れ、そこから大量の鳩が飛び出した。

 鳩は次々と飛び立ち、おまけにそれぞれが糞を落としていった。

 何故だかその糞は俺の身にだけ降りかかる。

 その場の全員が俺を見た。

 鳩の糞まみれの俺をだ。

 皆が同情するやら笑い転げるやらで、何やら全ての空気が一瞬で和んだ。

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