雨漏り星人の襲来
文学でもコメディーでもない気がするので「その他」にしました。
「お父さん、あっちの部屋雨降ってるよ」
さっきまでテレビアニメに夢中だった拓真が言った。
いくら豪雨でも屋内に雨が降ることはない。
しかも二階建て住宅の一階である。
いくら築三十二年で若干のガタが来ていてもそれはない。
なんたって今は日曜の朝である。
土曜まで仕事だった人間に神様がそんな面倒ごとを起こすわけがない。
しかし無情にも「あっちの部屋」では雨漏りが発生していた。
我々が寝室として使っている部屋の畳に容赦なく打ち付ける雨水。
布団を上げてしまっていたのが不幸中の幸いとしても、一階でこの有様では二階ではどんな神話的大洪水が起こっているか知れたものではない。
頭のどこかで被害総額を計算しながら半虚脱状態で見ていると、拓真が「お父さーん」と不安そうに呼びかけてくる。
そうだ。今は一刻も早くこの我が家の激甚災害に手を打たねばならない。
私は拓真の協力を得るために最も効果のありそうな方法を使った。
「拓真、あれは雨じゃないぞ。雨に化けた敵だ!」
「敵なの!? 何の!?」
五歳児の的確なツッコミにたじろぐ三十三歳の私。
何の敵だか知ったこっちゃないが我が家の敵なのは間違いない。
「うちに侵入して町を支配しようとしてる宇宙人だ、きっと」
「本当!?」
最高に説得力のない説明だったがなんとか拓真が乗ってきた。
「拓真は洗面器を持ってきて上から入ってくる奴を閉じ込めとくんだ!」
「はい!」
私は負け戦に赴く武士のような悲愴な覚悟を決めて二階へと向かった。
手には模型製作用のパテと洗面器を持っていた。
今日ほど絶望的な気分で洗面器を握ったことはない。
相手が大洪水なら洗面器など持ったところでなす術はないが、何か持たずにはいられなかった。
ところが何もなかったのである。
大洪水どころか下で宇宙人との戦闘が行われているとは露ほども思われない平和な世界であった。
想像したほどの大損害がなくて安心したが同時に私は混乱した。
それなら奴は一体どこから侵入しているというのか?
私はもはや明らかに不要になっている洗面器を握り締めたままその手がかりを探した。
上から下まで至る所に目をやりついに見つけたのは窓の下の壁にある薄いシミだった。
私はふっと笑みをこぼした。
こんな所に痕跡を残すとはスニーキングの風上にも置けない奴だ!
私は勝利を確信して窓を開けた。
窓のサッシと壁の間には案の定隙間が空いていた。
私は意気揚々とパテを取り出し、丁寧に隙間を埋めていった。
これでしばらくは持つだろう。
業者に修理を頼むかどうかはまた後で検討すればいい。
こうして大自然の脅威に勝利した私は洗面器をヘルメットのようにかぶり帰還兵になった気分で階下に戻った。
一階では小さな戦いが続いていた。
拓真は洗面器の上に逆向きにしゃぶしゃぶ鍋をかぶせてその小さな穴に雨滴が入るようにセッティングし、さらに手にはお玉を構えていた。
雨滴が入っていくその穴を真剣に見つめる表情がなんとも可愛らしい。
「拓真、なんで洗面器にそんなものかぶせてるんだ?」
「宇宙人が出てこれないようにしてるの!」
なるほど。この子は天才かも知れん。
確かこんな構造の虫を捕まえる装置があったはずだ。
それを自分で発明したのである。
「じゃあそのお玉は?」
「もし宇宙人が出てきたらこれでやっつける」
なんとも頼もしい発言である。
リスクマネージメントもばっちりだ。
「お父さん二階に罠を仕掛けてきたから、もうすぐ宇宙人も入って来られなくなるぞ」
「罠!? 何の!?」
どうやらこの子の「何の!?」はどこかで身に付けた口癖らしい。
しかし大人をドキッとさせるには十分の効果がある。
罠と言った手前穴を塞いだだけとは言いにくい。
「後で説明してやるよ。ほら、お父さんがこれ押さえとくから拓真はちゃんと監視して」
私は洗面器としゃぶしゃぶ鍋の境界を押さえた。
雨が入ってくる穴は確かに塞いだのだからこの雨漏りももうじき止まるはずである。
実際に雨滴の落ちてくる間隔が徐々に長くなるのが実感できた。
私と拓真がもう落ちてこないかと天井を睨んでいると、買い物に出かけていた妻が帰って来た。
洗面器をかぶったオッサンとお玉を握り締めた子供が裏返しのしゃぶしゃぶ鍋を押さえている光景を目の当たりにしたのである。
妻は絶句した。彼女の心境は察するに余りある。
私も何をどう説明してよいか決めあぐねて口を開けたまま黙っていた。
拓真だけは元気良く「お母さん! 宇宙人! 宇宙人!」と叫んでいた。
お読み下さりありがとうございます。
雨漏りを粘土で防ぐ夢を見たので書いてみました。
テンポ良く読めるよう頑張ったつもりです。
オチが思いつかずちょっと弱い感じに。
ちなみに、一階だけ雨漏りすることは実際にあるらしいです。




