空中魚
空中をデカイ虫が飛んでいる。
いや、よく見るとアレは魚のようだ。
魚が水の中を泳ぐ時に、その鱗が光を反射してキラリと光るように、その魚も一瞬白く光ってこちらへ泳いでくる。
風のない昼。
駐車場の黒いアスファルトは、ジリジリと真夏の太陽に焼かれている。日に焼けたアスファルトからはゆらゆらと陽炎がたちのぼっている。
ジーッというセミのノイズが、うだる暑さの中で朦朧とした僕の耳から脳に流し込まれている。
熱湯の中を泳ぐような暑さだった。
額に汗がにじむ。背中を汗が伝う感覚が気持ち悪い。
空気というより、お湯と言った方がしっくりくる外気を胸いっぱいに吸い込んで。アツいサウナに入った瞬間に感じるような鼻の奥の乾燥を感じている。
太陽の光が強い。強すぎてヒリヒリする。
ゆであがった昼の空気の中を魚はゆっくりと泳いできた。白銀のその体をくねらせて空気の中を泳いでいる。僕は不思議と冷静に
アァ、ピラニアか。と、小さくつぶやいた。
その魚はピラニアだった。
ジャングルの川の中に住むような、速く泳ぐための流線形とは程遠いずんぐりとした体形で下アゴから腹にかけての体色はほとんど赤色と言えるくらいのオレンジ色だった。
手の平よりひとまわりくらい大きいピラニアが僕の方へと向かって空気中を泳いで、いや、空気中だから飛んできたと言った方が良いのだろうか。
とにかく、こっちへと向かってきた。
外来生物が破壊する日本の生態系という文言が頭の中で流れた。
ピラニアは僕の足元を人懐っこい犬みたいにクンクンと嗅いでいた。
と思ったが違った。ピラニアは僕の靴をかじっていた。
そう、僕はその時革靴を履いていたのだ……。
ということは、この靴本物の動物の皮を使ってて合皮じゃないのかとぼんやりと感心した。
ピラニアにかじられてつま先に小さな穴が開いてしまった。
僕はその穴の復讐だとばかりに。そして、いくばくかの恐怖も感じながらピラニアにかじられた左足のつま先でピラニアを蹴っ飛ばした。
軽く蹴ったつもりだったのにピラニアときたら驚くほど高くまで飛び上がった。
電柱のてっぺんからのびた電線くらいまで飛び上がって止まった。そして、身体をブルブルとふるわせると僕に向かって一直線に放たれた矢のように落ちてきた。
ヤバいと思った僕は、ほとんど反射的に両手をピラニアを追い払うためにブンブンとふった。
しかし、そんな抵抗は無駄だった。
ピラニアは夜の街灯に群がる蛾みたいに、僕という街灯に向かって何度も何度も襲い掛かってくる。
そして、何度目かの接触のさいに僕の手の小指の横に嚙みついた。
「いてっ!」自分より小さな生き物に自分を傷つけらたという怒りで僕は冷静さを欠いてピラニアを力任せに叩き落そうとする。
けれど、ピラニアは僕の動きをすべて見切っているようにスイスイと空中を泳いで振り回す僕の腕をよけて泳ぐ。
僕はもう怒りでふるえていた。
いや、怒りだけではなく痛みと恐怖も感じていた。それらの感情が入り混じった抵抗だった。
真昼の駐車場のアスファルトの照り返しに汗を流しながらピラニアと戦う。
ピラニアは僕に一度噛みついてからは不用意に僕との距離をつめようとはせず。時々近づいては警戒した僕に追い払われるということを繰り返す。
ピラニアは獲物をいたぶるように空中を泳ぐ。
何度も近づいては離れることを繰り返す。
僕は、暑さと怒りと恐怖で急速に疲弊していく。
ピラニアのヒット&アウェーはやまない。
噛まれたところからは血がにじんでいる。
滲んだ血の匂いに興奮してピラニアは身体をふるわせる。何度も痙攣しながら僕に襲い掛かってくる。
暑さとパニックのせいで視界が狭まる。
ピラニアは容赦しない。
僕の身体から血か汗がしたたって乾いたアスファルトに真っ黒いシミをつくった。




