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第4話「笑顔の終わり」

夜明けと共に,エルが写しを持ってきた。


三部。きっちりと,紙が重ねられていた。


「徹夜したのか。」


「これくらい,どうってことないわ。」


そう言いながらも,エルの目の下には,うっすらと隈ができていた。


文字の一つ一つが,丁寧に書き写されている。数字の位置も,署名の形も,元の帳簿とそっくりだった。これなら,証拠としての価値は十分だ。


「一つは,私が今から預けに行く。例の伝手のところよ。」


「頼む。」


「もう一つは,ここの床下。最後の一つは——」


エルが,リィナを見た。


リィナが,胸を張って手を出した。


「あたしが持つ。」


「なくすなよ。」


「なくさない。」


「食べ物と,間違えるなよ。」


「間違えない。」


リィナが,写しを大事そうに服の内側にしまった。


両手で,ぎゅっと押さえる。


その様子を見て,少しだけ安心した。


あいつは,自分が信じられたことの意味を,分かっている。


子供だが,馬鹿じゃない。むしろ,誰よりも自分の役目を理解している。


ガズが,台所から出てきた。


「飯は,食ってから行け。」


「ああ。」


腹が減ると,頭が回らない。


ガズの口癖だ。


俺たちは,黙って朝飯を食った。


最後の,静かな時間だった。


---


王都のギルド管理局は,朝から人が動いていた。


スラムとは,空気からして違う。


きちんとした身なりの役人が,書類を抱えて廊下を行き交う。誰も,俺たちのような人間がここに来るとは思っていない。


すれ違う者が,ちらりとこちらを見て,すぐに目を逸らす。


スラムの臭いがする四人組。それが,連中の目に映る俺たちだった。


構わない。


今日は,堂々と正面から来た。


受付に,四十代の男が立っている。


俺たちを見て,少しだけ眉を上げた。


「本日は,ご用件を——」


ガズが,一歩,前に出た。


それだけだった。


何も言わない。ただ,一歩。


受付の男が,ガズを見上げた。


ガズの肩幅は,受付台の幅とほぼ同じだ。見上げた先には,傷だらけの顔がある。


男の喉が,ごくりと動いた。


「……三階へ,どうぞ。」


俺の後ろで,リィナが小さく噴き出す気配がした。


階段を上る。


一段ずつ,足音が響く。


昨夜,ミズの力で音もなく上ったこの階段を,今日は堂々と上っていく。


不思議な気分だった。


---


「カルロス・審査官室」


その扉を,俺はノックもせずに開けた。


カルロスは,机の前にいた。


書類に,目を落としている。


顔を上げて,俺たちを見た瞬間——


一瞬だけ,動きが止まった。


だが,すぐに笑顔を作った。


「これはこれは,シン様。本日は,アポイントもなしに——」


「座っていろ。」


俺は,机の前に立った。


後ろに,ガズ,エル,リィナが並ぶ。


カルロスが,ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


笑顔のまま。


「何か,ご用件でしょうか。」


俺は,懐から帳簿を取り出した。


机の上に,置く。


ことり,と音がした。


カルロスの視線が,それに落ちた。


笑顔が,止まった。


「これは……」


「知ってるな。」


カルロスは,答えなかった。


代わりに,喉の奥で,小さく息を呑む音がした。


その目が,帳簿から離れない。


自分が一番隠したかったものが,今,目の前にある。その事実を,必死に飲み込もうとしている顔だった。


「開けてみろ。」


カルロスは,動かなかった。


その手が,机の上で,わずかに震えていた。


俺が,代わりに開いた。


ページを,指で示す。


「三ヶ月前。黄金の盾からの金が,倍になった週だ。その翌週,お前がうちのギルドに来た。」


カルロスの顔から,血の気が引いていく。


笑顔が,少しずつ,剥がれていった。


「過去の記録を見れば,もっと出てくる。金が増えるたびに,お前がどこかのギルドを潰してる。毎回,同じパターンだ。何年も,それを繰り返してきた。」


「……これを,どこで。」


「関係ない。」


「事務所には,鍵が——」


「関係ない,と言った。」


カルロスが,口を閉じた。


どうやって手に入れたのか,必死に考えている。だが,答えは出ない。


昨夜,気配を消した人間が忍び込んだなど,想像もつかないだろう。


俺は,帳簿を閉じた。


ぱたん,という音が,部屋に響いた。


---


「条件を言う。」


俺は,カルロスを見下ろした。


「リィナの申込書を,有効にしろ。俺とリィナの識別証明書の件も,取り消せ。ギルドの拠点登録問題も,消せ。今日中にやれ。」


「……それは,職権の——」


「お前が言うか。」


カルロスが,口を閉じた。


何も,言い返せなかった。


職権の乱用。それを,誰よりも繰り返してきたのは,この男だ。


「飲まないなら,この帳簿が王都中に広まる。監査局,他のギルド,全部に写しが届く。すでに三部,別々の場所に隠してある。」


俺は,一歩,前に出た。


机に手をつき,カルロスの目を,正面から見据える。


「俺に何かあっても,全部,公開される。仕組みは,もう出来上がってる。お前が俺をどうにかしても,意味はない。」


カルロスの額に,汗が浮いていた。


机に視線を落とす。


長い,沈黙だった。


廊下の外で,誰かの足音が通り過ぎる。


それが,遠ざかって消えるまで,カルロスは動かなかった。


俺は,待った。


急かさなかった。


追い詰められた人間は,自分で答えを出す。出さざるを得ない。


やがて,カルロスが,ゆっくりと顔を上げた。


笑顔は,もうなかった。


そこにあったのは,ただの,追い詰められた中年の男の顔だった。


「……わかった。」


「今日中にやれ。」


「……今日中に。」


「確認しに来る。完了していなければ,翌朝に公開する。」


俺は,帳簿を懐に戻した。


「邪魔した。」


背を向けて,扉に向かう。


ガズが続く。エルが続く。リィナが続く。


廊下に出てから,リィナが俺の袖を引いた。


「終わった?」


「今日は,終わった。」


「やっつけた?」


「まだだ。あいつの上に,誰かいる。そっちは,まだだ。」


リィナが,少し考えた。


「でも,笑顔が,なくなったね。」


「ああ。」


「それだけで,十分じゃない?」


エルが,前を見たまま言った。


「十分じゃないわよ,リィナ。」


---


その日の夕方。


確認しに行くと,全部,処理されていた。


リィナの申込書は,有効に。


識別証明書の問題も,取り消し。


拠点登録の問題も,「対処済み」の印。


全部,今日中に。


「あっさり,飲んだわね。」


帰り道,エルが言った。


「ああ。」


「逆に,気味が悪いくらい。」


俺も,同じことを感じていた。


あの男が,こんなに簡単に引き下がるだろうか。


だが,証拠は,こちらが握っている。動けるはずがない。


そう,思っていた。


ギルドに戻ってから,ガズが飯を並べた。


全員で,食った。


リィナが「おなかすいた」と言った。


すでに食いながら言っていたので,全員が無視した。


少しだけ,笑いが起きた。


久しぶりの,穏やかな夜だった。


——だが,それは長く続かなかった。


---


翌朝。


ギルドの扉を,誰かが叩いた。


強くもなく,弱くもなく。


丁寧に,三回。


その叩き方に,覚えがあった。


ガズが,俺を見た。


「また,来た。」


俺は,立ち上がった。


扉を,開ける。


外に,武装した男たちが並んでいた。


取り締まり隊だ。昨日の二人じゃない。


十人以上。全員,剣を持っている。


朝の光を浴びて,刃が鈍く光っていた。


その後ろに,カルロスが立っていた。


笑顔が,戻っていた。


昨日,剥がれ落ちたはずの笑顔が,何事もなかったように,元の場所にあった。


「シン様。先日の件ですが,帳簿は偽造品であるという調査結果が出まして。法的効力はない,と判断されました。」


俺は,カルロスを見た。


背後で,リィナが息を呑む音がした。


「つきましては,ギルドの強制解散と,ギルドマスターの身柄拘束を,執行させていただきます。」


最後まで,笑っていた。


---


**第4話「笑顔の終わり」 了**


---


【後書き】


お読みいただきありがとうございます。


約束を破り,笑顔で戻ってきた男。

次話,ついに正面からぶつかります。超絶バトルの末に,本当の決着が来ます。


ブックマーク・評価,励みになります。

明日も更新します。


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【ギルドメンバー ステータス】

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◆ シン(ギルドマスター)

スキル:ギルドマスター(ランク外・世界唯一)※未識別

武器:片手剣

実力レベル:Lv.30

継承スキル:

 ・完全隠匿(Sランク)Lv.3 / ミズ

 ・?(Sランク)Lv.? / ?

 ・?(Sランク)Lv.? / ?

 ・?(Sランク)Lv.? / ?

 ・?(Sランク)Lv.? / ?


◆ ガズ(前衛・元傭兵)

スキル:鋼の肉体(Bランク)※識別済み

武器:素手メイン+両手斧(強敵用)

実力レベル:Lv.28 / 上限:Lv.75


◆ エル(魔法士・元貴族)

スキル:重力魔法(Aランク)※識別済み

武器:レイピア(サブ)

実力レベル:Lv.22 / 上限:Lv.90


◆ リィナ(斥候見習い)

スキル:未識別

武器:短剣(両手持ち)

実力レベル:Lv.3 / 上限:不明

※シンの眼には「Sランク」と見えている


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