第1話「笑顔の暴力」
ガズが飯を作っている匂いで,朝が始まる。
「おなかすいた。」
リィナが俺の袖を引いた。
「まだ出来てない。」
「おなかすいた。」
「聞こえてる。」
エルが溜め息をついた。「毎朝,このやりとり。」
「うるさい。」
「あなたがうるさいのよ。」
窓の外,スラムの空は今日も灰色だった。
三ヶ月前,俺はこの廃屋でギルドを始めた。
Fランク。看板なし。メンバー三人。申込書一枚から始まった。
それでも,少しずつ依頼が来るようになった。スラムの子供たちがモンスターに怯えなくなった。それで十分だった。
今日も,誰かが来るはずだった。
扉を,誰かが叩いた。
強くもなく,弱くもなく。丁寧に,三回。
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「灰のギルドで,間違いございませんか。」
聞いたことのない声だった。穏やかで,丁寧で,どこか薄い声。
扉の外に,三人の男が立っていた。
真ん中の男は四十代半ばだろうか。整った身なり。王都のギルド管理局の紋章が,胸についていた。その両隣に,武装した取り締まり隊員が一人ずつ。
男は微笑んでいた。
「私,ギルド管理局の審査官,カルロスと申します。本日は,ギルドの定期審査にお伺いしました。」
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机を挟んで,俺はカルロスと向き合った。
カルロスは,ゆっくりと書類を広げた。
「まず,ギルドランクを確認させていただきますね。Fランク,登録より三ヶ月。ギルドマスターはシン様,二十歳。メンバーは現在四名,ですね。」
「そうだ。」
カルロスの視線が,部屋を動いた。
ガズ,エル,リィナ。
そして,俺。
カルロスの目が,リィナで止まった。
「こちらのお嬢さんは,何歳でいらっしゃいますか。」
リィナが俺を見た。俺が頷いた。
「十歳。」
「左様でございますか。」
カルロスが,何かを書類に書き込んだ。
「メンバー登録されている,と。申込書を,拝見できますか。」
俺は引き出しから取り出した。リィナの署名が入った申込書を,差し出した。
カルロスは受け取った。丁寧に,両手で。
そして,読んだ。
微笑んだまま。
「未成年の方の署名は,」
一呼吸だけ,置いた。
「法的効力がございませんので。」
びりっという音が,部屋に響いた。
リィナが,俺の袖を掴んだ。
今度は,引っ張らなかった。
ただ,掴んでいた。
カルロスは,破いた申込書を机の上に丁寧に並べた。
「申し訳ございませんが,こちらはなかったことに。ご理解いただけますでしょうか。」
エルの拳が,ゆっくりと握られた。
ガズは何も言わなかった。
俺の奥歯が,鳴った。
「それから,」カルロスが続けた。「ガズ様・エル様は識別済みでございますが,シン様・リィナ様の識別証明書が確認できておりません。識別を受けていない方は危険物扱いとなりまして,ギルドマスターを含め,活動が制限されます。」
「識別は,金貨十枚だ。」
「はい。」
「俺も,スラム出身だ。十枚あると思うか。」
「それは,ご個人の経済状況の問題でございますので。」
俺の指が,白くなった。
「また,ギルドの拠点についてですが,こちらの建物は正式な事業所としての登録がなされておりません。一週間以内にご対応いただかないと,活動停止の処分となります。」
「根拠は。」
「ギルド管理法,第十七条第三項でございます。スラム地区における事業所の設置には,王都府の許可が必要となっております。」
「知らなかった。」
「存じないのは,ご本人の問題かと。法は,知らなかったでは免除されませんので。」
最後まで,笑顔だった。
一度も,崩れなかった。
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扉が閉まった。
誰も,しばらく動かなかった。
リィナが,俺の袖をゆっくりと離した。
床に並べられた,破れた申込書を見ていた。
自分の名前が書いてある紙を。
「リィナ。」
俺は,床に膝をついた。リィナと,目の高さを合わせた。
「新しいの,書いてくれるか。」
リィナが,少しだけ頷いた。
「必ず守る。それだけだ。」
エルが,窓の外を見たまま言った。「一週間で,どうするつもり。」
ガズは,腕を組んだまま黙っていた。
「考える。」
「そう。」
それだけだった。
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その夜,灯りを消した。
暗い中で,左腕の刻印に触れた。
六年前の路地は,雨上がりだった。
泥の臭いがした。ランが転ぶ音がした。護衛の剣が光った。
俺は,走っていた。
振り向かなかった。
後ろで,声が消えた。
それから三年,俺はダンジョンに潜り続けた。
理由は一つだけだった。逃げた自分を,許せなかった。
死にかけるたびに,5人の力が少しずつ引き出された。また深く潜った。また死にかけた。また強くなった。
三年目の秋,ダンジョンから出た。
スラムの路地に戻った時,一人の子供が立っていた。
目が,金色になった。
Sランクだ。
でも,何もできなかった。
証明書も出せない。「お前は強い」と言っても,今夜の飯の足しにもならない。
その子は,翌月死んだ。
病気で。薬代が,なかったから。
識別できた。
それだけだった。
あの子とリィナは,同じくらいの年だった。
廃屋の扉を直したのは,その翌日だった。
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「あの夜,俺は逃げた。」
暗い部屋の中で,声に出した。
「今夜は,逃げない。」
ガズが,扉の向こうで気配を殺していた。気づいていた。でも,何も言わなかった。
俺は,左腕のミズの刻印に触れた。
完全隠匿。どこにでも忍び込める。何でも聞き出せる。
声には出さなかった。
「ミズ,頼む。」
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第1話「笑顔の暴力」 了
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【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
笑顔を崩さない男——次話,シンが反撃に動きます。
ミズから受け継いだ完全隠匿,初使用の夜です。
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明日も更新します。
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【ギルドメンバー ステータス】
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◆ シン(ギルドマスター)
スキル:ギルドマスター(ランク外・世界唯一)※未識別(証明書なし)
実力レベル:Lv.30
継承スキル:
・?(Sランク)Lv.? / ?
・?(Sランク)Lv.? / ?
・?(Sランク)Lv.? / ?
・?(Sランク)Lv.? / ?
・?(Sランク)Lv.? / ?
※5つの継承スキルが眠っている。使用した時に解放される。
◆ ガズ(前衛・元傭兵)
スキル:鋼の肉体(Bランク)※識別済み
実力レベル:Lv.28 / 上限:Lv.75
◆ エル(魔法士・元貴族)
スキル:重力魔法(Aランク)※識別済み
実力レベル:Lv.22 / 上限:Lv.90
◆ リィナ(斥候見習い)
スキル:未識別(証明書なし)
実力レベル:Lv.3 / 上限:不明
※シンの眼には「Sランク」と見えている
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