Travel Record I:The Archived Dominion_6
最初に聞こえたのは、悲鳴だった。
甲高い声。
だが遠い。
まるで数百メートル離れた場所から聞こえてくるような、小さな音だった。
リヴェルはゆっくりと息を整えた。
肺がまだ痛む。
転移の衝撃で床に叩きつけられたらしい。だが骨は折れていない。頭も割れていない。運び屋としては、かなり幸運な部類だ。
問題は、周囲の状況だった。
彼はゆっくり上体を起こした。
床は金属だった。
いや、金属のように見える何かだ。光沢のある滑らかな表面。だが触れた感触は、東澪圏の建材とは微妙に違う。もっと軽く、もっと均質だ。
視線を落とす。
自分の足。
その周囲に、何かが絡みついている。
細い。
髪の毛ほどの金属線。
光っている。
リヴェルはしばらくそれを見つめた。
そして小さく呟いた。
「……拘束か」
ナノケーブル。
数十本。
いや、よく見ると百本以上ある。
それらが束になり、足首に何重にも巻き付いていた。床面の小さな杭と繋がっている。都市防衛用の拘束装置だろう。
リヴェルは指で一本つまんでみた。
細い。
だが張力は強い。
都市のサイズから考えれば、これは巨大体用の装備なのだろう。つまり自分を想定して作られたものではない。だがこの世界の尺度では、それでも十分な強度を持っているはずだった。
その時、声が響いた。
「巨大体の覚醒を確認!」
リヴェルは顔を上げた。
都市の縁。
小さな防壁の上に、整列した影が見える。
兵士だった。
装甲服。
帯電槍のような武器。
背中には小型の浮遊装置。
数十人。
いや、もっといる。
防壁の後方には、追加部隊も見える。小型の装甲車両らしきものまで動いていた。
兵士の一人が叫ぶ。
「拘束索を増設しろ!」
「第三区画封鎖!」
「市民を後退させろ!」
都市が動き始める。
通りを小さな車両が走る。
建物の中へ人影が逃げていく。
警告灯が赤く点滅する。
リヴェルはしばらくその光景を見ていた。
頭の中で、いくつかの可能性が組み立てられていく。
幻覚。
神経格納の副作用。
あるいは。
ATLAS Fragment。
視界の端に、ログが浮かぶ。
Archive Layer A
Archive Micro Civilization(アーカイブ・マイクロ・シヴィライゼーション)
リヴェルはその表示を読んだ。
理解は早かった。
むしろ、理解したくない内容ほど人間の脳はよく働く。
「……マジか」
呟く。
自分の足元。
都市。
小さな人間。
つまり。
「巨人か」
その言葉を口にした瞬間だった。
リヴェルの声が空気を震わせる。
低い音圧が都市全体へ降り注いだ。
防壁の兵士たちが一斉に後退する。
「発声したぞ!」
「音圧注意!」
「距離を取れ!」
小さな人影がさらに逃げていく。
リヴェルは慌てて口を押さえた。
「悪い」
声を落とす。
それでも人間サイズの音量だ。
都市の人間にとっては、ほとんど雷鳴に近い。
リヴェルはゆっくり両手を上げた。
敵意がないことを示す、古典的な仕草。
「落ち着け」
小さく言う。
「こっちも事情が分かってない」
兵士たちがざわめく。
防壁の中央から一人の装甲兵が前へ出た。
他の兵士より装備が重い。
肩には青白い発光ライン。
指揮官だろう。
彼は武器を構えたまま叫んだ。
「こちらはLPT Micro Archive中央防衛隊!」
拡声音場が使われているのだろう。
本来なら聞こえるはずのない距離なのに、声がはっきり届く。
指揮官は続ける。
「巨大体!」
少し間。
「お前は現在、都市級脅威として拘束下にある!」
リヴェルは苦笑した。
「都市級脅威、ね」
その評価は、まあ間違ってはいない。
自分の体のサイズを見れば、そう分類するしかないだろう。
指揮官は一歩も引かない。
「それ以上の行動を禁ずる!」
リヴェルは肩をすくめた。
「待て」
声をできるだけ低くする。
「こっちも事情が分かってない」
兵士たちの間でざわめきが広がる。
指揮官は警戒したまま言う。
「質問権はお前にない」
「じゃあ会話の権利くらいはくれ」
リヴェルは都市を見下ろした。
建物。
道路。
小さな人間。
それらすべてが、自分の影の中にある。
「俺が聞きたい」
少し間。
「ここはどこだ」
沈黙が落ちた。
都市が静まり返る。
兵士たちの装甲がわずかに軋む音だけが聞こえる。
やがて指揮官が低く言った。
「……外部巨体」
リヴェルの眉がわずかに動いた。
「外部?」
その単語の意味を考えた瞬間。
都市の中央で光が立ち上がった。
高い塔の上。
白いホログラムがゆっくりと形を取る。
最初はただの光の輪郭だった。
それが徐々に密度を持ち、人型のシルエットへ変わっていく。
都市の中央統治塔。
そこに現れた存在は、人間に似ていた。
だが完全な人間ではない。
輪郭が滑らかすぎる。
表情が整いすぎている。
そして目。
瞳の奥が、均一な光で満たされていた。
声が都市全体に響く。
「防衛隊、即時攻撃を停止」
その声は穏やかだった。
だが命令であることは、誰にでも分かる声だった。
兵士たちが一斉に動きを止める。
指揮官が振り返る。
「摂政閣下!」
ホログラムはゆっくり頷いた。
そして。
視線を上へ向けた。
観月リヴェルを見上げる。
ほんの一瞬。
その視線は、彼の体をスキャンするように動いた。
「巨大体」
ホログラムは言った。
「あなたは現在、LPT Micro Archive管理域内に存在しています」
少し間。
「私はREGENT L-01(リージェント・エル・ゼロワン)」
都市の光がその背後で揺れる。
「本都市群の統治補助個体です」
リヴェルはその存在を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
「……AIか」
そして呟いた。
「なるほどな」
頭の奥で、ATLAS Fragmentが再び脈打った。
まるで、この都市を知っているみたいに。




