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Travel Record I:The Archived Dominion_5

スクリーンの文字は、一度白く潰れ、それからゆっくり崩れた。


UPLOAD READY


さっきまで確かにそう表示されていたはずの画面が、突如としてノイズに呑まれる。古いモニター特有のざらついた光が制御室の壁へ反射し、部屋の輪郭を不気味に揺らした。


リヴェルは眉をひそめた。


「……は?」


次の瞬間、表示が再構成される。


UPLOAD ERROR

LAYER ACCESS CONFLICT

ARCHIVE PATH UNRESOLVED


嫌な言葉が並ぶ。


アップロードエラー。

レイヤー衝突。

アーカイブ経路未解決。


どれも今夜の仕事に存在してほしくない単語だった。


リヴェルは反射的に接続ケーブルを引き抜こうとした。だが、動かない。


端子が神経ポートに固定されたように、びくともしない。


「おいおい」


もう一度、今度は本気で引く。


駄目だ。


差し込んだ金属が、まるで首筋のインターフェースと一体化したように外れない。物理的に噛み合っているというより、接続そのものが別の段階へ進んでしまった感覚だった。


その時。


制御室の壁に並んでいた古いモニターが、一斉に点灯した。


パチン。

パチン。

パチン。


乾いた音が連続して響く。


何十年も前に役目を終えたはずのCRT。液晶パネル。投影式の補助画面。部屋に残っていたあらゆるディスプレイが、同時に青白く発光する。


すべて同じ表示。


ATLAS ARCHIVE


リヴェルは、その文字をしばらく見つめた。


頭の奥で、ATLAS Fragmentアトラス・フラグメントが強く脈打つ。


ただ沈んでいただけのデータが、突然起動した。冷たい塊だったはずの異物が、神経の奥でゆっくり形を変え始める。情報というより、鍵だ。どこかの扉を開くための構造そのものだとでも言うみたいに。


「……ふざけんな」


リヴェルは低く吐き捨てた。


画面が切り替わる。


ARCHIVE INITIALIZING


その表示が出た瞬間、空気が変わった。


冷たくなったのではない。

薄くなったのでもない。


もっと根本的なところで、空間そのものの厚みが変質した。


床が遠ざかる。

また近づく。

壁の輪郭が、数ミリずつずれて見える。


まるで制御室全体が、別の座標へ向かってゆっくり引っ張られているようだった。


リヴェルは奥歯を噛んだ。


耳鳴りが始まる。


いや、違う。


これは耳鳴りじゃない。


複数の音声ログが同時再生されている。


男の声。

女の声。

ノイズ混じりの自動音声。

言語化できない断片的な信号。


それらが幾重にも重なり合い、脳の奥を擦っていく。


そして、その中でひとつだけ、はっきり聞き取れる音声があった。


Archive Log : A

Integrity unstable

External carrier detected


リヴェルは息を呑んだ。


External carrier。


外部キャリア。


つまり、自分のことだ。


「冗談だろ……」


言いながら、もう一度ケーブルを引き抜こうとする。


両手で掴み、首筋から力任せに引き剥がそうとする。


だが外れない。


それどころか、台座そのものが神経系に食い込むように同期してくる。引き剥がすより先に、こちらが装置の一部へ取り込まれていく。


視界の奥に見慣れない文字列が走った。


観測開始


日本語だった。


そのことが、何より不気味だった。


スウィフト・アーカイブ。

ATLAS。

文明保存企業。

文明観測。


今夜見聞きした断片が、そこで初めてひとつの形を持つ。


これが単なるデータ運搬じゃないことは、もう疑いようがなかった。


リヴェルはスクリーンへ視線を向けた。


ノイズの中に、一瞬だけ別の表示が混じる。


LAYER INDEX

A

T

L

A

S


その最上段の A が、白く点滅していた。


理屈は分からない。

だが感覚だけははっきりしている。


ATLAS Fragmentは、どこかのアーカイブ層へ接続しようとしている。


そして自分は今、その鍵穴に差し込まれたまま抜けなくなっている。


「最悪だ……」


呟いた瞬間、世界が揺れた。


音が消える。


塔の鉄骨が。

窓の外の夜景が。

制御室の壁も床も。


すべてが一度白く洗われ、輪郭を失っていく。


残ったのは、頭の奥の冷たい脈動だけだった。


ATLAS Fragmentが、まるで生き物みたいにこちらへ食い込んでくる。


落ちる。


いや、落ちているのかどうかも分からない。


重力が消えた。

上下の感覚がなくなる。

体の境界が曖昧になる。


それでも、心臓だけはやけにうるさかった。


胸の奥で激しく鳴っている。

まだ自分が生きていることを、そこだけが主張している。


白。


さらに白。


光の中で、最後にひとつだけログが浮かんだ。


ARCHIVE PATHWAY OPEN


その表示を見たのを最後に、リヴェルの意識は完全に座標から切り離された。


次に感じたのは、固さだった。


次に冷たさ。


そして少し遅れて、重力。


体が何か硬い床へ叩きつけられる。肺の中の空気が一気に抜け、喉の奥で痛みに変わる。


「……っ」


声にならない息が漏れた。


視界はまだぼやけている。

耳鳴りは続いている。

胸の中で、心臓だけがひどく大きな音を立てていた。


指を動かす。


動く。


腕も脚もある。

痛みもある。

少なくとも、まだ死んではいない。


だが何かがおかしい。


空気の匂いが違う。

音の響き方が違う。

空間の広がり方が違う。


そして何より。


世界の尺度が、狂っていた。


リヴェルはゆっくり顔を上げた。


焦点が戻る。


視界の中央に、都市があった。


掌に載るほど小さい都市。


比喩ではない。

本当に、それくらいの大きさだった。


光の筋で区切られた道路。

細い塔。

橋。

発光看板。

移動する車両。

区画化された建築群。


すべてが、そこにある。


あるのに、全部が小さい。


模型ではない。

動いている。

呼吸している。


都市が、生きていた。


リヴェルはしばらく何も言えなかった。


その都市の縁で、小さな人影が何十、何百とこちらを見上げていた。

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