百物語はコーヒーを片手に!
喫茶店にいつもの三人がいた。
いつも?
そんなことはない。
白ジャケット白センタープレスパンツ男はさっき会ったばかりである。エレベーターで異世界に行く方法を実際にやっていたところに烈火や雪乃と遭遇してしまったのだ。
そのあと雪乃の勧めでこの喫茶店に来た。三人以外誰もいない。エプロンをかけたおっちゃんがジャズをかけながらよれよれの雑誌を読んでいる。土曜の真昼間にこんなにがらがらでも不安というのは知らない顔をしている。
烈火は学校の外で先輩に会うことがなかったため、なんで三人なんだと思いつつ、私服を見ることができて喜ぶ気持ちのほうが大きかった。
白白男こと、白鷺浩一郎の前に雪乃がコーヒーを置く。烈火のミルクティーと、自身のコーヒーも運ぶ。
「なんで先輩が運んでいるんですか」
「ここ私の家だから」
「えっ!」
じゃあカウンターの向こうにいるあのおっちゃんは、
「私のお父さん」
そんなっ!
「ミルクティーおいしいですっ!」
「まだ飲んでないでしょ」
お義父さんは雑誌から目を離さずにこちらに軽く手を振った。
雪乃は座りつつ机の端に置いてある銀色の器を手のひらで指して、
「砂糖は机のものを使って。牛乳が必要なときは私に言って」
浩一郎はふっふっふっと笑って、
「いりませんよ……そんなの甘ちゃんでしょう」
その言葉を烈火はミルクティーにドバドバと砂糖を入れながら聞いていた。
「そう!オカルト研究部は甘い!」
自分の言葉を踏み台にして弾む。その衝撃で浩一郎の前に置かれたコーヒーは波を作っていた。
雪乃は烈火のほうを見る。
「一年生のときに仮入部していたらしいです」
「私そのとき休んでたから」
「ふっ……そんなことは免罪符にはならない」
浩一郎は足を組んで優雅にコーヒーをすする。苦っ、と言いかけて咳払いする。カップを受け皿に置いて足を組み替えた。
「ケネス・アーノルド事件が起きた日付は?」
雪乃が間髪入れずに、
「1947年6月24日」
「レプティリアンの初出は?」
「デイビッド・アイクの『The Biggest Secret』」
浩一郎は椅子に座りなおして背筋を伸ばす。猫の喧嘩でも高いほうが有利なんだ。ここで引くわけにはいかない。
「ふぅん……じゃあクリスタルヒーリングは?」
喫茶店のマスターがびくりとこちら側を見る。雪乃は浩一郎の顔を一瞥して、
「そんなもの……ない……」
「なんで……急に……冷めた……」
「ないからだよ」
この一連の会話に烈火はついていけなかった。この空間に自分がいる意味がないみたいだ。
雪乃は立ち上がって、
「やろうか……」
「な、何をですかっ」
「……百物語」
百物語とは、怪談を100話語り終えると不思議なことが起こるという怪談会である。暗い部屋に集まって100本のろうそくに火をつける。怪談を1つ語り終えるごとに火を1つ消す。そして、100本目のろうそくの火を消すと何かが起こるという。
「やるんですかっ!」
「やる」
「なんでですかっ!」
「したいと……と思ったから……」
「しましょう!」
雪乃はライターをポケットに入れて、ろうそくを腕いっぱいに抱えてこっちにくる。浩一郎はまだなみなみのコーヒーを端に移動させる。三人は100本のろうそくを地道にたてて全てに火をつける。お義父さんは雑誌を伏せて置き外に出てCLOSEDに回転させた後、店内の明かりを消す。
雪乃は口を開き、
「では最初は私が……これは霊感のある友人の話なのですが……」
そして語り終えた後、火を1つ消す。浩一郎は雪乃のほうを一瞥して、
「じゃあ次は私が話そう」
雪乃、浩一郎、烈火の順番で話が回していく。
そして3周目のことである。
烈火が話し終える。思う。もう話せる怪談がない。いや元々話せる怪談などない。なんとかひねり出しているだけだ。あとこれが30回もある。なんとかしなくてはっ!
ろうそくの火を二本同時に消した。
「俺は二つの火を消せるぞっ!それも同時にっ!」
浩一郎は、
「そんなの百物語じゃない!」
「いいんだっ!心がこもっているならっ!俺は感謝しながら消しているっ!」
「そうか……じゃあ次は私の番にしてもらおう」
浩一郎は余裕がある様子で怪談を語り終えた後、
「私は3つだ!」
そう言って火を3つ吹き消した。
「4本や5本だって消せるぞ」
浩一郎は勝ち誇ったように烈火を見た。ふっふっふ。お前は私に勝つことはできないのだ。そう思ったとき、烈火は立ち上がる。
「出し惜しみをするなっ!」
「なに!」
「5本消せる人間が3本しか消さないっ!そんな人はずっと本気で打ち込むことなんてできないっ!
遊びも、受験も、死ぬことさえもっ!」
「死ぬことさえ!?」
浩一郎は体が震え、椅子にしがみつくことでなんとか支えていた。そ、そんな。お前。分かったような口を!立ち上がりながら、
「おらあ!」
烈火を殴る。
烈火は床にばたんと倒れる。
そして立ち上がってこない。
なぜ……立ち上がってこない……
烈火は天井を見て、ふっ、と笑った。
私のほうが上から見下ろしているはずなのに。猫の喧嘩でも高いほうが勝ちなのだ。私が勝ちのはずなんだ。
それなのになんなんだ。この余裕は。いや余裕はない。意地だ。やせ我慢だ。やせ我慢が烈火を輝かせている!ろうそくの小さな火がこの男を輝かせるために光っている!
「これが敗北感……」
「いや違う……」
「じゃあなんなんだ!」
「敗北だっ!」
浩一郎はへなへなと椅子に座る。吐いた息はろうそくの火が避けるばかりで、店内を暗くすることはなかった。
この期に及んで敗北感、などと現実の負けを直視しないようにしていた。
烈火は肺いっぱいに吸い込んで、ろうそくに息を吹きかける。87本の火を消した。店内は真っ暗になる。
「お前も出し惜しみしていたじゃないか!」
「俺は勝利したなっ!」
「……それは、認めてやろう」
「勝利は猫を獅子へも変えるっ!」
「なにっ!」
「俺はパワーアップしたのだっ!」
「そうか!それなら問題ない!」
「じゃあ先輩っ!百物語は終わりですね!」
店内が明るくなる。雪乃の父がスイッチを押したのだ。外はもう暗く、日を跨ごうとしていた。
雪乃はきょとんとして、
「まだ91話残っている。次、烈火くんだから」
「そんな……」
「楽しみにしている」
烈火は思う。初めからそうだった。俺はその言葉に弱い。
紅茶を一気に飲み干して、眠気なんて湧かないようにする。
浩一郎もこれからの時間のほうが長いことを悟ってしまった。コーヒーを口へ、
「苦」
今度ははっきりと言ってしまった。でも今は認めてやろう。苦いものが飲めないことを。




