異世界への道もエレベーターから!
赤峰烈火は懊悩していた。
大好きな漫画である『無鉄砲ナイン』の買うかどうか。
単行本で揃えているが、今日から愛蔵版が発売される。2万円。貧乏高校生として通学の交通費を節約するために自転車で毎日登校しているというのに。それを買うのか。
ポケットに突っ込んである財布を確認しながらエレベーターを待っている。
ここの9階に本屋がある。こんなに近くまで来ていてもまだ悩んでいた。
エレベーターのドアが開く。
その中には、同じくらいの年齢の男がいた。
白いジャケットを着て、黒のローファーを履いている。階数ボタンの前で左手に持った紙とボタンを交互に見ている。
烈火はエレベーターに乗って、横の車いすボタンで9階を押す。
4階と9階が光る。どんどん上がっていく。
烈火はまだ悩みながら階数表示板を眺めていた。
4階。
男は下りるわけではなくそのままドアが閉まった。
階数ボタンを見ると、2階と9階が光っていた。
なぜかエレベーターが下がっている。
9階に行くほうを優先するんじゃないのか。それだったら最初から2階に来れば、その次に俺が9階に行けたのに。
そう思っていると、2階に着く。また男は下りずに6階のボタンを押した。
エレベーターが上がっている。
6階に着くと男はまた下りずに2階のボタンを押す。
エレベーターが下がっていく。
もう言わざるを得ない。
「なんなんですかっ!さっきから上ったり下ったりしてっ!」
「……誰だ?」
「強食高校2年オカルト研究部の赤峰烈火です」
「オカルト研究部……?」
男が右手に持っている紙が強く折れ曲がる。
それを烈火は視界の左端でとらえながら、その動揺を感じていた。なんなんだ、オカルト研究部となにか因縁でもあるのか?だが、俺がオカルト研究部にいるのは紛れもない事実。偽ることはできない。
「そうか……オカルトは好きか……?」
「まあ……少し……」
「どのくらい好きなんだ?」
「え……どのくらい……?」
俺がオカルト研究部に入部したのは先輩がいるからだ。そこから少しは調べたりしたが興味はあまりない。正直、漫画のほうが好きだ。
「だからオカルト研究部は駄目なんだ」
男は吐き捨てるように、だがはっきりと言う。何故そんな知った口を聞くんだ。
「俺は名前を名乗った」
「ふん……そうか。私も名乗らなければな……」
なんて偉そうな態度っ!よほど有名な人間なのかっ!
「私は白鷺浩一郎!強食高校2年帰宅部だ!」
「なにっ!」
「だがな!一つ言ってやる!オカルト研究部には2つある!」
「2つ……」
「やんない奴らと、なんかやっちゃう奴だ!」
「ええっ!」
「強食高校のオカルト研究部はやんない奴らだ!」
「そんな……ちゃんと見たのか……」
「見た!1年のときに仮入部して落胆したんだ!」
浩一郎は右手の紙を握りこんでぐしゃぐしゃになっていた。それに気づいて両手でしわを伸ばす。
「ふふっ。まったく、甘ちゃんだぜ」
「なにっ!」
「異世界に行く方法も知らないなんてな!」
「異世界に行く方法……?」
「ある順序でエレベータを移動したら異世界に行けるというネットロアだ」
ポン、と音がする。2階だ。浩一郎は躊躇なく10階のボタンを押す。
「9階にいつまで経ってもいけないだろ……これはな、異世界が私を呼んでいる証拠だ!」
本当かっ!本当なのかっ!
当然のように9階は通り過ぎて10階へ。次は5階。9階のボタンがむなしく光っている。
ポン、と音がして5階に着いたのがわかる。
ドアが開くとその前には人がいた。それは烈火の知っている人だった。
氷室雪乃が立っていた。
男は1階を押した後、ドア閉ボタンを連打する。閉じるドアに間に合うように雪乃はエレベーターに入る。休日に会えるなんて今日はいい日だ。
「先輩っ!おはようございますっ!」
「馬鹿野郎!」
浩一郎は烈火の頬に拳をふるう。烈火の身体がエレベーターの床で弾む。雪乃は目を丸くして動けない。
「5階で乗ってきた人には話しかけちゃ……っあう!」
話途中で烈火は殴り返した。
「この人は先輩だっ!」
「だからそういう餌で釣ることもあるって分からないのか!甘ちゃんが!」
浩一郎は、さっきと逆の頬に拳を埋める。
だが、烈火はダウンしない。鼻から垂れる血を親指で勢いよく拭く。
「そういうことは先に言えっ!」
また殴り返す。
「いい拳じゃないか……っ」
「そっちも一つ一つ重いぜ……っ!」
エレベーターの中には熱気が立ち込めていた。
雪乃は固まっていた。
エレベーターが上がる。
確かに一階のボタンは光っているというのに。
「来たぞ……何度も失敗したんだ……それがようやく!」
階数表示板の数字がどんどん大きくなっていく。
6、7、8!
烈火の全身がやばいと叫んでいる。最近不思議な現象に巻き込まれているせいかもしれないが、圧力のようなものを敏感に感じていた。
「本当に異世界に行ってしまったらどうなるんだっ!」
「知らない……知らないから確かめるんだろう!」
そうか、確かにそうだな。納得してしまう自分に安心感すら覚えていた。
烈火は冷や汗が眉間を流れながら階数表示板に釘付けだった。浩一郎は右手は閉ボタンにかけながらドアをじっと見ていた。雪乃は先程の名残で未だに固まったまま声を出さない。
そんなときだった。
ポン、と音がした。
ドアが開く。
そこに広がる景色は、たくさんの本だった。
階数表示板に映る数字は9。烈火がもともと行きたがっていた本屋にたどり着いた。烈火と浩一郎はへなっと床に座り込んだ。それを本屋に来ている人に怪訝な目で見られた。
烈火は強く心に決めた。
レジの店員さんに千円札20枚を渡して言う。
「『無鉄砲ナイン』愛蔵版をくださいっ!」
「すいません~~売り切れてて~~取り寄せのめども立ってなくて~~」
烈火は膝から崩れ落ちた。
エレベーターのほうに目を向ける。浩一郎は紙を凝視しながらぱくぱくと口を動かして固まっていた。




