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優勝は誰の手に!

 来週のオカルト大会に向けて赤峰烈火は行動を始めた。

 まずは発声練習だ。

 外周を走りながら叫ぶ。


「あめんぼ!あかいな!あいうえお!」

 うきもに!こえびも!およいでる!」


 外は曇っている。烈火の頭の中では『炎のランナー』のテーマ曲が流れ始める。足を踏み違えて側溝に落ちる。だがそんなことではくじけない。水に足を取られながら進み続けた。


「かきのき!くりのき!かきくけこ!」

 きつつき!こつこつ!かれけやき!」


 部室に戻ると、雪乃が椅子に座って俯いている。


「どうしたんですか」


「刺繍しているの」


 雪乃は優勝旗をつくっていた。


「隣に座ってもいいですか」


 うん、と雪乃は控えめにうなずいて作業を続けていた。

 えんじ色の絹100%先染め生地に刺繍をする。折りたたんでフレンジをつける。それを旗棒につけて旗立ち台で支える。高級感を出すために三脚台ではなくて五脚台だ。

 その様子を烈火は美しさを感じながら見ていた。俺はその旗を必ず受け取ってみせます。いや、受け取らなくてはならないんだ。


 明日も明後日も発声練習だ。

 風の日も雨の日も発声練習だ。


 明日が大会だ。真っ赤な太陽が落ちている。今日も外周を走る。

 喉がカラカラに乾く。だが、水は飲まない。それが運動だからだ。

 コートが足りなくて走っているテニス部も、顧問の目を盗んで歩いている卓球部も追い抜いて、烈火は駆けた。


「ささげに!すをかけ!さしすせそ!」

 そのうお!あさせで!さしました!」


 誰かがぶつかって転ぶ。

 陸上部だ。

 頭上から舌打ちが聞こえる。

 烈火は立ち上がれなかった。

 がくりと膝を折ったままだった。灼熱の太陽が照って、視界がぐるんぐるんと回っている。呼吸するたびにきゅうきゅうと細い息が出るだけである。発声なんてできそうにない。水が欲しい。側溝に近づこうとする。よろよろと立ち上がろうとしてつんのめるようにアスファルトに身体を打ち付けた。運動中に水は飲んではいけないんだ。


 俺は何をやっているんだ。

 今、こうやって努力しても何の意味もないんじゃないか。発声練習ばっかりで大会で話すオカルト話も考えてない。

 ……それに、部活名はオカルト研究部だ。

 烈火は悔しくて泣いた。

 自分の行動に意味があるか今まで考えないようにしてきた。それが心身の疲弊によって顔を出したのである。いっそトレーニングルームになったほうがこの学校のためになるのかもしれない。

 もうどうでもいい。

 部活のことも、先輩のことも。芋虫みたいにもぞもぞと高校生活を過ごしていればいいんだ。

 俺は努力したんです。努力はしたんです。確かに世間は結果しか見てくれないかもしれません。だけど学校という場所は過程を褒めてくれるんじゃないんですか。

 先輩だってそうじゃないんですか。俺はオカルト研究部を守るために頑張ったんですよ。


 透明な涙が頬を伝って唇を濡らした。

 水を飲んだ気がした。

 踏みしめるように足を前に出す。歩ける。いや、走れる。

 真っ赤な太陽が顔を照らす。

 目標が俺を見張っているんだ。

 必ず明日は優勝するっ!



 5月17日。

 オカルト大会当日。

 烈火は借りた公民館の前に立っている。

 この扉の奥には多くの人が待っている。

 緊張で5月だというのにだらだらと汗が流れている。これで優勝しなければ、オカルト研究部がトレーニングルームになってしまう。先輩との関わりがなくなってしまう。そんな弱気ではダメだ。

 公民館の扉を思い切り開ける。


「俺が優勝するっ!」


 発声練習の成果をお披露目しながら中に入ると、賑わっているはずの室内は閑散としていた。

 がらんとした席には一人だけが座っていた。

 氷室雪乃。ただ一人だった。


「俺が優勝だっ!」


 その声は地元の小さい公民館に響き渡った。

 散乱する音が寂寞たる室内を証明するようだった。


「今から話を始めるっ!」


 烈火は奥へ進む。座布団に座る。優勝旗が照明を反射してきらきらと光っているのが見える。先輩のほうを向く。俺は今から先輩のために話します。とびきりの怖い話を。


「……これはある友達の話です。山奥で自転車を漕いでいるときに後ろから声が聞こえたそうです。

 『タスケテ、タスケテ』と」


少し暗めの照明が怖い雰囲気を作っている。これなら先輩も怖がってくれるだろう。


「不気味だと思いながら振り返ると髪の長い女性が立っていました。髪の間から見える瞳が綺麗だったので話しかけようとしました。

 すると、急に足をガッと掴まれます。


 ああっ、脚がとられたっ!

 そのままどんどん下に引っ張られていく。

 頑張って自転車を漕いで登ってきた坂を下ってしまう!

 嫌だ、そんなのは嫌だ。

 ギア1でずっと漕いできたのにっ!


 どこかにしがみつくしかない。

 アスファルトが綺麗に整備されている!

 どこにも取っ掛かりがない。

 山奥の田舎道なのに!

 確かに漕ぎやすかったかもしれないっ!

 必死につかめるものを探す。


 雑草!雑草がある!

 慌てながらぐっと雑草を掴むとすぐに抜けてしまった!

 雑草は根性の植物じゃないのか!こんな簡単に抜けるなんてっ!

 いろんな雑草を掴んでいく!だが、どんどん抜けていく!

 奉仕活動でも地面に穴を掘って過ごしていたのに!


 ああ!ダメだ!ダメだ!

 力が強い!

 あああああああ!


 そう叫んだとき、もう脚を掴む手の感触がなくなっていることに気づきます。

 朝日が昇っていたのです。

 ふと顔を上げると道には雑草がありません。

 お茶でずぶずぶに濡れたズボンがあるだけでした……」


 烈火は一気に話した。やり切ったのだ。怪談話として成立していた。そう思って達成感が身体を満たす。

 雪乃は口元を押さえながら肩を揺らす。


「やっぱり面白いね」


 先輩は怖がってなどいなかった。こんな話、聞き飽きるほど溢れているのだろうか。

 烈火は口元を噛む。

 だが、それは悔しいからではなかった。

 先輩が笑ってくれたのが嬉しかったからだ。


「優勝は烈火くんだね」


 豪華絢爛の優勝旗が五脚台から外されて烈火の手元に運ばれてくる。

 雪乃の手によって。


「先輩っ!俺……」


「急がないと部室が」


「まずいっ!」


 烈火は急いで高校へ向かう。

 息も切れ切れだったが、なんとか校門まで全速力を維持できた。

 特別棟にショベルカーが見える。その横には校長がいる。


「校長っ!何をしているんですかっ!」


「大ホラ吹きめ!オカルト研究部は予定通り廃部だ!」


「校長室までついてきてくださいっ!」


「どうしてだ!」


「優勝旗を置くためですっ!」


「なんだと!」


 烈火は優勝旗を天に掲げた。校長はわなわなと口を震わせる。


「なんて高級感あふれる優勝旗なんだ!」


「これで廃部は取り消してくださいっ!」


 校長は、ふっふっふっ、と笑う。


「君は確かに大バカ者だ。だが、きらりと光るものがある!」


「校長……っ!」


 校長はショベルカーに対して叫ぶ。


「工事は中止だ!」


 校長は真っ赤な太陽に宣言する。


「オカルト研究部の廃部は撤回する!」


 烈火は歓喜した。学ランを天に投げた。落ちてきた学ランを拾って、また投げた。

 遅れてきた雪乃はその様子を見て部室が守られたことを知った。


「毎日走ったおかげだね」


 烈火は一番大きく学ランを上に向かって投げた。先輩は過程を見てくれていたんだ。

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