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大人とは憧れを見せられる人のことだ!

 赤峰烈火は今、大いなる一歩を踏み出していた。


 後ろには氷室雪乃、白鷺浩一郎、城ケ崎美咲がいた。振り返りはしない。だが、わかる。皆、目を閉じて頷き、自分を見送ってくれている。


 蝉の声が飽和する7月8日。歴史を感じさせる木造の廊下のど真ん中を歩いている。その足元には塵が舞っている。等間隔に建てられた柱の間から射してくる夕日が彼の学ランを柑子色に染めている。金色のボタンは燃え上がっている熱意を示すように輝いていた。


 立ち止まり、かかとを合わせる。上を向く。


 校長室。室名札にそう書かれているのを確認する。


 重い扉を開く。この重みは歴史の重みだ。それはこの扉を開く学生すべてにのしかかる。


「校長っ!入りますっ!」


「なんだ!」


「甲子園で優勝してみせますっ!」


 校長はあまりの熱意に圧倒され、後ろに吹き飛んだ。革張りの椅子に腰を受け止められる。


「本当か!」


「オカルト甲子園の開幕ですっ!」


「むう!」


 校長の目が、がっと開く。もう自分から優勝を掴もうとしているのか。少し前までとは瞳に宿る熱が違う。


「ではっ!話は済みましたっ!」


 烈火はぐるりと回って扉を引く。廊下を進む靴音は硬く響く。三人は校長室から出てくる自分を見て、安心したように表情を緩める。覚悟はもう決まっていた。


 なぜっ!


 なぜオカルト甲子園を開く必要があるのかっ!


 雪乃先輩が勉強に専念してもらうためだっ!


 開幕日は7月15日。1週間後。夏休み前に終わらせる。


 そして今日は、大会の説明会だ。公民館で行なう。烈火は三人を引き連れて向かう。城ケ崎のお金でケーブルカーに乗り、町に出る。


 公民館へと向かっていると、その道に人だかりができている。このままでは進めないほど密集して押し合いをしている。その中の一人の肩を掴んで、


「どうしてこんなに人が集まっているんだっ!」


「え……知らないんですか?」


「知らないから聞いているっ!」


「甲子園ですよ。甲子園がこの町で行なわれるそうなんですよ」

 

「なんだとっ!」


 それは自分たちの開いたオカルト甲子園のことかっ!


 ま、まずい……ここにいる人たちは勘違いしているっ!


「前に大会を開いたときは誰もいなかったのに……」


 その言葉に人の波に押されながら浩一郎はふん、と自慢げに語る。


 「運営しているオカルトサイトで宣伝したんだ!」


 現代っ子だっ!あと、そんなサイトを運営していたのかっ!


 人混みをかき分けて公民館までたどり着く。奥へ。壁に立てかけてあったパイプ椅子を引っ張ってきてその上に立つ。薄いクッションは足の重みで潰れて、底の硬い感触が伝わってくる。

 

「これはオカルト大会だっ!」


 公民館全体に衝撃が走る。その瞬間、野太い声が飛んでくる。野球じゃないのか!地区予選で負けた俺たちにチャンスをくれるんじゃないのか!オカルトってなんだ?知らねえよ。俺、月刊オカルト購読してるぞ。まじで?


「だから兵庫県で行なわれる甲子園ではないっ!」


 騙しやがって!野球やらせろ!俺は北海道から来てんだぞ!涼しくていいなあ、こっちは熊本からだぞ!ここで制汗スプレー使うな!臭い!


「ここに来ているということはっ!地区予選で惜しくも負けてしまったのだろう!甲子園に憧れ続けてきたはずだ!


 憧れとはっ!先人が切り開いてきた道のことだっ!今、俺たちは道を切り開いているっ!」


 パイプ椅子をがたがたと踏み鳴らす。


「第1回オカルト甲子園、一週間後に開幕だっ!」


 その声の圧に集まった野球部たちが後ろに仰け反った。批判の声はなくなった。それはつまり、この大会に参加することを表している。


  *


 10日。つまりオカルト甲子園まであと5日。部室で、部員3人は部誌をまとめていた。今まで書いてきたオカルト話で挑もうと考えていたのだ。浩一郎は机の上で紙の端を軽く叩いて束の高さを揃えながら、


「でも野球部しか集まっていないなら私たちが優勝するだろう」


「だからといって全力で挑まなくては……走り込みするぞっ!」


 烈火が立ち上がったそのときである。


「まずいってええぇ!」


 城ケ崎がドアを勢い良く開ける。ドアの前でへにゃりと膝を折る。息は切れていて、錯乱した様子だった。


「なんですかっ!」


「他の高校がめちゃめちゃスクープをとってるよぉ」


「ええっ!」


「国破高校はツチノコを捕まえて、城春高校は幽霊の抜け殻を発見して、花鳥高校なんてアトランティス大陸旅行記だああぁ!」


 後ろに倒れた烈火は椅子に身をもたせようとしたが、その勢いによって椅子ごと後ろにぶっ倒れた。


 勝てないっ!


 浩一郎は口に手を当てて、


「でも……本当だったら大ニュースだ……オカルト甲子園を優勝するかどうかなんて……」


「どうでもよくないっ!」


 そうだ。勝てるかどうかじゃないっ!勝つしかないんだっ!人が戦うと決めたなら向かう先は勝利しかないっ!急がば回れとか、負けるが勝ちとか、オカルトマニア的には大満足とか、そんなの冗談でも言ってはいけないっ!


 小指の爪だけになっても勝つ!


 だけど……どうやって……?


「UAPを呼ぼう」


 雪乃の小さい声が、部室中に大きく広がった。


「UAP……?」


「未確認空中現象の略だ。UFOより広範囲で中立的な言葉としてよく使われる」


 浩一郎が説明を挟む。

 

「この高校のグラウンドで一晩中呪文を唱えて呼ぶの」


「どうしてグラウンドなんだ……?あそこは野球部がいつも使っているから別の場所がいいでしょう」


「強食高校は地元にある5つの丘の五芒星の中心に建てられているんだけどね……その中心が野球部のグラウンドなの」


 そうかっ!この高校は不思議な現象を呼びやすいっ!だからUFOでもUAPでもいくらでも出てくるはずだっ!


 か、勝てるっ!


  *

 

 「だから何度言えばいいんだ!グラウンドなんて貸せないよ」


 強食高校野球部部長が怒っているような悲しんでいるような表情で応える。


「ど、どうしてですかっ!」


「僕たちは、僕たちはなぁ……」


 後ろに立っている部員たちが腕で目をこすっている。すすり声が聞こえてくる。


「地区予選2回戦で負けてしまった。みんな厳しい練習についてきてくれて……今年こそは、って張り切っていたのに!」


 野球部部長の手はそのときのことを思い出したかのようにぶるぶると震えている。そこに涙が一滴、二滴と垂れていく。

 

「だから決めた!来年の大会まで練習を欠かさない……だからグラウンドを貸す暇なんてない!」


「わかりましたっ!」


「分かってくれたか……この悔しさを!」


「野球対決で決めましょう!」


「分かってなかった……」


 野球部部長はがっくりと頭を垂れる。しかし、野球対決という言葉には反応していた。


「赤峰烈火……君も出るのか?」


「もちろんですっ!」


「中学ではエースだったそうだな……もしこちらが勝てば野球部に入ってくれないか?」


 烈火は一瞬止まって、


「分かりました……分かりましたっ!では3日後、このグラウンドでっ!」


 野球対決に持ち込めた。それならあとは勝つだけだ。烈火は群青の空を仰ぐ。身体をさわやかな夏風が通り抜けていった。

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