絶対を捻じ曲げるのは必ずできる!
オカルト研究部顧問、城ケ崎美咲は小さな平手で部室の机を叩いた。烈火をギっと睨む。
「なんで部員が二人しかいないの!」
「なんでと言われましても……」
「オカルト研究部のくせに幽霊部員もいないなんて!」
「別に2人でもいいじゃないですかっ!」
「よくない!」
「どうしてっ!」
「生徒手帳を見てみろ。部活動規約には、部員は4人以上でないといけないと書いてある」
烈火はバッグの中に手を突っ込む。しばらくして雪乃に貸してもらって生徒手帳を読む。
「た、確かにっ!」
「その審査は7月の初めに行われる、らしい」
「そ、それじゃあっ!」
城ケ崎は俯いて、机にうつ伏せになって乗っかった。前髪が腕に押しつぶされている。2人がそれを見下ろしていると、城ケ崎の肩が揺れ始める。始めは小さかったが徐々に大きくなっていく。不気味な声がぼさぼさに膨らんだプリン頭の中から聞こえてくる。小さな平手で大きな音で机を叩いて、立ち上がる。
「だあーー!」
突然の大声に雪乃が硬直してしまう。
「部員集めだあーー!」
城ケ崎は燃えていた。ようやく自分の望みが叶うのかもしれない。高校オカルト研究部界で無名の弱小校から成長していくんだ。落ちこぼれの生徒、様々な困難、それらを乗り越えて全国優勝を果たすのだ。
ところで、オカルト研究部の全国大会はどこでやるのだろうか。
*
「だから何度言ってもダメなものはダメだ!」
白鷺浩一郎はぬるくなったブラックコーヒーの前できっぱりと断った。なみなみに注がれたコーヒーの水面が揺れる。
夕方、雪乃の喫茶店に4人はいた。下座側に城ケ崎、烈火、雪乃の順に横並びで、上座側には浩一郎が座っていた。烈火はすでにミルクティーを空にして、
「どうしてっ!」
「決めたんだ!」
「なにをっ!」
「オカルト研究部には絶対に入らないとな!」
「いつ!」
「それは暖かい春の頃だった!仮入部期間にオカルト研究部の文字に釣られて部室に入ったんだ!
だが、そこは菓子を食い散らして駄弁るだけの空間になっていた!」
浩一郎は握りこんだ拳を顔まで持ち上げて、当時の恨みを思い出してわなわなと震わせた。
「菓子の粉がついた指で、私の制服にべたべたと触りやがって!」
「今は違うっ!」
「嘘つけ!」
「今は部誌を書いて駄弁る部活だっ!」
「せ……成長している……!」
浩一郎は崩れるように椅子に身を持たせ、先程まで握りこんでいた拳をだらんと床につけた。顔は天を仰いでいた。ちかちかと点滅する照明がぼんやりと、
点滅?
そう思ったときにはすでに明かりが消えていた。まだ日が出ているので闇ではなく淡い柑子色に店内が包まれていた。
ひゃううう!と城ケ崎がテーブルの下に隠れて怯えている。
「怪異か!」
浩一郎がそう言うのと同時に、烈火は椅子から飛び上がる。
「また怪異だっ!」
その言葉を聞いて、浩一郎は狼狽していた。
彼はオカルトに飢えていた。だから休日には心霊スポットへ行ったり廃墟巡りなんかもしていた。それなのに変なことには一切遭遇しなかった。なのに、
「また……だと……!」
「最近よく巻き込まれるんだっ!」
雪乃のほうを向くと、茜色に染まった彼女はその言葉を肯定するように頷いていた。ブラックコーヒーを飲みながら。浩一郎はもうそれを信じるしかなかった。そのとき心の中に渦巻いた感情に気づいてはいけないと直観的に察する。
私は……嫉妬しているのか……?
自分の顔をぴしゃりと手の平で叩く。そのまま顔を覆う。吐いた息がそのまま鼻に返ってくる。ひどい臭いだ。
雪乃が口を開く。
「ここは月に一回、夕方に明かりが消えるの」
「ブレーカーが落ちるのか……?」
「電気自体は通っている。だから、」
雪乃は冷蔵庫を指す。確かにコンプレッサーの振動音が聞こえる。ちゃんと電気は通っているのか。
「調べてみるか!」
「ああっ!」
浩一郎と烈火はブレーカーのほうへ軽快に向かっていった。
「先生」
丸くなった城ケ崎が雪乃に声をかけられて、ひええっと上ずった声を出す。そして、周りを見渡して段々と目の前の雪乃に焦点が合っていく。目を開き、顔が紅潮していった。
「ちょ、調査だ!」
「……ゆっくり行きましょうか」
烈火たちはというとブレーカーを見るために脚立を探していた。烈火は聞くほうが早いだろうと考えた。
「脚立はどこに置いてありますかっ!」
店主は少し間をおいて、雑誌を伏せて置いてゆっくりと立ち上がった。腕を振らずに歩き、『STAFF ONLY』と書かれた扉のドアノブを回す。物置となっている小さな空間の隅に、脚立が立てかけてあった。
「ありがとうございますっ!」
烈火が脚立を取りに行く。だが脚立を持ち上げた姿勢のまま動かない。おい、と後ろから声をかけてもそのままである。だから浩一郎も物置に入って肩をゆすろうとした。そして烈火の肩越しにそれを見た。
大量のお札が貼ってあった。
壁の白色がその部分だけ見えなくなっていた。ぞくりと震えてしまう何かがそこにあった。月一で照明が消える程度で済んでよかったと思う。烈火が脚立を元の位置に戻す。
「……そのままにしておこう」
「……そのほうがいいな」
烈火はテーブルに戻って、雪乃と城ケ崎に大きな身振り手振りと共に状況を説明していた。それに背を向けて浩一郎は考えていた。
オカルト研究部に入っていいかもな!
お前たちといれば色々なオカルトと引き合わせてくれるに違いない。それに駄目だったらやめればいい。元の帰宅部に戻るだけだ。別に幽霊部員になってもいい。部員人数には入るしお前たちも満足だろう。
浩一郎は3人のところへ堂々と歩いていった。
オカルト研究部に入部してくれ、と言うがいい。そしたら入部届に私の名前を書こう!
正気を取り戻した城ケ崎先生が、
「もう19時前だぞ。学生連中は家に帰れ」
「その格好で言う門限じゃない!」
「いいだろ!ストリートファッション好きなんだよ」
「じゃあ今日は解散だっ!今日は、だからなっ!」
オカルト研究部に入ってほしい、と言わなくていいのか!
烈火は姿勢を正して、
「先輩っ!家まで送っていきますっ!」
「私、ここが家だから」
「1人で帰りますっ!」
オカルト研究部に入ってほしいと言わないのか!
城ケ崎は財布を出して、
「個別で会計してもらっていいか?」
烈火はべりべりの財布から小銭をかき分けてぴったりのお金で支払った。浩一郎は長財布から千円札を出す。
オカルト研究部に入ってほしいと言ってくれ!
「じゃあっ!俺はこれで帰りますっ!」
「入部届をもってこい!」
そのとき時間が止まった。
烈火は自転車の鍵を拳の中にぎゅっと握っていた。城ケ崎は車のキーがバッグのどこにあったか探していた。雪乃は千円札をレジに入れてお釣りを数えていた。そんな一瞬だった。
再び動き出したとき、歓喜の声が喫茶店から漏れるほど響いていた。




