第六章 後日譚
佳奈は、相変わらず会社帰りに真由の部屋へ寄ろうとした。だがマンションの三〇二号室には、見知らぬ女性の表札が掲げられていた。「佐伯恵」
首をかしげながらも、なぜか納得してしまう。真由という友人がここに住んでいたような気もするが、思い出そうとすると強烈な頭痛が走った。
その夜、佳奈は夢を見た。暗い廊下に立ち尽くす真由。口を開いて何かを叫んでいるが、声はまったく届かない。代わりに彼女の背後で、一冊の分厚い名簿が勝手にページをめくり続けていた。
目が覚めたとき、枕元に一枚の紙が置かれていた。――「住人名簿 第六版」佳奈の名が、確かに三〇四号室の欄に記されていた。
数か月後、マンションに新しい入居者が来た。若い男性会社員、山口。不動産屋はやたらと契約を急ぎ、格安の家賃を提示してきた。「前の住人が急に退去して、すぐにでも借り手が欲しいんですよ」
彼が案内されたのは三〇二号室。薄暗い部屋には、どこか湿った匂いが漂っていた。
「気になることがあれば、何でも聞いてください」管理人はにこやかに笑ったが、その目は笑っていなかった。
数日後、山口のポストに分厚い封筒が届く。中身は一冊のファイル。表紙には「住人名簿」とだけ書かれていた。
開いた最初のページには、すでに彼の顔写真が貼られていた。
インターネットの掲示板に、あるスレッドが立った。【事故物件に住んでるけど質問ある?】
スレ主は、「三〇二号室に住んでからおかしなことばかり起こる」と投稿していた。ポストに知らない名簿が届くこと、会社で自分の存在を誰も覚えてくれないこと……。
レスが進むうちに、次第にスレ主の書き込みは途絶えていった。最後に残された書き込みは、短い一文だった。
《名簿から名前が消えた。助けて》
その後、スレ主のIDは二度と現れることはなかった。
マンションの一室。管理人は、分厚い名簿を机に置いた。ページをめくると、ずらりと並んだ顔写真と名前。
消された者、取り込まれた者。その数は確実に増えている。
最後のページに、まだ余白が残っていた。管理人は満足そうに呟く。
「次は……あなたです」
その声は、ページを開いた読者の耳元に、確かに届いた。