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第20話 エピローグ


 王国歴1087年。夏。

 “涙狩りの騎士”が旅立って4ヶ月が過ぎる頃、一人の青年が王都に帰還した。


 彼は正門に辿り着くと、門番に「シュミーレを呼んでほしい」と告げる。連絡が入った私は急いで、その場所へと向かっていった——


「シュミーレさん、帰ってきました……」

 そこには、出発したときとは風貌の異なるエトラスが立っている。


 髪の毛は伸び、肌は高地での日焼けで黒々としている。服は民族衣装を纏い、背負った鞄は出発時と同じものだったが、ボロボロになっていた。


「“氷龍の涙”は……得られたのですか?」

「はい、得ることができました。これは魔法の一種で私の体の中に宿っています」


 エトラスは手のひらを上向きにし、指を広げる。すると、そこから水色の宝石が煌めくように浮かび上がり、強く輝き続けた。


「素晴らしい……でも、どうしましょう……」

 その魔法の輝きは、一瞬で私の心を奪いました。


「すみません。王に帰還を伝える前に、一つ相談があるのですが……」

「分かりました。今日はもう夕方ですし、報告は明日の朝一番にしましょう。それに、貴方の荷物も預かっていますので、今夜は私の家で休んでください」


 今の王国には、成功した“涙狩りの騎士”の扱い方についての規定がない。それに、王の謁見も既に終わっていたので、まずは彼の話を聞くことにした。


「ずいぶん帰還に時間がかかりましたね……」

「……はい。“氷龍の涙”を手にするのにも時間がかかりましたが、帰り道で各村の式典に招かれてしまって、それを断ることもできませんでした……」


 王都の民は、元々エトラスには関心がなかった。


 剣術大会でアルフォル殿下が優勝した時には、“涙狩りの騎士”に対して大きな期待が寄せられていた。だが、彼が選ばれた途端に関心は消えてしまった。


 今の民の関心は、秋に行われる感謝祭と姿を消した王子の行方だった。


「とにかく、無事に帰ってきただけで私は嬉しいのです。でも、まさか本当に“氷龍の涙”を得られたなんて……正直、まだ少し疑っているくらいです」


 そもそも、この国では、まだ雨を求めてはいない。現状、王都周辺の雨量はそこそこある。それに、山からの水量も大きく変わらなかった。


「ハハハ、でも得るまでには紆余曲折がありました……」

「……私はそれを聞くのが楽しみでしょうがありません!」


 そうして、私たちは王都の大通りを歩いていった。


 *


 私の家に帰ると、まずは彼を共同浴場へと向かわせる。私は夫と買い出しに出かけて、夕食の仕込みをすると、帰還を祝うささやかな祝宴の準備をした。


「数ヶ月分の貯まった汚れが取れて、すっきりしました」

 私の家に残していった予備の着替えを着た彼は、髪は伸びたままだったが、王に面会するには最低限の格好に戻っていた。


「さて……今日は食べて飲みましょう!」

 私は、彼のために奮発して、こしらえた肉料理と高級酒を机に並べる。そのあと、私たちは食事と共に彼の旅の話を聞くことになった。


 ポーラの村での狼獣族の娘との出会い。

 国境を越えた先での、戦闘部族との戦い。

 アシュトラでの山岳特訓。

 神山への挑戦。

 氷龍との対面と雑談。

 “影”と名乗る者との出会いと、“邪の民”の一人との決闘。

 卵の覚醒と、彼ら全てが消える出来事。

 そして……“共の戦士”の死、と復活。


 全てにおいて予想していた以上の話で、一通り聞き終えることには、用意していた酒は全て飲んでしまった。


 もう……本当に、神話的で、刺激的で、心が躍って仕方がなかった。


「では、私も酔いが回ってしまいましたし、詳しい事情聴取は明日行いましょう。明日から忙しくなりますので、今日はゆっくり休んでください……」

「すみません、最後に相談があります……」


 その時、彼も酔ってはいたが真剣な表情で尋ねてくる。


「分かりました、聞きましょう……」

「すみませんが、これは二人きりの話になります」

「ドルト。いいですか……先に寝室に向かってください」

「はいはい、分かりました」


 私は、夫を部屋から追い出すと、立ち上がっていた身体を再び椅子に下ろす。


「先ほどの話には一つだけ『嘘』があります。それを事情聴取の時に話すのか悩んでいまして、貴方に判断をしてほしいのです……」


 その時……私は、何の話だか分かってしまった。


 それは、王家第3王子であるアルフォル・リーア・ラドフォードのこと。彼は中央山脈に向かったのではないかと噂されている。


 王からも、何度か行き先に心当たりが無いかと聞かれている。やはりエトラスを追って神山へと向かった可能性が高かった。


「それは、王子の話ですか?」

 その言葉に、彼は表情を大きく変えた。


「はい、私の話に“邪の民”との決闘したと語りましたが、あれはアルフォル殿下になります。彼は“影”と“影の民”と共に裏側から登ってきました……」 


 予想はしていたが、それは一大事である。

 私は、驚きとともに……これは口外できないと確信した。


「なるほど、そして彼は“影の民”へと変わってしまった。では、その姿になると元の人間に戻ることが、あり得るのでしょうか?」


「氷龍に尋ねたところ、無理だそうです。神山の影響下以外では夜のみしか行動ができず、さらに物理的な干渉は不可能だそうです……」


「それは、亡霊……ですか……」

「はい、亡霊そのものの姿になります……」


 それは、思ったより深刻な話だった。

 王国でも期待されていた王子が、哀れむ存在に変わってしまったのだ。


「分かりました。私が対処します。まず、殿下は神山には登らなかったことにします。元の話の通り、あなたは“邪の民”と戦った。これでお願いします!」


 アルフォル殿下には悪いですが、これは歴史から消さないといけない。

 そうして、私たちは就寝することにした。

 

 *§*


 次の日の朝、私とエトラスは王宮に向かう。


 まずは、議員の議長と面会して、次に謁見の間で王に会う。そして、皆が集まる中で彼は手を広げ、“氷龍の涙”を披露した。


 その時点で、歴史は大きく変わり、彼は『英雄』に変わる。


 “涙狩りの騎士”の帰還と、“氷龍の涙”の獲得の噂は一気に王都へ広がり、やがて王国全土へと伝わっていった。


 そのあと、私は1ヶ月かけて他の議員と共に事情聴取を行い、全てを記録する。


 日々は慌ただしく進み、さらに2か月後に行われた感謝祭で、同時に“涙狩りの騎士”の帰還祭が行われ、王国中から国民が集まっていた。


 王宮前に作られた特別な広場では、様々な儀式の後にエトラスが現れる。そして、皆が見守る中、“氷龍の涙”を空中に解き放った。


 すると、やがて空は灰色に変わり恵みの雨が降り出す——


 王国の民は、魔法そのものの出来事に歓声を上げ、降り注ぐ水滴に打たれながら踊り続けていた。


 その日の夜、王宮では晩餐会が開かれる。


 ローレス家の親族や親戚全員が招かれ、様々な権力者の前でエトラスに褒美が授けられた。


 彼の要望は『最北端にある、領主不在の土地』。


 王は驚き何度も聞き直したが、彼はその土地を強く要望する。のちに、要望が認められ、『男爵』という爵位と共に授与されることになった。


 そうして、数ヶ月後。彼は新天地へと旅立っていった。


「シュミーレさん、あなたのアドバイスがなければ、絶対に達成できませんでした。本当に感謝しています!」

「いいえ……私はただの助言です。貴方の努力が身を結んだんですよ!」


 私たちは、別れ際にしばらく抱き合った。


「もし“共の戦士”いや、ムルラちゃんに再会できたら、私からの感謝の言葉を伝えてください……」

「……まあ、会えるかどうか分かりませんが、会ったら伝えておきます」


 そうして、彼は王都を見渡すと軽やかな足取りで北へと向かう——


 さてさて、私もこれから忙しくなります。彼の残した記録を元に、来年の“涙狩りの騎士”を成功させないといけません。


 それに……彼にも、新しい試練が待っているでしょうね。


 おそらく、領主のいない寂れた領地を復活させると、山岳民族との取引を広げていって……閉鎖的なヤトルの村との接触を試みる。


 成功できるのかは分かりませんが、彼には“氷龍の涙”の加護があります。ひょっとしたら、氷龍様が気になって飛んでくるかもしれませんね。


 私だって、かなり昔は乙女だったのですよ。

 その先の未来は……まあ言わないでおきましょう。


 *


 この世界には4つの龍が住んでいます。皆は世界に様々な恩恵を与えると伝わりますが、私たちは今……雨という形で受け続けています。


 私たちは、それを享受するために旅する二人を送り続けるのです。

 それは、できる限り永遠に続いていくのでしょうね。


 「フフフ……」


 **§**


 私の、名は……


 アルフォル・リーア……ラドフォード。

 元、王国第三王子だった亡霊。


 あの忌々しい時から、長い年月をかけて王都へ戻ったのだが、その時には父上は死んでおり、年老いた兄が王を務めていた。


 その頃には、“涙狩りの試練”……の名誉は薄れている。

 それは、あの男の後……何十回と成功させていたからだった。


 神山から離れれば離れるほど、意識は遠くなる。

 それと共に私の体も消えていき、すでに腕や足を失っていた。


 今の姿は、薄い霧が漂うだけ。

 気が付くと、長い時を飛び越えている。


 すでに兄も死に、王も何世代もあとになっていた。

 だから、全てはどうでもよくなっていた。


 永遠?

 それはただの空虚。

 それは、おそらくゲトルドも感じていたのかもしれない。

 ハハハハ……


 気が付くと、あの地に戻っていた。

 長い時間がかかったが、今年は卵を覚醒させるだろう——

 誰かが登り、何かをして魔力を捧げていた。

 そして、卵が輝き始める。


 その時の私は、ただ自分の終わりだけを待ち望んでいた。


 もう『神』にもなりたくない

 『遥かなる未来』もいらない。

 ただ、薄く残り続ける『永遠』だけを消し去りたい。


 私は——

 それだけの気持ちで——

 “卵”が覚醒した……『黒点』へと魂を捧げていった。


 *


 世界よ……さようなら。そして……ありがとう。


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