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第18話 神様の嬉しさとは?


 大きな耳に真っ白な羽毛。

 そして、お尻からは大きな尻尾。

 狼のような外見だが、動きは猫のようだった。


 山岳民族とは似つかない白い肌に、灰色で短めの髪の毛は艶やか。さらに、細身な体型なのだが、想像できないほどの力強さを秘めている。


 大戦相手だった巨大な男を絞め技で倒し、部族民との戦闘では容赦なく殺し続けていた。でも……内面は純粋で、古いおとぎ話を夢見る少女だった。


 共にこの山を登る時。

 いや……共に戦った時。

 違う。ポーラで見かけた時から……私は、心を奪われていたんだ。


 *


「「「ムルラ!!」」」

 私は……私が抱きしめている彼女は、奴によって引き裂かれた傷口から大量の血を吹き出しながら倒れている。


「エトラス……傷はなくて良かった……」

 虚ろな目線で私を見つめているが、もう声に力がなかった……


「「「ムルラ!! 死なないでくれ!!」」」

「ごめんね……でも、“涙”が得られて良かった、ね……」

 その時には声がかすれ、彼女の心臓の鼓動はやがて消えていく——


 すでに瞳孔は開いたままで……全身の筋肉の力は失われていて、直前まで生命体だった肉体は、ただの物質に変わっていた。


「「「「ムルラ!!! ムルラ!!!」」」」

 私は、突然の喪失に……ただ、涙を浮かべて叫ぶしかできない。


「「「ハハハ、もうどうでもいい!! お前は、私の尊厳を奪った!! だから、お前の大事なものを奪ってやった。思った結果とは違うがいい気味だ!!」」


「「くそう……全ては、私のせいだ……」」

 後ろで叫ぶ奴のことなどはどうでもいい。ただ悔しくて仕方がなかった。


 なぜ、防ぐことができなかったんだ!

 なぜ、勝ちに浮かれていたんだ!!

 なぜ、奴の『『憎悪』』に気が付かなかったんだ!!!


 確かに“氷龍の涙”は得られたのかもしれない。だが、それより大事なものを失ったことを実感している。このやるせなさは、心が死ぬほど苦しかった。


 でも……もう何がどうなってもよかった。

 ただ私は、徐々に、徐々に冷たくなっていく彼女が、愛しくてしょうがなかった。


「おい、少年……すまないな。私のワガママに付き合ってもらって悪かった。だが心配するな。“氷龍の涙”は、物事の摂理を超えることができる魔法なんだ……」


 その時……横に立つ“影の民”は私に言葉を告げている。


「「「そうはいっても、絶対に!!『『『死』』』は克服できないでしょう!!」」」

 私は、この状況を作った元凶に向けて強く叫んでいた。


「そうだな、こんな思いをさせてすまない。私の元の名はゲトルド。こう見えて初代王のなれの果てだ。今の王家は滅亡へと向かっていると感じていたが、お前たちのような新世代も生まれている。だから、安心して逝けるよ……ありがとうな!」


((そうだ。“涙狩りの騎士”よ……安心しなさい。今から二人に我が『嬉しさの“涙”』を与える。それは、この大地を豊かにする魔法……そして、短期間だが生命の活力を与える秘薬でもある……))


 二人に向けて大きく首を伸ばした氷龍の瞳からは、ゆっくりと大きな“涙”が浮かび上がり、宙を舞うように空中を漂い続けて、二人へと向かっていった——


 魔法のような水色の宝石は、卵の覚醒によって様々な色の光を屈折させている。


「これが……“氷龍の涙”」

 大きく揺れる“涙”は二つに分裂していくと、一つは手をかざしていたエトラスの方に飛んでいき心臓へと吸収されていく——


 それは、何か温かくて強大な力が宿るような感覚だった。


((……国に帰ったら、雨が降ることを想像しなさい。そうすれば、魔力があるうちは雨が降り続けていくだろう……))


「待ってください、二人って……もうムルラは……」

((心配するな、多少の臓器の傷など……魔力により相殺されていく……))


 その頃には、もう一つの“涙”がムルラの体に吸収されていて、水色の魔力の膜が彼女の全身を覆っていたが、特に変化はなかった。


 だが、彼女に浸透した“氷龍の涙”は、やがて……生命の活力を与える。


「いや、もう彼女は、傷どころではなく……いや!! まさか!!」

 確かに。最初は、全てが信じられなかった。だが時が経つにつれて、彼女からの生命の力を感じ始めたのだ!!


 私はとっさに彼女の胸に耳を当てると、硬直した体の奥底で「「「ドクドク」」」という鼓動を感じる。


((ああ、魔力は『魂』と直結している。だから、軽い生命の終わりは克服することができる))


 青白かった肌は、ゆっくりと赤く染まり、冷たい体から体温が生まれる。そして、しばらくすると、小さく息を吹き出していった——


「「ムルラ!! ムルラ!!」」

 その時には、まぶたに少し力が入り表情も復活していた。私は、全てにおいて焦りながら、本当に意識が戻るのか心配で仕方がなかった。


「エ、トラス……?」

 まぶたがゆっくりと開いていくと、大きな瞳には私の顔が映っている。


「「「良かった!! 本当に良かった!!」」」

 彼は、もう何も考えずに涙を流して彼女を強く抱きしめる。


「私……どうしたの? ここは天国……じゃないよね?」

「「天国ではないが、まだ天地で氷龍の前にいる。君は生き返ったんだ!!」」


「フフフ……私、死んでたんだ。でも、生きている時より何か暖かい。これはなあに? 私は一体、どうなっちゃったの?」

「「“氷龍の涙”……私たちの中に“氷龍の涙”が入っている!!」」

 まだ弱々しい彼女の声だったが、私は感極まって感情を爆発させていた。


 *


「「くそ!! この地で何も得られなかったのは私だけか!!」」

 その時、アルフォルは二人の“邪の民”によって地面に拘束されていた。


「「おい、“影”。放すように言え、今……奴らから“氷龍の涙”を奪えば、私の勝ちになるのだろう、お前はそれを望んでいたのだろ!!」」


「無理だ……もう諦めろ。“涙”の権利は完全に二人のものになった。もう殺したとしても決して体から離れることはないだろう……」


 彼が見上げる前で、“影”は見下ろすように告げる。


「「「それは、絶対に認められない!!」」」

「なあ……君だって『経験』という収穫を得たんだ。だから、明日から帰路につき王国へと帰れ。そして今回の経験を生かして王国を繁栄させるんだ。私は……そのために連れてきたのもあるんだ。分かってくれ……」


「「違うだろ!! お前の考えは最初から分かっている。あの卵を覚醒させるためで、私はすでに用済みなんだろ!!」」


 アルフォルは、地面にひざまずきながら悔しそうに叫んでいる。


 卵からの光は徐々に増していき、やがて浮き始める。そして、「ゴオォォォォォ」という爆音と共に、何十もの竜巻のような暴風が辺りをかき混ぜていた。


「人生は長いんだ……今回の失敗を糧にしろ。それが、王家の先輩としての言葉だ。王国を頼んだぞ……」


 魔力の欠片が飛び交い、輝きが吹き出すような光景が浮かんでいる。

「「さて、『覚醒』を始めた。お前たちは先に『永遠の命』を得ろ!!」」


 “影”の叫びと共に、全ての“邪の民”は魔力の源と化した卵に向かう。そして大きく伸ばして卵に軽く触れると、体には強力な魔力が満たされていった——


 体中には、雷のようなエネルギーが巡っている。それが何かは分からないが、強力な魔力と魂が融合している様子だった。


「「よし、完全覚醒する前に、今まで思考していた『遙かなる未来』を振り返るんだ!!」」


 魔力で満ちている“邪の民”は、“影”の声で静かに瞑想を始める。

 その光に包まれる中、一人の男も卵に近づいていった——


「「私も……私だって『永遠の命』さえ得られれば王位を奪える。ならば“涙”だって、全大陸だって、全世界だって支配することは夢ではない!!」」


 その時、二人の“邪の民”から解放されていたアルフォルは、執念だけで進み続けていた——


「「とにかく力が欲しいんだ。今すぐ欲しい!!」」

 強力な光を放つ卵に、彼の長い手が伸びていく——


「「「おい、待て!! アルフォル!! それだけは止めろ!!」」」

 その行為に“影”は気がついていたのだが、実体のない体では彼を止めることはできない。


「「もう、お前の言葉は聞かぬ。私が、お前に変わり全てを支配してやる!」」

 そうして、アルフォルは卵に手のひらを合わせていった——


 即座に、大量の魔力が皮膚から流れ込むと、毛細血管から静脈に伝わって心臓へと達し、今度は動脈を通じて全身へと広がっていった——


「「「ハハハ、これが魔力の力なのか!! 私は力を得た!! 力だ!!」」」

「はぁ……お前は『永遠』だけを選んでしまったか……まあ、それはお前の選択だ。残念だが仕方がないな……」


 アルフォルは、魔力と魂が直結して雷が体中から飛び交う状況に、全てを得た気分になり高揚していたのだが……その様子を見た“影”は、少し悲しげだった。


 500年は肉体が保てるほどの強烈な魔力。


 それは、確かに生命力を維持させる特別な力なのだが、“氷龍の涙”という死を克服できる加護がなければ、逆に体の組織を蝕んでいってしまう——


 すでに、“邪の民”たちの体は黒ずんでいて、破壊が進んでいくと体の組織は、卵が放つ強風によって空へ舞っていった。


「「な……なぜ肉体が崩壊していくんだ!!」」

 同じくアルフォルの体も、魔力による浸食が始まっていた。


 長くて艶やかな金髪も、背が高くて手足が長い体格も、あの通りかかる女性の心を躍らせる表情豊かな綺麗な笑顔も、全てが黒く染まっていった。


「だから言っただろ。“氷龍の涙”が無ければ、肉体の永遠は得られない……」

「待ってくれ、ならば今すぐ何とかして涙を私の体に注いでくれ!! なあ氷龍よ私は次の王となる存在だ。前払いでいいから魔力を与えてくれ!」


 彼は、氷龍の前に立ち懇願するが、その合間にも体は崩れている。


「アルフォル、もう諦めろ。お前には二つの選択肢がある。それは我々と『遙かなる未来』に向かうか、この地で“影の民”として永遠に残るかだ。今すぐ選べ!」


 全ての皮膚が消えていて、肉の塊になっていたアルフォルは、さらに筋肉や臓器が崩れていって骨のみになる。


 もう……人としての姿ではなかった彼は、やがて骨さえも黒い粒子へと化していくと、ただの黒い亡霊という存在となっていた。


「「そんな……私は『王』を諦めきれないんだ! 肉体を戻してくれ!!」」

 人の形だけは保っているが、口以外の部位はもう何もない。ただ、魂に直結された魔力だけの存在が、同じ姿の“影”に懇願していた。


「まあ、ならば……私のように亡霊として、王家の誰かを騙して支配すればいい。悪いが我々は、別の時空で、別の物体に変わる。じゃあな……」


((おいゲトルド。未来に向かうのだろ? 覚醒は終えた……時間はないぞ!!))

 その時、辺り一面を照らしていた光は完全に消えていた。


「「ドドドォドドォォォドォォォォドォォォォォ」」

 それは、指先ほどの小さな黒点で、強力な重低音を響かせている。


 今度は、今まで放っていた魔力を吸収するように、辺りから薄い藍色の輪が何度も何度も収縮していた。


「「「よし、時は来た!! 飛び込むぞ!! 途中、飲み込まれる感覚はあるが意識だけは確保していて、強く叫び続けろ!! そうしないと全てが奪われる!!」」


 そう言うと、彼は黒点へと進んでいった。


「「氷龍……では、我々は『遙かなる未来』を築く。ではな……」」

(((ああ、さっさと行け! 我が子を頼むぞ……)))


 “影”は黒点に向けて手を伸ばすと、体が伸びるように吸い込まれ消えていった。次には、彼を追うように“邪の民”だった黒い存在も続いていく——


 しばらくすると、黒い点は一瞬だけ強く光り……消滅した。


 *


 この天の地に残されたのは。


 長年の友との別れに、悲しげに見守っていた氷龍。

 抱き合いながら、生を実感しているエトラスとムルラ。

 そして、“影の民”と化して……何かを叫び続けていたアルフォル。


 その時、辺りには、上空から吹き荒れる風の音だけが響いていた。


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