第17話 名誉を賭けた戦い
今から、およそ10年前。
「おい、エトラス……お前にも、そろそろ剣が必要だろう。今日は、我が領地一番の鍛冶師に作らせに行こうじゃないか……」
あの時は、私がまだ父上に期待されていた頃だった。
珍しく声をかけられると馬車に乗り込み、街の大通りにある大きな煙突が特徴的な建物へと向かっていった。
「ラトリア様、今日はどのような要件で?」
「我が息子に剣を作らせたい。今の背丈に見合った長さにしてくれ……」
そうして、私は初めて自分の剣を持つことになった。
だがあれ以降、私の背が伸びることはなかった。兄は、あのあとも何度も剣を新調したのだが、私が父上と出かけていったのは、あの時が最初で最後だった。
『我が家は、剣と共に生きる。もし王国騎士になれなかったとしても、剣を持つ人生を遂げろ……それが、我が家の家訓である!』
それは、剣を注文した帰り道……父上が告げた言葉だった。
**§**
バースと呼ばれる大陸の中央にある神の山。
その山頂では、密かに新しい神様を生み出す儀式が行われていた。
「二人とも、準備はいいか?」
後見人の一人は、“影”と呼ばれる“影の民”。彼は審判としての役割を担い、二人の間に立って両手を広げる。
もう一人、いや一つの存在が、洞窟の前で静かに見守る氷龍。
「私は万全だ……今回は真剣での勝負になる。頼むから、簡単には死なないでくれよ!」
自信満々なアルフォルは、熊の防寒具を脱ぎ捨てると相変わらず綺麗な髪を揺らしながら、この黒々とした大地に立っていた。
「はい、大丈夫です!」
対して、昨日の夜まで特訓を続けていたエトラスは、表情こそ平静を保っていたが、まだ自分が行ってきたことに確信を持てずにいる様子だった。
「では、二人の名誉を賭けて決闘を行う。これは古くからの王国形式であり片方が降参、または死亡を含めた戦闘不良となった時点で勝負は決する!」
エトラスは、鞘に収まる剣のグリップを強く握ると、一斉に抜刀する。そして、いつもどおりの剣術の型で構え、両足をわずかに前後へ開いた。
「相変わらず不格好な構えだね。いや……型に相応しくない体格だからかな?」
アルフォルは優雅に抜刀すると、一度だけ軽く素振りしたあとに構える。
二人が構える合間、後ろから心配そうに見守るムルラが「「エトラス!」」と叫ぶと、彼は振り返って「ああ、任せてくれ……」と答えた。
そして、遠くでは“邪の民”たちが、静かにその様子を見守っている。
「「では、勝負を開始する。始めよ!!」」
“影”は大きく叫ぶと、何歩か下がり両手を真上に挙げた。
「この一週間で何を覚えた? どうせ、今のままでは負けるから山岳民族の戦い方を教わっていたのだろ? では、その浅い考えを見せてくれ!」
アルフォルは華麗にステップを踏んでいき、左右に移動しながら距離を詰め、それと共に剣先を様々な方向へと向けていった。
それは、お得意の相手の動きを阻害しながら詰めていく戦い方。
「どうした。この前とは違って動きが悪いな……それが、お前の戦い方か?」
だが、通常なら彼の誘いに対応するように剣を動かすのだが、エトラスは何一つ動くことをしなかった。
「ほら! 私がこう動いてやるぞ!」
その動作に驚いたアルフォルは、少し大雑把に剣を突き出して隙を見せる。
「……」
だが、エトラスは剣を構えたまま、動きを変える素振りを見せない。
「そうか、ならば仕掛けさせてもらう!」
その言葉と共に、一気にステップを踏んで近づいて何度か剣を突き刺していく。だが、エトラスは、少しだけ体の方角を修正する程度で大きくは動かなかった。
*
数日前、エトラスは戦い方の基本を教わっていた。
「無駄な動きなんて必要ないの。相手の意図さえ感じ取れば、余計な陽動なんて必要ないし、最小限の動きで適切な場所に攻撃ができる!」
それは、様々な剣技の集大成である王国式剣術とは違い、ただ感覚を研ぎ澄ますというシンプルな考え方だった。
まずは試しに、ムルラの攻撃を受けて学んでいく。
二人は、練習の為に木の棒を剣代わりに握ると、エトラスはいつもの王国式の構えをする。彼女は、それを打ち破るべく迫ってきた。
とにかく、動きを読むため構えの位置を修正していったが、無駄のない曲線が組み合わさる軌跡を捉えることはできずに、刹那には棒先が喉元寸前に迫っていた。
「読めそうで読めない。どうなっているんだ?」
「人間は、考えれば考えるほど無駄な動きが増える。それが、目線や仕草で出てくるの。私たちは獣相手が多いから、直感だけで戦うことを学んでいる!」
とは言っても、その感性の技を短時間で習得することは不可能だ。だから、彼女の動きをなるべく見よう見真似して、自分の剣術に融合させていった。
*
「動きを変えてきたな。だが、一週間の特訓では付け焼き刃だろう!」
アルフォルは、軽やかに左右に身を揺らしながら前方に一歩ステップを踏むと、直後に喉元めがけて剣先を突き出していった。
その軌道は的確に捉えていたのだが、エトラスは瞬間的に小さな動きで交わす。
「「「なに!!!?」」」
それは、一瞬の出来事だった。
剣術大会の時、エトラスは何も抵抗できないほどに急所を突かれていた。だが今回は、最小限の動きで攻撃を逸らしている。
今までと似ていながら、まったく異なる動き方をしていた。
その時、剣を突き出していたアルフォルに膨大な隙が生まれている。エトラスは、それを捉えるように無意識に下から振り上げた。
「「「く!!!!」」」
アルフォルは直感で身を逸らして剣先を交わしている。だが、彼の優雅な髪の毛の一部を切りつけると、一直線に切り裂かれた髪が宙を舞った——
「「貴様! 王国式を捨てたのか!」」
血相を変えたアルフォルは何度も踏み込み、それと同時に突き出す。だが、エトラスは最短の動作で、剣で受け流していった。
「「これが、私の新しい剣だ!!」」
確かに、その戦い方は不器用で不格好だった。だが、これは彼が今まで培った剣術に、ムルラの戦い方を融合した、即席の解決策である。
それでも……初見であれば天才相手にも通用していた。
「「やるじゃないか。ならば! 私も戦い方を変えさせて貰うぞ!!」」
彼は今までの剣術が通用しないと悟り、一度距離をとって慎重に一発一発、剣の振り方を変えて攻撃していった。
だが、エトラスは最小限の動きで交わしていく——
「「なるほど、お前の動きの意図は分かってきた。ならばこれでどうだ!」」
アルフォルは、まず剣を両手で強く握りしめる。
そして、今まで優雅で軽やかな動きを捨てると、大地を強く踏みしめて、シンプルに突進しながら剣を振るった!!
「「どうだ! 私だって何通りの戦術を持っているぞ!!」」
それは……彼が一番苦手な兄の戦い方。つまり、強引な力による剣術。
陽動もフェイントも一切ない、力と数による直線的な打撃。たしかに、アルフォルは兄ほどの体格はないが、エトラスとの体格差を活かして攻め続けた。
「くそ!」
「「どうだ! 力勝負になっても私のほうが強い!!」」
彼の剣さばきは巧みで、逃げられないようにタイミングを変え続け、雨のように何度も何度も振り下ろし続ける。
エトラスは、その剣を受けて防御していくのは簡単なのだが、その力業によって徐々に後退していった。
「「なるほど!! これが貴様の弱点か!!」」
次々と繰り返される強引な剣劇は、エトラスを徐々に追い詰めていった。
「「どうだ! どんな姑息な手段を考えても、天才の私にには叶わない!」」
アルフォルは精一杯の力を振り絞って、剣で叩き付けていた!!
何とか、耐えて反撃のチャンスを狙うしかない。だが、その予兆さえも読まれ強力な剣さばきで、ねじ伏せられる。
やはり、剣での戦いは、全てにおいてアルフォルが上回っていた。
「「そろそろ、終わりにしてやろうじゃないか!!」」
彼は突然、剣を振る角度を変えた。左側から剣の根元へと強烈な打撃を加えて、手先を痺れさせると、次には右側から相手の剣先を叩き付ける。
その一撃によって、エトラスの剣は大きく回転しながら宙に舞っていった——
「「「もう少し遊びたかったが! これで決まりだ!」」」
剣を失ったエトラスは、表情を変えて逃げるように後退していく——
アルフォルは勝負を決めるために左足を踏み込んで、大きく飛びかかると剣先は曲線を描くように迫っていった。
((((エトラス、今!!!!))))
その時、ムルラは心の中で強く叫んだ。
エトラスは、その思いに応じるように大きくしゃがみ込み、腰にある彼女の小刀を抜き取り逆手に握ると、いきなり前方へジャンプした!!
それは、彼女が部族民と戦った時の戦術を真似ていて、彼の剣筋を直感で避けていきながら一気に踏み込むと、小刀の先端を相手の喉元へと向けていく——
「「「くっ!!!!」」」
それは、絶妙なカウンターだった。しかし、アルフォルの反射神経は鋭く、上半身を後ろに反らして交わすと、危険回避のために距離をとっていった。
*
2日前、二人は小刀代わりの木の板を持って構えている。
距離を取りながら互いに円形を作るように走り、一気にジャンプして迫って棒を逆手で振るうと「バキィィィン」という音と共に弾かれた。
そして、そのまま反対側に着地をする。
「いい動きになってきたよ!」
ムルラはエトラスの上達に驚いていた。
「そうはいっても、彼女の動きの1割もできていない。それに、動きが読まれたら終わりだから、何か決定打を覚えないと……」
動きに自信は出てきた。だが、まだそれだけでは勝つことはできない。だからこそ、最後の決め手を特訓する必要があった。
*
「「貴様。本当にプライドを捨てたな!! こんな決闘は許されないぞ!!」」
その時、アルフォルは、彼の禁じ手のような戦い方に激高していた。
すでにムルラの戦い方に切り替えたエトラスは、剣を構えることはなく彼の周りを走り抜けている。
「剣の強さに形など関係ない!」
そして、隙を見つけては一気に迫って逆手の小刀を振り上げていった!!
「「「くそ!!」」」
アルフォルは初めて受ける戦い方に、迷いながら受け流すのが精一杯で、彼がカウンターを繰り出す前に、エトラスは距離をとって再び周りを走り回った。
その攻防は何度も続いたが、エトラスの攻撃は決定打にはならない。
「「動きは読めてきたぞ、もう一度やってみろ」」
アルフォルはそう叫ぶと、最初の戦術に戻してステップを踏み始めた。
エトラスは走る方向を折れるように向きを変えると、様々な曲線が組み合わさる軌跡で飛び込んで、逆手の小刀を向ける!!
「「「ハハハ、その時を狙っていた!!」」」
アルフォルは、その動きを読み剣を構えて突き刺していくが、エトラスは……逆に、その状況を待っていたかのように、自分の両足を大きく蹴り出して彼の胴体へと振り上げていく——
「「「「なに!!!??」」」」
その時には、相手の上部を両足で挟み込んで、強引に地面に叩き込むと、一気に両手で首元を締め付けていった!!!
「「まっ待て!!」」
「「「「うううおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
たった一度のチャンスを成功させたエトラスは、とにかく全力で力を込める。
「「「何をした!! 何をするんだ!! これが騎士の戦い方か!!」」」
アルフォルは激しく暴れるが、これは生死を賭けた『対決』だ。
相手の体を後ろから抱えていたエトラスは、地面を何度も転がりながらも両腕を使って首の気管を強く締め続けた!!
「「「クソ!! こんな外道な戦い方で負けるわけには……いかない!」」」
アルフォルは背を反らすようにして跳ね上がり、何とか絞め技を解除しようと試みる。だが、エトラスは全体重をかけてそれを押さえつけていった!!
それは、何度も何度も繰り返されるが、技は完全に決まっている。
「「王家を敵にしたんだぞ……帰ったら……絶対に……殺し……て……や……」」
彼は、まだ敵意をむき出しにしていたのだが、次第に白目に変わっていく……
「もうよせ! 勝負は付いた。離してやれ……殺すのが目的ではないだろ?」
審判として横で眺めていた“影”は、エトラスに告げる。
その時には、勝負が終わっていた。
彼は、白い泡を吹き出して意識を失っているアルフォルを手放すと、両手両足を使って起きようとするが、体力の限界を超えて頭がもうろうとしている。
「「「エトラス!!」」」
ムルラはその様子に我慢ができずに、飛びかかるように駆け寄ると、彼の体を強く抱きしめていった。
「「凄い!! 完璧な流れだった!!」」
「ああ、思った以上に上手くいったよ……」
この戦い方は、一度きりの決闘だからこそ可能な戦術だった。もし、アルフォルが一度でもムルラの戦いを見ていたら、絶対に通用しなかっただろう。
それに、もし王国で決闘が行われていたら、この王国式剣術を侮辱するような戦い方は絶対に許されない。
だが、ここは王国ではない。そんな決まりなど存在しなかった。
((よくやった“涙狩りの騎士”、“共の戦士”よ。そなたのお陰で我が子は大きく成長することができた。礼として二人には“涙”を与えよう!))
その時、ムルラがエトラスを抱きかかえる前で氷龍が立ち上がると、七色の光を繰り返すように光る“卵”が見え、辺りを強力に照らしていた。
そして、光はさらに強くなっていくと、火花のような輝きが広がる。
「覚醒は、するのか? いや……まだ足りない、のか?」
その様子を、“影”は興味深そうに覗いている。
「エトラス……龍の子供が生まれるの?」
「どうだろう? 分からない……」
二人はゆっくりと立ち上がると、すでに取り囲むように近づいていた、“邪の民”の方へ歩いていった。
強力な一つの光は、何かのエネルギーが一点に集約されており、それは魔法と呼ばれる現象と共に、「パシパシ」と音を立てながら激しく弾けている。
その不思議な現象に、誰もが息を呑んで注視していた。
*
「ゴフォ……ゴフォ……。クソ!」
一方、皆が卵を眺めている後方では、アルフォルが一人の“邪の民”に支えられながら咳き込んでいた。
次第に呼吸が整い意識が戻り、周囲が光に照らされている状況に気が付くと、ゆっくりと上半身を起こす。
「私は……負けたのか?」
「まあな。だが、まだチャンスはある。これより氷龍より“涙”が受け渡されるから、その前に宿敵を殺せばいい……そうすれば、“涙”はお前のものだ」
その時、“影”は腰を下ろして小声で語りかけていた。
「そうだ。あれは、決闘とは呼べない。だから……王子として。名誉決闘を汚した罪として、奴を処刑しないといけない……」
「「ああ、その剣で突き刺せ!! そうすれば、全てが手に入るぞ!!」」
もう一人の“邪の民”が地面から剣を拾って手渡すと、アルフォルは膝を付くように立ち上がって手に取って構えた。
そうして、光の下で手を繋いで立っている二人に向けて、多少フラつきながらも、ゆっくりと静かに背後から近づいていった。
「悪いなアルフォル。この機会を逃すことはできないんだ……」
((もう、戦いに勝ったと思っているのだろう!! だが所詮は下級騎士族の失敗作だ。あの邪道で卑劣な決闘方法など、王国では死罪に値する。だからこそ、今から私が成敗してくれる!! 死んで責任を果たせ!!))
全速力で走り抜けると、あの忌々しい男の背中へ剣先を突き出していく——
アルフォルにとって、プライドが折れるなど絶対に許されない。もし折れたなら、その事実ごと消し去らねばならない。
彼は、今までの人生、そうやって何度もねじ伏せてきたのだ。
「「「私が負けたならば、負けた相手を殺せば、私の勝ちになる!!」」」
今、差し出す剣先は——
次の瞬間には、奴を串刺しにするだろう——
*
「「「「エトラス、危ない!!!!」」」」
それは、私が突き刺した瞬間だった。
その時には、私の視野には地吹雪が降り注いでいる。
「「ああ……これで、私が“涙”を得られる!!!」」
剣先からは、肉を切り裂くような感覚を感じていて、さらに押し出して貫通させると、大量に吹き荒れる暖かい血糊を感じながら一気に引き抜く!!
「「「勝った!! 私は……全てに勝ったのだ!!!」」」
そうだ!! 奴を殺せば……私が“涙狩りの騎士”に変わる!!
もう、卵の覚醒や永遠の命など関係ない!!
名誉決闘に勝ち、“涙”を得て英雄として王国へ帰還する!!
ああ、それが可能になった!!!
私は……この上ない高揚感と共に、満足げに顔についた血糊を手で拭く。
「エトラス……良かった。君は……大丈夫で……」
すると、その目の前の視野に、振り返る奴の前に、あの動物の女が……大量の血を吹き出しながら倒れていた。
((((これは……いったい。どういうことだ???))))
私は、何を間違ったのか?
「「「「アルフォル!!! 何をしてくれたんだあぁぁぁぁぁ!!!」」」」
——その時には、私は前方から大蹴りを食らい、宙へと吹き飛ばされている感覚を覚えている。
そして、地面へと叩き付けられる痛みと共に、再び意識が消えていった。