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第16話 新世界のために


 私は、この生命が永遠に続くと信じていた。


 ようやく、宿敵だった帝国を滅ぼして大陸半分を支配することができた。そして、次の目標である連邦国家への侵攻の準備を終えた時だった。


「「ゲトルド様……大丈夫ですか!?」」

 その時、執事は私を見て大きく叫んでいる。


「「どうした。私の身に……何が起こっているんだ!!」」

 その時、私は512歳を迎えていた。


 102歳で表向きに死んだことになっていた私であるが、老人の外見ながら肉体は衰えを知らなかったし、精神だって若い頃から変わっていない。


 だが、その時には自分の視野に、手や足が崩壊する様子が映っていた。


 黒ずんだ皮膚が剥がれていくと、次には筋肉が硬化して崩壊していき、最後に残っていた骨までもバラバラになっていった。


「「おい! このことは誰にも言うな!」」

「はい、ゲトルド様!!」


 気がつくと、私は亡霊のような姿へと変化していた。


 **§**


 その時、『リーリシア』を出発してから百年以上の時が過ぎていた。

 今、歩いている場所は深海の世界。


 リーリシアの港町から大陸横断船に乗り込んだのは良かったが、途中で嵐に遭うと沈没してしまい、そこからは海底を歩く日々が続いている。


 この体は、息をしないので水中でも死ぬことはない。だが、この身は物体ではないので浮かぶこともできない。


 だから、薄い光だけの何もない世界を漂う『地獄』を味わっていた。


 景色の変化は特に何もなく、違いといえば蟹の群れの変化くらい。徐々に光が消えて深海へと降りていくと光る物体が泳いでいた。


 こうしている間にも、王国は変わり続ける——


 王国は果たして、連邦国家への侵略を成し遂げ大陸全土を統一しただろうか? いや、反撃を受けて滅んでいる可能性だってある。


 あの頃は、私が裏で全てを支配をしていた。

 だからこそ、あそこまで領土を広げることができた。


 だが、長い時を超えて王国への思いが消えていた。おそらく、この“影の民”の体になって『人』という人格が薄れているのだろうか?


 私は、ただの亡霊。

 何もない暗闇を、永遠に進み続けるだけ——


 *§*


 さらに数十年後、気がつくと海岸線に出ていた。


 目の前には、砂漠の地平線が広がっている。それはとても広大で、何とか別の大陸に辿り着いたのは明らかだった。


 私は、ようやく切り抜けたと安堵しながら歩き続ける。

 ここは『ドキアス』と呼ばれる、砂漠の大陸。


 王国になる前の荒れた大地より、さらに酷かったこの場所は、一面が灼熱の砂で覆われていて、常に砂嵐が吹き荒れている。


 人々は、砂漠で生きることができず、オアシスのみに住み続けていた。


(とにかく、土龍に会いに行こう……)

 そう思うと、大陸の中央へと歩みを進める。


 *


 そこは、大陸の中央に位置する巨大都市。


 草も生えない大地に建てられた街では、全大陸から集まる白いローブの巡礼者たちで溢れていて、活気に満ちていた。


(この大陸も、宗教が支配しているのか……)

 ただ、抑圧されているのではなく自主的に信仰している様子だった。


 正午になると、人々は表に出て都市の中心へ向かって礼拝を始める。何度も何度も頭を下げ、人生の願いを捧げていった。


 皆が向けている先は、黄金の石で組み立てられた巨大なピラミッドが、そびえ立っていて、その周囲には白い神殿が並んでいた。


 この大陸の人々には、一つの義務が課せられている。

 それは、生涯に一度この都市へ巡礼すること。


 辿り着いた者は礼拝を通して、これまで蓄えてきた魔力を放出すると、都市の中央にあるピラミッドへと吸収されていった。


「氷龍よ……お前より効率よく魔力を集めているじゃないか!」

 私は、このシステムに大変感銘を受けていた。


(さて……まずは土龍に会うことにしようか!)

 そう思った私は、黄金のピラミッドへと向かって歩いた。


 *


「貴方は、いったい誰でしょうか?」

 神殿の手前を進んでいると、一人の“影の民”に声をかけられる。


「私はゲトルド・エルス・ラドフォード。氷龍の大陸から西回りで世界を巡ってきた者だ。土龍に面会をしたいのだが……可能だろうか?」


「遠方よりご苦労様です。ですが、土龍様は現在、長き眠りに入っております。起きてさえいれば、来訪者にはお会いしているのですが……」


「起きるまで待つとしたら、どれだけの時間が必要か?」

「それは分かりません。土龍様は卵の覚醒時にしか目覚めませんので……」


「だとすると、次の覚醒時には起きるのだな……待つことは可能か?」

「はい、大丈夫です。他の龍からの使者は歓迎するように言われています」


 私は、その話でしばらく滞在することを覚悟した。


 *§*


 あれから100年は経っただろうか?


 私が、この大陸を訪れたときは、前回の覚醒から時が経っていなかった。だから、まだ卵が覚醒するまで時間が必要だった。


 とはいえ、特にすることはなく、ピラミッドの頂から街の様子を眺めながら、無心で時を進めていた。


 この大陸には、魔素はない。

 おそらく、ここの大陸よりも少ないだろう。


 だが、都市には大量の巡礼者が訪れていて、彼らは人生をかけてため込んだ魔力を放出すると、ピラミッドの頂上にある鉄の塔を通じて卵に吸収される。


 その量は膨大なのだが、なぜか成長は遅かった。

 私は、そのことが気になって“影の民”に聞いたのだ。


「氷龍も“卵”を覚醒させているのでしょうね。ですが、その魔力の集め方だと送ることができる量は限られているでしょう……」


「送ること?」

「はい、ですが……その意味を教えることはできません。それは、氷龍様が目を覚ました時に聞いてください」


 そのあと別の“影の民”にも尋ねたが、答えは同じだった。


 *


 ある時、彼らは行動を始めた。


 大陸全土へと散っていた伝道師が集まり、神殿で大会議が始まる。皆は説法を競い合うと、優れた者たちが選ばれていった。


 私は、その行事の意味を“影の民”に聞くと、彼らは次の世代の“影の民”を選出する儀式だと答える。


 そのことに一つの疑問が沸き、「半永久的に続く肉体は必要ないのか?」と問いかけたが、彼らはその仕組みを知らない様子だった。


 次に行われたのは、“影の民”たちから『未来への者』を選ぶための試練。彼らは長い時を費やして獲得した経験を語り、『新しい世界』を競い合っていた。


 そうして選ばれたのが、12名の“影の民”。

 皆は、私以上の年月を亡霊として過ごしている。


 そうして、あらゆる準備を終えると、数日後……土龍が目を覚ます。


 *


 日中、都市に滞在する全ての民は、断食と共に祈り続けている。

 夜になると、祭りが始まり土龍の目覚めを祝っていた。


 伝道師たちは神殿に集まり、“影の民”たちはピラミッドの周囲で、卵の覚醒を待っていた。


 「氷龍の大陸からの訪問者よ……土龍様がお会いになる」


 私は案内役に従い、ピラミッドの内部へと入った。そこは、黄金の壁に囲まれ様々な彫刻が並ぶ、荘厳な吹き抜けの空間だった。


 中央は、逆ピラミッド型の窪地があり、階段を下ると最下層のすみかには、岩のような鱗に覆われた土龍が、首を伸ばしてこちらを見ていた。


((氷龍の遣いよ……とても久しいな。もう何万年ぶりか……))

「私の名は、ゲトルド・エルス・ラドフォード。氷龍の遣いとして、世界を西に一周回り続けてきた。貴殿が最後に会う龍になる……」


 私は、案内に指定された場所に立つと、大きな声で挨拶をした。

((そうかゲトルドよ。遠くから、よく来た。それで我に何か用があるのか?))


「はい、私は肉体を失い行く末が分からなくなった際、氷龍より『遙かなる未来』は様々な種類があると聞いた。この私に導きを頂けないか?」


 土龍からは、特に何かのエネルギーが噴出しているわけではなかった。だが、化石のような見た目は、今までのどの龍よりも貫禄を表している。


((永遠か……氷龍は、子を産んでいるのか?))

「奴……いや氷龍は、貴殿より周期は長いが生み出している。私は覚醒時に触れて500年後にこの姿になった。以後こうして世界を回っている」


((そうか。我を含めて、4体と対面をしたのだな……ならば聞こう。全ての龍に会って、お前はどう感じた?))


「……可も無く不可も無く、三者三様だと思っている……それ以上は、言える身分ではないが、世界のためにあるとは思っている!」


 私の言葉に、土龍は少しうなずく仕草をする。


((そうか……お前は世界の成り立ちを氷龍から聞いているか?))

「……いや、聞いてはいない」


((まあ氷龍が一番若いからな……この機会に教えてやろう。この世界が我が土台を作った。そのあと、火龍が生まれ大陸を形成し、雷龍が生まれエネルギーを作った。最後に氷龍が生まれ水を作ると、世界は生命に溢れていったのだ……))


 つまりは、4体の龍が世界の創世主であるということか。

 我が王国に伝わる神話には似たような話があるが、それは正しかった。


((我が土龍の役目は一つ。同じように新しい世界を作り出すことだ。まあ火龍と雷龍はそのことに興味はないらしいが、氷龍は違うだろ?))


 奴は何を思って、子供を別世界へと送っている?

 いや……その時には私は理解していた。


 この大陸の“影の民”が論じている『新しい世界』。

 それは、新しい神を作り出すための導きなのかもしれない。


「聞いていいか? その、新しい世界に……我々“影の民”は参加できるのか?」

 その言葉に、土龍はゆっくりとうなずき、少し思考していた。


((そうか……逆に、氷龍がその段階まで到達していないことに心配した。だからこそ、お前を送ってきたのだろうな。ちょうどいい。これから、その答えを見られる機会が始まる。我が大陸が行う新世界の創世を目の当たりにするがいい……))


 そのあと、私は土龍との面会を終える。


 *


 数日後、土龍の卵は覚醒を始めた。


 強烈な光を放ち続け、今まで蓄え尽くしてきた魔力を一気に放出すると、ピラミッド内部は黄金の壁で反射され、昼間以上に輝いていた。


 それは、新しい世界が生まれる瞬間だった。


 **§**


「私の旅は以上だ。思った以上に時間がかかったが、他の三体の龍に会うことはできた。そして、答えも得ることができたぞ!」


((そうか……兄弟は、様々に目的を果たしているのだな?)) 

 “影”の長い旅の話を、氷龍は興味深そうに聞き入っていた。


「ああ、私には何を考えているのかは分からないが、皆は独自の社会体制の元で世界に深く関わっている様子だった……」


((我々龍の役目は、この世界の生成と次の未来の創世だからな。それで、どうだ? 私が課した問いの答えは、本当に得たのか?))


 氷龍は、“影”の目の前に長い首を伸ばしてくる。


「土龍から、実際に旅立ちを見させてもらった。その行為が真実で確実なのかは知らないが、このなれの果ての姿である私に、最後をもたらせる覚悟はできた……」


((そうか……あれだけあった肉体への未練は消えたのか?))


「ハハハ、もう500年は過ぎたんだ……全て消えたよ。お前だって、私が去ってから、この地への足取りが絶えたらしいじゃないか、寂しかっただろ?」


((それを言うな。我にも『威厳』というものがある……まあ今回、お前が訪れたということは、何か策を講じたんだろうな?))


 その時、笑うような“影”の問いかけに氷龍は大きく首を振った。その様子は、長い時をかけて培った友の姿そのものだった。


「ああ、そうさ。“涙狩りの騎士”の伝統が消えたこの王国で、この状況を作り出すには色々と苦労したんだ。議員の長を上手く取り込み、試験の内容も改変させた。そして、導くための古い書も作り出した。全ては卵を覚醒させるためだ!」


((それで、私が許していない“邪の民”以外の者をこの地に連れてきたのか?))


「ああ、そのことで了承して欲しいことがある。お前も聞き耳を立てていると思うが、7日後、この地で決闘を行うことにする。見返りに、必ず“卵”を覚醒してやるから、その勝者に“氷龍の涙”を与えてやることは可能だよな?」


((……はあ、まあ分けて与えることはできるが、そもそもの権利は“涙狩りの騎士”と“共の戦士”のものだ。譲渡はできないぞ?))


「構わない。それで納得するだろう……お前も、“卵”の覚醒を願っていただろ? 私も同じで、この機会に向けて注いできたんだ。失敗は許されない!」


((分かった、約束はしてやろう。だが、私はあの二人に加担する義務がある))

「それでいい、全てを私に任せろ。まあ、上手いこと転がしてやるさ!」


 “影”は、そう言うと地面へと姿を消した。すると、氷龍はため息をつくような仕草を見せ、伸ばしていた首をゆっくりと畳んでいった。


 *§*


 数時間後。エトラスとムルラの二人は氷龍の前に現れる。 


((どうした、“涙狩りの騎士”と“共の戦士”))

「申し訳ありません。貴方の言いつけ通りに“影の民”を無視することはできませんでした。事情がありまして、7日後に決闘を行うことが決まったのです……」


 そう言うと、二人は頭を大きく下げる。


((どうか頭を上げてほしい。あれは、古くからの友人で、我が自由にさせていた結果こうなってしまったのだ。だから、お前たちには非はない!))


「それにもう一つ、謝らなければなりません。命ある限り、貴方とお話ししますと約束しましたが、挨拶程度に顔を出す以外は、勝つための特訓に割り当てます……申し訳ございません!」


((それも構わない。実際には、今までのように話を聞いているより、決闘を行うほうが、お前たちも“涙”に近づく。だから、ぜひ勝ってくれ……))


「はい!」

 二人はそれだけ話すと、寝床の方に戻っていった。


 *


「いい、エトラス」

「うん頼むよ!」


 二人は、どこかに落ちていた木片を小刀として、決闘に向けた練習を始める。

「まずは私の動きを見ていて!」


 エトラスとは違う構えをしている彼女は、つねに柔軟かつ直線的に動くと、無駄のない動きによって人の急所を突くように飛び込む。


「教えるのは、よく分からない。でも、こうやって戦うの!」

「なるほど。今までも感じていたが、ヤトルの戦い方は無駄がなく合理的なのか……」


 それは、型や精神論に凝り固まった王国式剣術とは真逆の戦法だった。


「合理的って言葉は分からないけど、私たちは体全部を使って戦うの……」

「私が見た、武術大会の結晶の戦い方は?」


「あれは、人間の弱点を突いた技。首の喉を絞めて息を止める。危険だけど確実に相手を気絶させることができる……」


 それは確かに有効的な技だったが、今までの人生で習ったことがない。


「分かった、私も覚悟を決める必要がある。私は絶対に、アルフォル王子に勝ちたい。だから……勝つための技を教えてほしい!」


「うん、でも焦っちゃだめ。最初は基礎から入らないと……」

「分かっている。基礎を学ぶのだけは得意なんだ!」


 それからの二人は、日が続く合間、練習を続けていった。


 *§*


 その日の夕方。アルフォルは相変わらず小さな洞窟で本を読んでいる。


「どうした? 体を動かさなくていいのか?」

「練習相手が存在しない私に、どうしろって言うんだ?」

「欲しければ、“邪の民”から選抜させるぞ?」


「無理だ。王国式剣術の基礎を知ない男と剣を交わしたとして、何も変わらんよ。十分に体は環境に慣れているし、私が勝つのは簡単だ。逆に問題は奴らで、少しは成長して貰わないと意味がない。どうだ? 少しは死ぬ気で特訓をしているか?」


「まあな……内容は伏せておくが、練習はしている……」

 その時、彼の自信満々な様子に、“影”は少しだけ、ため息をつくような表情を浮かべていた。


 **§**


 それからは、繰り返しの毎日が過ぎていった。


 日が昇ると、二人は氷龍の前で挨拶する。そのあとは、ムルラがヤトルで教わった全てを伝えていって、エトラスは乾いた布のように吸収し続けた。


 まずは、基礎的な動きの反復練習を積み重ねる。ある程度形になったら実践練習へと進み、彼女の無駄のない合理的な動きを学び取っていった。


 神山の頂上が暗闇に包まれても、月明かりの下で練習は続いていく——


 エトラスが疲れ果てるまで練習は続き、寝床で気絶するように眠りに落ちる。次の日になると、まずは氷龍に挨拶をして修練を続けていった。


 そうして、1週間が過ぎると決闘の日が訪れる。 


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