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第14話 何をすべきなのか?


 私の名は、アルフォル・リーア・ラドフォード。


 この大陸の半分を支配する、ラドフォード王国の第三王子として生まれ、幼少期から帝王学を学んできた。


 剣術には絶対の自信があり、学問にも長け、商才にも恵まれている。


 だからこそ、私は王国の未来を築き、大陸全土を統べるという偉業を達するにふさわしいと信じている。


 だが、現実は甘くはない。


 すでに現王である父は、次代の王に長男を指名しており、それを覆すのは容易ではないと理解していた。


 しかし、可能性が一つだけ残されている。


 それは、158年間誰も達成していない“氷龍の涙”を持ち帰ること。

 しかも……王家がこれを成した例は、初代王ただ一人。


 その偉業があれば、民の絶大な支持は私に集まる。だから、父上が例え認めなくても死後、王国議会を通じて王位を得るのは十分可能である。


 それほどまでに、“氷龍の涙”の栄誉は絶大なのだ。


 *


 この地に来てから、今日で1週間が過ぎた。


 時々、私は“影”の目を盗んで二人と氷龍の様子を覗き見る機会が増えた。だが彼らは、一向に涙を得られる様子はなかった。


 常に氷龍と、何かを談笑している。どうせ、あの騎士貴族と動物娘のことだ。大した会話をしてはいないのだろう……


 大した変化がないことが分かると、窪地に戻り、日が当たる暖かい場所に座ると、唯一の暇つぶしである奴の本を読む日々が続いていた。


 *


 ゲトルド・エルス・ラドフォード。

 彼は王国の建国者で、この本には自伝が書き尽くされている。


 一氏族の長だったゲトルドは、帝国に侵略されると、命からがら部下と共に敗走して、何もない大地へと逃げ延びた。


 この地で生きていくことを決めると、まずは地の知識を集めるため、現地で暮らしていた族民たちに挨拶をして回り、交流を始めていった。


 ポーラという村の長老から、世界には4体の龍が住み、そのうちの1体が、神山と呼ばれる場所に住んでいるという話を聞いた。そうして、彼らが選出した案内人と共に神山へと挑み、何度も失敗をするが10年後に“氷龍の涙”を手に入れる。


 そのあと何十年かけて繰り返し“氷龍の涙”を手に入れると、大地が豊かに変わり国家が生まれることになった。彼は初代国王となり彼が100歳を超えるとき、『お隠れ』という事実上の死亡を発表すると、裏から支配していった。


 そして、王国が建国してから500年後、念願の帝国を滅ぼし、大陸の東半分を支配することに成功する。


 その勢いは止まらず、彼は西側にある連邦国家へと侵略する準備を始めていたのだが、そこで記述は途切れていた。


 おそらく、この時点で初代王は“影”へと変わったのだろう。


 *


 ただ、この本にはいくつかの疑問があった。

 一つは、“氷龍の涙”の獲得方法。


 神山までの道のりや様々な情報が細かく書かれているが、肝心の“涙狩りの騎士”がどうやって龍の涙を獲得したか、という手法は書かれていなかった。


 まあ、これは実際に神の地を訪れて理由が分かった。なぜなら、騎士の資質によって方法が変わるからだ。


 もう一つが、この本をなぜ隠していたのか?


 王国の未来を憂いているならば、図書室にでも置いておけばいい。そうすれば長い間、“涙狩りの騎士”が失敗を続けることはなかった。


 だが、“影”は私の前に突然現れ、この本を見せる。


 その行為を我々王家の者に行っていたのか? いや、私のように王家の血筋が命を賭けて、この場所に向かった記録はなかった。


 そもそもなぜ、私をこの地に連れてきて“氷龍の涙”を奪わせる?

 実際、本当に奪えるのか?

 “邪の民”の目的である、『遙かなる未来』とは?


 奴が問いを出した『なぜ“涙狩りの騎士”をこの地に呼ぶ? そして何をさせる?』の、もう半分の正解とは?


 何度も“影”に問いただしたのだったが……

 だが、奴は「自分で悟れ」と言い、何も教えてくれない。


 *


「どうした、今日も私の本を読んでいるのか?」

 そんなことを考えていると、“影”は私の前に現れる。


「特に何もすることがないからな。あの二人には変わりがないのか?」

「なら、今から観察に行くが……付いてくるか?」


 そうして、今日2回目の覗き見をすることになってしまった。


 *


 私は、いつもの牙のような岩に隠れて二人を眺めている。


 “影”も当然一緒に来ているが、今はどこかに消えている。おそらく地面に潜って近づき、話している内容を盗み聞きしているのだろう——


 結局、彼らの会話が分からず(私は何をしているのだろうか?)と疑問を持ち始めた時。「彼らの話を聞きたいだろ……もう少し近づいていいぞ!」と、“影”は話しかけてきた。


「いいのか? 気づかれるぞ!」

「我々も十分待ったし、少しは策を案ずる必要がある。だから、お前も彼らの話を直に聞いてほしい」


 その言葉に促され、声が聞こえるギリギリの場所まで近づいていった。


「そうですね、父上は王国騎士として王都に務めていたので、他の地方を知りません。まあ、噂では南の地方は水源を失ったとは聞いています」

「…………」


「北は、海からの雲で雨が降りますから、ヤトル付近は豊かですよ?」

「…………」


「おい“影”。氷龍は話しができるのか? 奴らが、一方的に話をしているだけだぞ?」


 この場所からは、二人が話しかける距離は聞こえる。だが、氷龍は何か受け答えしている素振りはしているが、言葉は何も発していなかった。


「ああ、そうだ。奴は思念で話すから、対象者以外は何も聞こえない。だが、密かに監視していたが、大した会話はしていないぞ。今の王国がどうだとか、私たちの家族はどうだとか……その程度の話を延々と続けている」


 結局は、遠目に見ていたときと同じく、緊張感のない談笑にすぎなかった。


「……なあ、大丈夫なのか? あの会話程度で、本当に“氷龍の涙”を得られるのか? あの男は国を背負って来ているんだぞ? 危機感を感じていないのか?」


「まあな。最初は、色々と試行錯誤していたのだが、ネタも尽きたんだろう。今では世間話くらいしか手がないのさ……」


「クソ! 父上め! 素直に私に“涙狩りの試練”の権利を渡していれば、簡単に“氷龍の涙”を手に入れて帰っていたはずだ。なぜ……何が間違って、こうして天の地まで来てまで、悶々としないといけないんだ!」


「だったら、君が何かを仕掛けてみたらいいだろ?」

 “影”は口角を上げて私に問いかける。


「していいならやるが、物事をぶち壊していいのか?」

「……聞け、私は君の行動を抑制しないが、全ての責任は自身に返ってくる。だから、何をすべきかは、よく思案してからにしろ……いいな?」


 その時、はっきりと感じた。

 奴は、私に何かの行動を求めていることを——


 *§*


 その日の夕方。

 結局は、その日も何も起こらず暇を潰すように本を読み続けていた。


 すでに何度も読み返していて、内容は全て頭に入っている。

 だが……それでも、“影”の本当の意図は分からない。


 もし、あの二人が“卵”を育て、新しい龍を生めば、お礼として“涙”を授ける。私はその隙に“涙”を奪い、裏道を使って王国に帰ればいい。


 だが、その半永久的に繰り返されていることに、“影”の立場からして何の得があるのだろうか?


 王国のため? であるはずがない。

 奴は、必ず『自分の利益』のために動いている。


 わざわざ足手まといな私を、この場に連れてきて何かをさせたいということは、おそらく、私と“影”の利害は一致している。


 そもそも、なぜ“影”は私に命令せず、促すように行動させている?

 それについては、何となく理解をしていた。


 この“影”……ゲトルドが書いた本には、“氷龍の涙”の取得のやり方が書いていない。これは、騎士の資質によって方法が変わると解釈していた。


 だが、これにはもう一つ意図があると考えている。


 まだ確信は持てていないが、魔力の発生には何かの法則がある。それは与えられた行動ではなく、自分で運命を選び取るような行為で発生されるのではないか?


 私は、そんな考えが浮かんでいた。

 では、“影”の真の目的とは?  


 おそらく、氷龍の卵が関わっているのは間違いはない。


 私に卵を見せたあの時「龍は、増えることは増える。だが、それはこの世界ではない」と答えた。おそらく、世界にいる4体以上には増えてはいないのだろう。では、別の世界に増えると言う意味は? そもそも、別世界とは何か?


 私は、結局、邪の民がめざす『永遠の先の遙かなる未来』。この言葉が関連していると思っていたのだが……


 とにかく、それは神話に等しい世界の話だ。

 何が本当で、何が不正解でも……全てが信じられるし、全てが信じられない。


 今……私はそんな地にいる。


 *


「おい! まだ私の本を読んでいるのか?」

 そんなことを考えていると、“影”は再び現れた。


「ああ、今この場にあるのは、この一冊だけだからな。それに、他には何もすることはないだろ? もし、私が単独で氷龍に話しかけたとして相手をしてくれるのか? どうせ不可能なのだろ?」


 私は、結果が分かりきっている問いかけをした。


「そうだ……正規の道のりで登らないと“涙狩りの騎士”とは認識されない。これは、遙か昔の氷龍との契約であり、私でも変えることはできない」


 “影”は私の横に腰を下ろし、大きな口を広げて流暢にしゃべり始めた。


「だったら、今の私には何もできない。なあ教えてくれ、お前は何度も事例を見てきたんだろ? あの二人は“氷龍の涙”を得られるのか?」


「ううむ……そうだなぁ……」

 彼は、真っ青な空を見上げながら、しばし考えるような仕草を見せる。


「十分に付き合っただろ!? お前は、この現状を完全に理解しているはずだ。得られるのか得られないのか、どちらなんだ!?」


 さすがに、私は苛立ちを隠せず叫んでいた。


「そうだな……答えは、どちらかといえば得られる、だ。ああ見えて氷龍は優しい。彼らが生きて帰れる最後の日に、功労賞として“涙”は渡すだろうな? だが、それは非常に極小で、雨を降らせる能力は何もないだろう……」


「小さい? “涙”に大きさがあるのか?」

「そりゃそうだろ? よく考えてみろ。君は常に、同じ量の涙を流すのか?」


「だが、雨を降らせない“氷龍の涙”に何の価値がある?」

「大した価値はないな。全ては、二人が与えられる魔力に比例するのさ……」


「では、その価値の低い“涙”を奪い取ったとして、何の意味がある!! この地に来るまで、どれだけ時間がかかり苦労を重ねたというんだ!! ただの自己満足な成功体験くらいだろ……」


「そうだな、今のままだとそうなるし、私は干渉することができない。だが君は、彼らの当事者だ。すでに、何をすればいいか分かっているのじゃないかな?」


 奴は、目がない顔ながら、なにか強い視線で話しかけてくる。


「分かるわけないだろ! そもそも、お前は何もかも俺に情報を提示しない。自発的に行動させることで何かの効果を得るのは分かっているが、お前の真の目的はなんなんだ? 龍は増えるのか? 邪の民の遙かなる未来とは何を示している?」


 私は、全ての疑問をぶつけると、“影”は一瞬口を閉じた。


「ほう……もう半分の答えに近づいてきたじゃないか……」

 そして、しばらくして開いた。


「いまの、俺の疑問のどの部分の話だ?」

「ハハハハ。全部だよ、全部……全てが絡んでいる!」


「なあ……この先は、私の想像を超える神話の世界だ。だが、お前は500年かけて知り得たんだろ? いい加減教えてくれ!?」


「まあ、そろそろ教えてやるか……では前提知識として、この世界の大地はどうやって生まれたか、答えられるか?」


「ああ……大陸に伝わる神話では、4体の龍が大地を生み出したと伝わっている。それは、王国民なら誰しもが知ることだろ?」


「そうだ。それで、この世界は何万年と続いている。その間……龍は大量の卵”を産み落として、それを覚醒していった。だが、龍自体は増えてはいない」


「それは本当か?」

「ああ本当だ……4体だけだ。1大陸に1体。そして、互いに縄張りをもつ! 私は実際に世界を見て回った。だから、真実の話だよ!」


「だから、生み出す先は別の世界なんだろ? だが、それはどこだ? あの大量にある天体の一つなのか?」

「そもそも、私はあの“卵”が龍を生み出す“卵”だとは言ってはないぞ?」


 その時、私は『何か腑に落ちた感触』を感じていた。


 あの岩のような強烈に魔力に満ちた塊。確かに、あれが『神』に近い龍だとしても、生命体を生み出す存在に感じられなかったからだった。


 では……何を作り出す?

 『神』に近い存在ではなく、『神』そのものだったら?

 

「『新しい世界』自体を、生み出す?」

 私は……思いついたことを、そのまま呟いていた。


「正解だ。氷龍の目的は『世界の創造』だよ。それには、物体、魔力、生命体の魂。とにかく大量の様々なエネルギーが必要になるのさ……」


「……分からない。というか理解ができない。世界……神? それは、どこに存在している? それは、この空に広がる星々の中にあるのか?」


「それは、どこか分からないな……だが、ある大陸にある宗教組織の教えでは、まったく新しい場所。と、言っていたかな?」


「場所?」

「ああ……全てが違う場所だ……彼らはそれを『次元』と呼んでいる」


 その言葉により、学者でない私でも何となく理解できた。おそらく、邪の民が目指す『永遠の先の遙かなる未来』も、“卵”が作る新しい世界なのだろう……


 では、“影”の真の目的とは?


 この王国を作り500年支配して、さらに1500年の月日を亡霊として過ごしている。その期間をかけてまで手に入れたい目的?


「お前は……『新しい龍』。いや……『神』になりたいのか?」

 その時、私は軽い身震いを感じながら呟いていた。


 だが、どうしたらできるのか?

 いやいや、そもそも『神』になるなんて可能なのだろうか?


「ハハハハ上出来だ。真の答えに辿り着いたじゃないか? では、それを聞いて君は何を得たい? “涙”か? 永遠の命か? 神の座か?」


「『神』か……さすがに私でも、そこまで欲張りではない。分かった、この際だ。最後まで付き合ってやる。とりあえず“卵”を覚醒させればいいんだろ?」


「わかっているじゃないか。だからこそ私は君に“氷龍の涙”と“永遠の命”という褒美を用意した。お前ならできる。二人の『魂』を燃えるように震わせて最大級の魔力を生み出せ! 答えは分かっているだろ? さあ、それを実行すればいい!!」


 そして、両手を広げて演ずるように告げていった。


「分かった。やってやるさ……だが、本当に“涙”を奪うことは可能なのか?」

「ああ、氷龍とは親友のような仲だ……交渉はできる!」


 *§*


 その日の深夜。

 私は目を覚ましていた。


 結局、“影”はどうやって目的を果たすのかは分からない。

 釈然とはしないが、心の疑問は晴れてはいた。


 そもそも、『神』に近づくなど人間には想像ができない。まあ、奴は亡霊みたいな存在だ。だからこそ可能なのかもしれないな……


 その時、私の『野心』に一つの火が灯る。


 この一連の出来事を成功させ、全てを学ぶことができれば、王の座とさらに500年の寿命。そして最後に『遙かなる未来』を手に入れられる?


 そうだ。少なくとも、この過酷な旅路の報酬には見合うではないか!


 “卵”を覚醒させるには何をすればいい?

 そんなことは簡単だ。


 うまく段取りを組み、“涙狩りの騎士”と因縁の勝負を行い、生と死を味わう瞬間を生み出し、『魂』を強く震わせるだけだ。


 それは、とてもシンプルで王国に伝わる貴族の伝統行事の一つでもある。


 私が宣言をすればいい。

 それを、相手は必ず受け入れなければいけない。


 奴も、騎士貴族の一員だ。

 不名誉は死を上回るから、断ることはできない。


 気がつくと、私は立ち上がっていた。


 星空だけは綺麗なこの大地を歩き、窪地から登っていくと、牙のような岩を避けて天の地の反対側へと向かう——


 *


「ようやく動き出したな……」

 その時、一人の男の後ろで黒い物体が見つめていた。


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