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第12話 次世代への生け贄


 その時、小さな洞窟内では、アルフォルが暇そうに本を読んでいた。


「おい、準備ができた。行くぞ!!」

 顔を上げると“影”が目の前に立っている。


「なあ……お前は、氷龍を見に行くなと言ってただろ? 大丈夫なのか?」

「今は、氷龍がいないから大丈夫だ。だが、急がないといけない。今すぐ付いてこい!」


 彼は“影”に急かされると、仕方がなく連中のあとを続いていった。


 まずは、窪地から上がる坂を登り、中央にある岩山の向こう側へと回っていく。さらに進むと、氷龍が住む洞窟の入り口が見えた。


「ここが“涙狩りの騎士”が辿り着く場所か……」

「ああ、何もないだろ……あるのは、氷龍とその糞しかない」


 彼が指さした先には黒い物体が積もった山がある。“邪の民”は、その中から乾燥していて、いい品質のものを厳選して採集していた。


「これが、氷龍の糞……万能薬になる茶の元か……」

「いくぞ! 奴が戻る前に状況を観察したいんだ!」


 立ち止まっていたアルフォルは、“影”の声で再び歩き出した。


 その先にある巨大な洞窟内では、すでに何人かの“邪の民”が、人の頭ほどの丸い岩を眺めていた。


「これは……なんだ? 宝石の原石か?」

「違う、これは“龍の卵”だよ」


「これが、“卵”なのか? 石の塊にしか見えないぞ?」

「よく見てみろ……神の“卵”だ、普通の生命のものとは全く違う」


 その言葉で、アルフォルは卵に近づき、しゃがみこむ。確かに、表面は無骨な石のようだが、よく見ると半透明で内側から淡く光を放っている。


「一つ疑問があるのだが、龍は増えるのか? 伝説では4体の龍がいるとされるが、実際はもっと沢山いるのか?」


「増えることは増える。だが、それはこの世界ではない。まあ……気になるなら一度、触れてみろ。そうすれば意味が分かる」


「大丈夫なのか?」

「覚醒してなければ、ただの石ころだ……」


 アルフォルは慎重に指先を触れると、反応するように光り出した。


「どういうことだ?」 

「お前の生命の源に反応したんだ。では、持ち上げてみろ!」


「いいのか? 落としたりしたら大変だろ?」

「持ち上げれば分かる!」


 そう言われ、仕方なく両手で掴んで持ち上げようとしたが、いくら力を込めても何も動く気配はなかった。


「重い!! なんて重さだ!!」


「どうだ。凄いだろ! この小さな物体の中に、この世の全ての物質が詰まっている。それが、“龍の卵”という存在なんだ!!」


 その時、“氷龍の卵”の表面を覆う、岩の模様の奥底では、触れたアルフォルの手に反応するように無数の光の粒が輝いている。それは、生命というか銀河というか……全ての何かを感じさせるほどの、神秘的な物質だった。


「では、一つ問題をだそう……氷龍は、今どこで何をしていると思うか?」

「……糞があるということは食事はするのだろ? ならば、どこかで狩りでもしているのではないか?」


 アルフォルは、“影”の誰もが分かるような問いに、少し戸惑っていた。


「まあ、半分は正解だが、もう半分は不正解だ!」

 “影”は、にやりと口角を上げる。


「それは、どういうことだ? 何を言いたい?」

「魔力……という言葉は知っているか?」


「まあ知っているさ……おとぎ話で出てくる、魔女が使う魔法の原材料だろ?」

 その時、知識の束から他大陸から伝わる魔女の話を思い出していた。


「そうだ。この大陸は魔素が少ないが、この山脈にはわずかに存在する。魔獣たちも少数ながら生息していて、奴が捕食することで卵への栄養とすることができる」


 まあ確かに、この不可思議な物体は魔法の何かとしか思えない。


「魔力か……まさか、この大陸にも存在するとはな……」

「そうだ。“氷龍の涙”も魔法の一種だと考えれば納得できるだろう? では君に問おう。なぜ“涙狩りの騎士”をこの地に呼ぶ? そして、何をさせる?」


 さらに、その問いに答えるため、“影”が書いた本の内容や、王国にある書物から、答えを導けそうな文言を頭に浮かべて精査する。


「それは……どう考えても、その“卵”を羽化させるしか考えられないだろ?」

「今回も半分は正解だが、もう半分は不正解だな……おっと、そろそろ氷龍が戻る時間だ。私たちは立ち去る。 お前は、この答えを考え続けろ!」


 “影”がそう告げると、皆は小さな洞窟へと戻っていった。


 *§*


 半日後、大きな洞窟の前には二人が座っている。


「今日はムルラの半生を、お話します」

((ああ、楽しみにしていたぞ……さあ、話せ!))


 エトラスが話しかけると、氷龍は答える。


「ムルラ……いいかな?」

「うん。分かっている」


 そうして彼女は、恥ずかしそうに自分の故郷の話を始めていった。


 *


 私は、ヤトルという村で生まれました。

 そこは、王国一番北にある人口300人くらいの集落です。


 子供の頃は、幼なじみと一緒に、動物の狩りを覚えたり川で魚を釣ったりして、過ごしていました。


 そんな頃、母親から、ある物語を聞きました。


 それは150年前のことです。氷龍様は、その二人に会ったことがあると思いますが、これは私たち部族で広まっている言い伝えです。


 ある時、ある部族の娘が、商品の取引で別の集落に訪れた際に、王国民の少年と出会って、愛し合うことになりました。


 当時、その部族は王国民との結婚は許されていませんでした。


 でも“氷龍の涙”という栄誉があれば、その壁を越えられるかもしれない。だから彼は“涙狩りの騎士”、彼女は“共の戦士”として氷龍様に会いに向かいました。


 二人は頑張って、“涙”を手にして帰ってくると、王は褒美を与えたのですが、彼は全てを捨てて、彼女と一緒に山奥の集落で過ごしたのです。


 私は、この物語が子供の時から大好きでした。


 その頃から外の世界に興味があって、ヤトルのような小さな世界ではなく、王国の人との恋に憧れていったのです。


 それは古い話だし、私たち狼獣族からしたら絶対にはない夢物語だとは分かっていました。でも、私の好奇心はしだいに外に向いていったのです。


 私たちの集落は、王国どころか他の部族とも大した交流はなく、唯一あるのはリーアという商業を生業とする部族くらいです。


 私は、彼らに同行して王国の町へ行けないかと頼みましたが、その話が族長に知られてしまい、叱られました。


 狼獣族は王国民から、ただの獣と思われている。捕まれば奴隷にされるか、見世物小屋で一生を過ごすことになると言われたのです。


 時は過ぎていって成長していくと、幼なじみたちは徐々に、つがいへと変化をしていきました。


 私にも、いつの間にか、そういう相手が生まれていました。

 それは幼なじみの中で、一番背が高くて狩りが上手なレムド。


 最初は、ただよく一緒に狩りをしたり、模擬戦を行う相手だったのですが、次第に共に過ごす時が増えていきました。


 ある日、花束を手にした彼に「共に暮らしてほしい」と告白されます。

 でも……私は、返事ができませんでした。


 幼なじみの一人だし、一緒に過ごすには苦はなかった。それに、私と同じくらい強い。でも、好きという気持ち。愛する、という気持ちは分かりませんでした。


 それを見かねた彼は、勝手に私の父に「嫁に欲しい」と申し出たのです。それで、いつの間にか婚姻の儀式が決まってしまいました。


 ヤトルでの掟では『狩りが上手な者が皆を導く』のです。レムドは、その待望の一人で、父上は上機嫌で快諾してしまいました。


 私も、私で流されていって、気がついたら婚姻の儀式の日になっていました。


 幼なじみ全員や集落の人々が集まる中、私は肌を露わにした民族衣装を着せられて、家族と共に族長の前に座っていました。


 このまま受け入れれば、私たちは今夜つがいになります。


 皆が尊敬する人と、子供を産んで新たな家族を作る。確かに、それは幸せなのかもしれない。でも私の気持ちはグチャグチャでした。


 このまま、私は流されて生きていくの?

 でも、大好きな物語の二人は、自分たちで運命を切り開いた。


 決して成功できなくてもいい。

 一度だけでいいから、挑戦してみたい。


 その時、私の頭の中にタロット自治区の掟の一つが浮かんでいました。


『誰もが“共の戦士”に名乗りを上げることができる。それは、どんな部族でも、どんな立場でも、犯罪者でない限り、平等に挑戦する権利がある』


 それは、あの二人が生まれたことで作られた掟でした。


 儀式は続いていて、レムドが手に持つ花輪を頭に被ったら、私は彼とともに一生過ごしていくことになります。


 今、掟を使うのは卑怯だということは分かっていました。

 だって……もっと前に断っていたら?

 それ以前に……そんな素振りなどしていなかったら?


 でも、火が付いた気持ちは止められない。


「「「私は……今年の“共の戦士”の選考会に参加したい!!!」」」

 気がついたら、私は大声で叫んでいました。


 *


「氷龍様、これが私の旅立つまでの話になります……どうですか?」

 その時ムルラは、自分の過去を思い出しながら語っていた。


((そうだな、確かに今年の“涙狩りの騎士”の話よりは『魂』がこもっている。続きはあるのかな?))


「はい、これから話します……」


((ではお願いしよう!))

 そのあとは、彼女の旅立ちから話し始めた。


 ヤトルの集落はタロット自治区の最北端になるので、今すぐ旅立たないと1ヶ月後にボーラで開かれる武闘大会に間に合わない。


 だから、数日後には準備を終えて旅立つことになった。


 母親とは泣きながら抱き合い、父からは「やるからには死ぬ気でやれ、不甲斐ない負け方をしたら帰ってくるな!」と、言われる。そして、皆が見守る中で出発していくが、そこにはヤトルの姿は無かった。


 結局、婚姻の儀式から会うことも会話をすることもなく、ムルラはそのことに少し気落ちしながら歩き続けると、道端に彼は立っていた。


「ごめんなさい……」

「いや、俺は君の気持ちを考えていなかった……」


 彼は最後まで、いい人でした。


「私がもっと、気持ちを伝えていれば……」

「お前は俺より強い! だから栄光を勝ち取ってこい! 挑戦するならば、絶対に狼獣族としての誇り示すんだ! 分かったな?」


 そう言って、拳を強く振り上げて見送られると、彼女は「ありがとう」とだけ告げて別れる。


 そこからは、長い旅路が始まっていった。


 “共の戦士”を目指す者は、伝統的に歓迎される決まりになっている。それに加え、珍しい狼獣族の彼女は、立ち寄った集落では豪華な食事を振る舞われた。


 道のりは楽しかった。

 世界には色々な料理があって、様々な部族民が住んでいる。


 ただ、彼女には期限があった。だから、武闘大会まで2週間に迫ると、山道を進むのは諦めて、平地が続く王国領に入る決心をした。


 立ち寄った際に、その話をすると狼獣族だと分からないような帽子と身を隠せるローブを頂き、王国民に変装して旅を続けた。


 王国通貨は大して持ち合わせてなかったので、なるべく町から離れた場所で野宿を続けて、大会の数日前にボーラに辿り着く。


 「この先は、エトラスと同じに話になります……」

((なるほど、そうして、お前たちは出会い、ここまで来たのだな……))


「はいそうです。それで……“涙”は得られそうですか?」

 何とか話を終えて安堵しているムルラに対して、エトラスは即座に問いかける。


((フム、まだまだ、足りないようだな……))

「そうですか、では聞きます。貴方はどのような話を聞きたいですか?」


 彼がそう切り出したのは、氷龍がムルラの話に強い関心を示したからだった。ひょっとして今なら、何か重大なヒントを教えてもらえる気がしていた。


((そうだな。隠すつもりはないから教えてやろう。お前たちの示しを受けるのは私ではない。この子が『示し』を求めるからだ))


 そう伝えると、氷龍は巨大な体を起こして立ち上がる。すると、その下には淡く光り続けている人間の頭くらいの大きさの石が見える。


「貴方が、我が子ということは……それは、“氷龍の卵”ですか?」


((もし我が鳥類に属するならば、そういう名だろう。お前たちの示しは『魂』を通じて、この子に響き成長を促進していく。そうすれば私は対価として“涙”を渡す。それが、お前らの国の初代王との契約でもある……))


 しばらく見せると、氷龍は座って卵を隠した。


 *


 そのあと、二人は今日は帰ることにして、また明日伺うことになった。


 まずは、今日の燃料の採集のために、いつもの場所に向かう。すると、山積みになっていた糞の山が半分ほど消えているのに気がついた。


「ムルラ。どうやら、あの部族も糞を集めているみたいだ。彼らも固形燃料としているのかな?」

「多分……お茶かもしれない。部族によっては動物の糞をお茶にしている」


 彼女は、氷龍の糞が香り高いと気づいてあいた。


「そうか。今日は君の話で精一杯で、あの仮面の部族のことを聞きそびれたけど、明日聞いてみよう……」

「うん」


 二人は、今日の必要分だけとると寝床に戻っていった。


 *


 また一日が過ぎていき、空は赤く染まっていた。


 お湯を沸かして水を作って燻製肉を食べたあとは、並んで寝床に横たわり、ただ静かに星空を眺めていた。


「ねえ、エトラス。私の話……どうだった?」

「そうだね。君の話のほうが、氷龍の反応が強かった。だから自分の人生は、ただひたすら剣術の修行だけで、大した価値は無かったのかもしれないのかな……」


 その時、ムルラは何か恥ずかしそうに彼の腕をつかむ。


「そういうことじゃ……なくて。私の……その、集落の話を、どう思ったかを聞きたいの……」

「あ、ああ……まあ、恋人を置いてきていたんだね。とは思ったよ?」


 彼は、その話に触れて良かったのか分からなかった。


「違うの。周りの皆が、つがいになっていっちゃったから、結局残ったレムドと過ごすことになって……ヤトルではね、そうやって皆、家族を持つの……」


 彼女は、大きな瞳でエトラスの顔を覗き込んでいる。


「ま、まあ、君を待っている人がいるってことは、絶対に帰らないって理由ができた。おそらく仮面の部族は別の道から登ってきているから、そこから帰ることができるかもしれない。だから、希望は絶対に残っていると思う……」


「……うん」

 二人は無言の中で……ただ空を見上げ続けていた。


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