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第11話 天空の大地にて


 それは、突然の出来事だった。


((“涙狩りの騎士”と“共の戦士”。よく来た……長い間、待っておったぞ!))

 低く響く男の声が、直接心の中に語りかけてくる。


「え?」と呟いて二人は振り返ると——

 そこには、目を大きく開いた氷龍が、長い首をゆっくりと伸ばしていた。


「すみません、寝ている最中を起こすのは良くないと思いましたので……」


((構わない。私は眠るが睡眠を必要としてはいない。ただ時を越えているだけだ。で……私の“涙”が欲しいのだろ? では今すぐ、その対価を示せ!))


 氷龍は口を使って会話をしているわけではないので、大きく呼吸だけしている。

 二人を見つめる巨大な瞳には、縦型の虹彩が様々な色の屈折をしていた。


「対価……ですか?」

((そうだ。それこそが我の楽しみであり、あとに残すべき栄養素だ……))


 しかし二人は、その意味が分からず顔を見合わせていた。


 その時、エトラスは感じていた。目の前にいる存在は神に等しいのだが、案外、人間のような感情を持っているのでは、という感触だった。


 でなければ『楽しみ』という言葉など発生していない。


 だったら、問いかければ答えを教えてくるかもしれない。少なくとも、それを理由に何かの危害を加えることはないと考えていた。


「私には、その対価の意味が分かりません。だから、今までの“涙狩りの騎士”が示した対価を、教えていただくことはできますか?」


((そうだな、前回の二人は愛を語り行為をした。前々回は二人で決闘を行った。それ以前の、ある者は王国戦線の話をしたし、奴隷生活からの解放を語る者もいた。自分たちは何を覚悟して、この場にきたのか、それを証明すればいい!))


「覚悟の証明……ですか?」

((そうだ。お前たちは何者で、我に何を示すことができる? それが対価だ!))


「その対価を示すチャンスは、一度のみですか?」

((何度でも構わないが、お前たちは早く帰る必要があるだろう?))


「考える時間を頂いてもよろしいですか?」

((ああ構わないぞ……我には永遠の命があるから常に待てる))


「では、またのちほど、お伺いします」

((そうか。楽しみにまっておるぞ!))


 二人は軽く頭を下げると、洞窟の外へと歩き出した。


「エトラス、どうする?」

「分からない。でも、このまま帰るのは不可能だし、粘るだけ粘って氷龍に何度も聞いて、“涙”を頂けるまで居座ればいいんじゃないかな?」


 幸い、食料はターズの教え通りに沢山持ってきている。だから二人は氷龍の邪魔にならず居心地の良さそうな場所を探して、野営地にすることにした。


 荷物を降ろして中身を取り出すと、空になった鞄を岩の隙間に敷いて寝床にする。そのあとは、燻製肉を数えて生存可能な日数を概算した。


「節約しなくても18日くらいは持つ。少なくとも10日は居座ろう!」

「でも……固形燃料はもうないよ?」


 確かに、アシュトラで貰った乾燥糞の燃料はもうない。


「そうだな……何か代わりになるもの、ないかな?」

 しかたがないので、二人は辺りを見渡して何か使えるものを探すことにした。


 どこかからか風で飛ばされてきた、木や植物が枯れたゴミは岩の影に落ちている。それらを探して回ると、洞窟の脇にもっと気になるものがあった。


「これは……糞だ! まさか氷龍も食事をして糞を出すのか!」

 それは乾燥していて、固形燃料としても使用できそうだった。


「本当……」

「まずは、使っていいか聞いてみよう!」


 そうして、洞窟の入り口に向かう。


 氷龍は顔を隠すように眠っている様子で、二人の気配を感じると、ゆっくり首を伸ばすと((どうした、人間よ……))と心に話しかける。


「貴方の糞を利用しても構いませんか?」

((構わないが、どうする?))


「お湯を沸かす燃料が切れてしまって、代わりに使えないかと……」

((構わない、自由にしろ……))


「ありがとうございます」

 エトラスは、そう話すと洞窟の入り口から離れる。


 龍の糞をいくつか集めると試しに火を付けてみる。持ってきた固形燃料よりは付きが悪いが、十分燃えることは分かった。


「よし、これで生きることはできる。あとは、氷龍が何を求めるか……だな」

「どうする? 二人で互いに戦う?」


 確かに、エトラスもそれを考えていた。


 アシュトラの王に贈り物をした際に『この剣が“涙”に繋がる』と言われていたので、戦うのが近道だとは感じていた。


「ムルラは僕と戦いたい?」

「すごい嫌だけど、エトラスが望むなら何でもするよ!」


 しかし、これが二人を示すことなのだろうか?


「氷龍が話している感じだと、おそらく対価として通用する行為は命を賭けること。正直、私はムルラと、そういう戦いができるとは思えない」

「確かに、私はエトラスを殺したくないから、見透かれちゃうのかも……」


 氷龍の話した、前々回の“涙狩りの騎士”が行った決闘の詳細は分からない。ただ、模擬戦程度では“涙”を得られるとは思えなかった。


 おそらく、今までの“涙狩りの騎士”も、人生をかけてこの地まで辿り着いた。だが、まだ若い二人には人生を賭けた出来事が少ない。


 エトラスは考える。

 自分は今まで何をしてきた?


 自分の人生は、剣術ばかりだったが何一つ大成していない。恋も結婚もしたことがなく、商売などは足を踏み入れてもいない。運良く“涙狩りの騎士”に選ばれただけで、ムルラとの関係もまだ始まったばかりだった。


 そもそもエトラスは貴族出身なので、不遇な人生を送っていなかった。

 では、ムルラは? 多少は違うが大して変わらないだろう。


 では、何を示すのか?

 今の二人とって差し出せるもの。それは、たった一つしかなかった。


「そうだね。私たちが氷龍に示せるのは、これからの人生だけかな?」

「……それって、どういうこと?」


 彼は、自分の覚悟を彼女に告げた。


 *


「氷龍様、答えを持ってきました!」

 その日の夕暮れ、二人は洞窟の入り口に座っていた。


 ((では、それを示してくれ!))

 氷龍がゆっくりと首を伸ばし、二人を見つめる。


「はい、貴方に示せるのは何もありませんでした。私は大した人生経験もありませんし、決闘をして互いに傷つけ合うなんて到底できません。なので、与えられるのは一つだけです。それは……私たち二人の残り時間になります!」


((……ほう。どういうことだ?))

 その言葉に、氷龍の虹彩が一瞬ゆらめいた。


「幸い、多少の食料はあります。それが尽きるまで語り合いたい。もし、それを『対価』と認めてくださるなら、その時は“涙”をください。それが叶わぬならここで朽ちます。それが、私たちの覚悟です」


((ハハハハ、命は惜しくないのか?))

「すでに登る際に、無理をしてきたので帰る手段はありません!」


((……ふむ、まあいい。私はそれを止めることはできない、勝手にしろ!))

「では、まずは私が生まれてから、この場に来るまでの話を聞いてください」


 エトラスは身の上話を始めた。


 *

 

「こうして、私はここまで辿り着きました……どうでしょうか?」

 彼は、一日をかけて自らの人生を語り終えた。


((まあ、我が地への旅以外は平凡な人生だったな……))

「そうです、それが私の人生です。明日はムルラが半生の話をします……」


((それは構わぬが、明日は朝から用事がある。それが終わってから話を聞いてやろう。待っておれ……))


「分かりました。それでは、また明日」

 二人は立ち上がって深くお辞儀をすると去っていった——


「ねえ、私の人生はエトラスのより、つまらないかもしれない」

「それでいいんだ。今は、氷龍が何に反応を示すか試している段階なんだよ!」


「それならいいけど……」

「それに、私もムルラの身の上話は聞きたいからさ……」


 二人は野営地に戻ると、夜を過ごす準備をする。


 *§*


 その日の深夜。


 エトラスとムルラが到達した山頂の反対側では、熊の毛皮を被った一団が吹雪の中を登り続けていて山頂に辿り着いた。


 そうして、そこから内部へ降りていくと、 氷龍が澄む巨大な岩山の後ろに深い窪地が見え、その奥底にある小さな洞窟へと入っていった。


「あぁぁぁぁ、さすがに疲れた……」

「まあ、よく弱音を吐かずに付いてきたな。上出来だ……」


 皆が疲れ果てて壁を背に休んでいる中で、アルフォルも熊の顔があるフードを下ろすと地面に座り、何度も深く呼吸をしていた。


「なあ“影”。神山の山頂には氷龍がいるんだろ? 誰も見に行かないのか?」

 周りの“邪の民”は、すでに寝袋を広げていて寝る準備を始めていた。


「我々、“邪の民”には『神を見るな、神に悟られるな』という掟がある。今の君は一員ではあるから、しばらく従って貰うぞ!」

「分かったよ……ただ、私も体力の限界を迎えている。今は、休ませて……もら、おう……」


 アルフォルは、それだけ話すと寝転がるように眠りに就いた。


 *§*


 次の日。


 登り始めてから、おそらく16日。

 気がつけば、空はうっすらと明るくなっていた。


 相変わらず上空では大量の風が通過していて轟音が届いている。だが、この地であるクレーターのような内部は、完全に無風になっていた。


 あの時から、エトラスを抱きしめるように眠る彼女を起こさないように、そっと体をどけて立ち上がると、背伸びをして周囲を散歩することにした。


 今、エトラスは神山の山頂にいる。


 クレーター状の地形は意外と広く、周囲はぐるりと山に囲まれている。中央には大きな岩山があり、そこの洞窟に氷龍が住んでいる。


 周りには牙のような岩が突き出している。こうして歩いてみると死角が多くて、それを避けるように進んでいった。


 気温は、常に息が白くなるほどには寒い。だが、風もなく雲一つない青空からの直射日光は体を温め、居心地は悪くなかった。


 黒々とした大地に、眩しいほどの晴天。

 あとは、何もない。


 大きな洞窟へ向かうと氷龍の姿は見えなかった。おそらく、昨日の言葉通り何かの用事のため、どこかに飛んで行ったのだろう。


 寝床の周囲を一通り見渡すと、彼は中央の岩山の裏手へと足を運んだ。

 そこには、大きく深い窪地が広がっていた。


 エトラスは下に降りられないかと上から見下ろすと——

 そこには、小さな洞窟があり、何人かの人影が見えた。


(((なぜ!! 人間がいるんだ!!)))

 それは、完全に想定外だった。


 確かに、ターズから神山の周辺には様々な部族民が住んでいることは聞いている。だが、この神の地に人が住んでいるなんて、思わなかった。


(私たちが辿った道から来たのか? それとも、もう一つ道筋があるのか?)

 周りを見渡してみると、洞窟から続く道が別の山頂まで続いている。


(彼らは、別の道を使っている。と……いうことは、ひょっとしたら今、この状況でも帰ることができるかもしれない!!)


 帰還することを、一度は諦めかけていたエトラスにとって、それは一つの希望でもある。


(いや、ダメだ。今の私の目的は“氷龍の涙”を得ることなんだ。裏道を使って王国に帰るのは負けに等しい。だから今は考えないでおこう……)


 彼は、そう心に言い聞かせると、誰にも気づかれないように立ち去っていった。


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