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第1話 荒れ地だった王国


 広がる山脈に、連なる大地。

 そこには、一本の山道が地を這うように伸びている。


 遠くの先に大きな村があり、そこに向かって一人の青年と一匹のリャマが、ゆっくりと歩き続けていた。


 金色と黒色が混ざった髪の毛は風で揺れ動き、布の衣服の上に皮の肘当てと膝当てを付けている。そして、腰には細身の立派な剣を携えていた。


 彼の名は、エトラス・ローレス。


 今年の“涙狩りの騎士”として任命され、使命を果たすために王都を旅立ち、大陸一番の標高を誇る神山を目指していた。


 彼が持つ引き綱によって繋がれていたリャマは、フゴフゴと口を動かしながら、大きな荷物を詰めた布袋をいくつも背負っている。


 旅の目的は、“氷龍の(ひょうりゅう)涙”。

 これがあれば、大地に恵みの雨が降り注いで、全てが潤う——


 だが、王国がそれを手にしたのは150年前の出来事。その話が真実かどうかは誰も分からないが、毎年一人を送り出すという伝統だけが残されていた。


 今年その役割を担うことになった彼は、もうすぐ辿り着く村で選ばれる予定の“共の戦士”と共に、氷龍が棲む中央山脈へと旅立つことになる。


 それは命がけで、王国の未来を握る試練だった。


 *§*


 遙か昔、この地には草木が生えない不毛な土地が広がっていた。


 ある時、戦争に巻き込まれて敗北した一族が逃げ延びてくる。彼らに残された道は、この何もない大地を開拓して生き抜くことだけだった。


 だが、広大な土地はあっても雨は降らず、水は一滴も得られない。

 太陽が照り続けるこの地には、雲すら姿を見せなかった。


 一族の長は、建設中の街を出て、近くの山脈で暮らす民族の元を訪れる。彼らは友好的で、歓迎の式典に招かれると族長と対話する機会を得た。


「もし雨が欲しいのなら神山に登るといい。山頂に住む氷龍は雨を呼ぶ力を持つと伝えられている……」


 その言葉を信じた族長は、村から選ばれた案内役と共に神山を目指し、ついに“龍の涙”を手にして戻ってくる。


 それは、涙のような結晶体だった。そして、彼の手から離れて宙に浮かぶと、天へと昇り巨大な雲が生まれて恵みの雨を大地にもたらした。


 長い年月をかけて、不毛の地は緑に包まれた豊かな土地へと変貌する。やがてその噂が周辺国へと伝わると、民が集まり都市へと成長していく——


 やがて、一族の長は王となり『ラドフォート王国』が誕生する。さらに、大陸東側を統一すると、長い繁栄の時代へと突入していった。


 *


 誕生から、1000年以上が過ぎた現代。

 王国は、静かに疲弊しつつあった。


 最後に“氷龍の涙”を手にしてから、すでに150年が経過している。雨は減り、山の氷河は消え、南からは砂漠が迫っていた。


 毎年選ばれる“涙狩りの騎士”たちは、半数が脱落して帰還していた。さらに、残りの半数は帰ることなく消息を絶っている。


 それほどまでに“涙狩りの試練”は過酷だった。


 だが、初代王から続いた“涙”の蓄積は、今でも王国を潤し続けている。だからたとえ崩壊の未来が迫っていても、民衆の危機感は薄かった。


 そうして今年も、“涙狩りの騎士”を選ぶ季節になる。


 王国各地から多くの若者が集まり、試験の目玉である剣術大会に向けてトレーニングに励んでいた。


 民衆の注目はそこに集まり、「今年は誰が選ばれる?」との噂が広がっている。その中心にいたのは王家の第三王子、アルフォルだった。


 剣術の天才と称される彼は、背が高くて容姿端麗。揺れる長い金髪には、常に乙女たちの歓声が向けられている。


 大会はトーナメント形式で行われ、優勝者が必ずしも“涙狩りの騎士”に選ばれるわけではないのだが、上位から選ばれるのが慣例となっていた。


 そんなアルフォルの最初の対戦相手が、エトラスだった。


 彼は騎士貴族、ローレス家の次男。幼少の頃から王国騎士の父に鍛えられ、兄と剣を交える日々を過ごしてきた。


 すでに王国騎士となった兄は純血の血筋だったが、エトラスは山岳民族の母を持つ混血児。そのためか体格が小さく、それは騎士としては致命的でもあった。


 剣術大会は王都中心の闘技場で行われ、多くの民衆と王族の視線が注がれる中、試合は始まろうとしていた。


 エトラスとアルフォルは木剣を手に、互いに向き合って立っている。


 観客の多くはアルフォルの圧勝を予想しており、裏で行われている賭け事では1、1倍のオッズが出ていた。


 エトラスは18歳。今年が最後の挑戦だった。参加可能な15歳から挑み続け、準々決勝まで進出したことがある。


 だからこそ、組み合わせ次第では決勝戦まで進むと期待していたが、よりによって初戦で剣術の天才と当たってしまった。


「ふう……君の家柄は知っているよ! だが、私に敵うかな?」

 対戦相手のアルフォルは、余裕の笑みを浮かべている。


 「「始め!!」」

 中央に立つ審判が旗を揚げると、競技が始まった。


 構えを取って間合いを測るエトラスに対して、アルフォルは軽やかなステップを踏んで、一気に間合いを詰めていく——


 直後、軽く突き刺してフェイントを入れて防御を誘うと、即座に背後に回り込んでエトラスの尻を強く蹴りつけた!


「「痛い!」」

「君は騎士一家だろ! 兄はもう少し強いぞ!」


 その勢いで前に倒されると「「ハハハハハハハ!!」」と、民衆は大笑いをして湧き出していた。


「さあ、少しは我が王国の民を喜ばせてやってくれ!」

 その時には、アルフォルへの声援が満ちていた。


 決して、エトラスが弱いわけではない。幼い頃から兄と剣を交えていた彼には、大抵の相手なら勝てるという自負もあった。


 だが、アルフォルの剣術はまさに芸術で、兄を遥かに凌駕している。


 必死に隙を突いて剣を繰り出すも「その程度か。それでは兄には勝てないな!」と、寸前で優雅に交わされていた。


 技術も、身体能力も、全てにおいて敵わなかった。

「もう少しだけでも、楽しもうじゃないか!」


 飛び交う剣をダンスのように回転してかわし、両足大きく広げて飛び跳ねながら間合いを詰めると、優雅な剣さばきで突き刺していった。


 エトラスは必死に受け流して耐え続け、隙を見つけて剣を突く。だが、簡単にカウンターを放たれ、木剣の剣先が喉元で止まっていた。


「「「勝者! アルフォル!」」」

 結局、彼の圧勝で勝負が終わると大歓声が彼を包んでいる。


 敗北したエトラスは、呆然とした表情で立ち尽くしていて、今まで賭けていた人生の無意味さを感じていた。


「人には向き不向きがあるんだ。どんなに努力しても無駄だってことを学ぶといい……まあ、少しは楽しめたよ!」


 そう小さく呟くと、アルフォルは静かに闘技場の舞台から消えていった。


 競技場のほとんどの人々が勝者を称賛していたが、中には敗者に目を向けている者もいる。その一人が貴賓席に座る一人の婦人だった。


「……あの子の名前を教えてください」

「ええと、彼はエトラス・ローレス。代々続く騎士貴族の次男坊ですね。準々決勝進出の実績もありますが、今回は運が悪かったようです……」


 王国議員の制服を纏った初老の婦人は、傍らに控える秘書に尋ねていた。


「おそらく適性はあっても、混血という理由で落とされていたのでしょうね……でも、今年は違います。158年前のように私はどんな血筋でも選びますよ!」


 そう言って飲みかけのワイングラスをテーブルに置くと、彼女は立ち上がって、どこかに歩き出していった。


 今は、王国歴1087年の春。

 王都では、今年の“涙狩りの騎士”の選定が始まっていた。


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