闇の問答
夜が来るのが、怖うてしやないんでございます。
布団に入ってからも、気を張って目をかっぴらいておりますけんど、ふとした瞬間、眠ってまうことがあります。ほうすると、もうだめです。それを待っておったかのように、あの人がすぐ側にやってきて…
――あの人、というのは、藤六さんのことか
ほうです、ほうじゃ、藤六さじゃ。
――続きを…
あの人が来ると間もなくして、白い蝶が群れて飛んでくるんでございます。そいつら、おれの隣に寝とる千太に群がって…(すすり泣く声)…藤六さは、それを愉しそうに見とるんじゃ。おれは、その間なんもできん。動けんのやもの。ただ黙って、あの子が蝶に喰われるのを、見とるしかないんでございます。
――眠ると、必ず、その夢を見るということか、毎晩?
夢…なんやろうか、あれは…とても、夢とは思えん。夢は覚めたら忘れてしまう。ほんでも、まるで今見たことのように、詳らかに覚えておるんでございます。千太が喰われている間、それをうっとりと見つめるあの人の顔つき…その顔つきは…まるで、俺の叔父さと、瓜二つに見えるときもある…
――叔父上とな?
ずいぶんと前に、亡うなりました。たったひとり、おれと血が繋がっておった人やった…。
藤六さとも、叔父さともつかんその人が、おれに言いなれる…こうなったのも、全部おまんのせいじゃと。業の血を引くおまんのせいじゃ、おまんの近くにおる者は、みんな呪われるんじゃと。
――ひとつ訊くが、藤六さは風気をこじらせて死んだのではないのか。
……………………おれが………おれが、殺しました。
あの人は癩やったんでございます。ほんで、烏帽子山の洞に、ずっと隠れておりました。けんども、働かんくせに、飯だけはようけ食う。千太もおれも、限界じゃった…。ある日とうとう、千太が、村の食糧庫に手をつけようとしたんでございます。盗みはせんかったけんど…。ほれで、覚悟を決めました。カブトギクを練り入れた握り飯を、洞まで運んで、食わせました…。
――叔父上は?
気違いじゃった。いつも鬱憤をため込んでおって、それを、おれにぶつけてきた。あの人をやらねば、おれが死んどったと思います。
――おまえが殺したのか。
……おれが、やったようなもんです(それ以上訊くなというように、激しく首を振る)。
おれのために、ご念仏をなどとは申しませぬ。ただどうか…どうか、千太だけは、お助けくだされ。あの美しい子が無残に、藤六さのように、醜く変わってしまうのを、ただ見とるだけなんて…おれには耐えられん…
――分かっておる、わしもそれは同じ気持ちじゃ。もうひとつ訊くが、おまえ、もう夜叉ヶ池には詣でておらんのか。千太を産んでから、一度も?
はい、一度も。
――なぜだ。子を求めているときは、あんなに血眼になって通っておったというに。龍神様が、おまえの唯一の守り神ではなかったのか。それとも、千太を産んだら、龍神様はもう用済みか。おまえは、そんなに薄情な女だったのか。
滅相もございませぬ、用済みなどと…。
――それならば、再び龍神様にすがってみるべきではないのか。このまま夜を恐れて眠らないでいたら、おまえ自身が、今に参ってしまう。
……………(しばらくの沈黙)
――エツ、もし足が痛うて、詣でたくてもできぬというのなら、もう一度わしが手助けもできる。
いんえ、詣でたいのはやまやまでございます…でも…でも……
御池に行ったらもう、還って来られんような気が、するんでございます。




