やっぱり極悪令嬢
「神の祈り……女神の祝福をここに…………」
厳かな雰囲気の中、聖書を手にした牧師が魔法の詠唱のような言葉を紡いでいく。
「星々の輝きが道を照らし……えっと…………運命の風が幸運を…………」
何だか言葉がたどたどしいのは、かつてエカテリーナ様に恫喝されて、逃げるように出て行った頼りない牧師だからだ。
牧師となって日が浅い、一人前と呼ぶにはまだまだ未熟な彼だが、持っている力は教会に認められた確かなものらしい。
「希望の光よ……どうか我が声に耳を傾け給え!」
牧師が宣誓を終えると同時に力強く腕を振り下ろすと、天からキラキラと輝く星のような光が降り注いでくる。
「す、凄い……」
本物の魔法……奇跡の光景を目の当たりにすると、いくら信心深くない俺ですら神の存在を信じてみたくなる。
キラキラと輝く光が祭壇へと降り注いだかと思うと、一際大きく光り出す。
「うっ!?」
「ぷるうっ!」
あまりの眩しさに目を覆うと、隣にいたプルルが俺の服の中に避難してくる。
従魔契約を結んでいるとはいえ、魔物のプルルとしては祝福の光は辛かったのかもしれない。
胸の中のプルルを守るように両手で抱えていると、光は徐々に弱くなってやがて消える。
「どう……なった」
まだ目の前がチカチカするが、おそるおそる祭壇へと近付く。
すると、
「うっ…………クマ?」
「ラック!」
祭壇の上に寝かされていたラックがゆっくりと目を開けるのが見え、俺は呆然と目を瞬かせている灰色の毛玉に話しかける。
「ラック、俺だ。わかるか?」
「…………ハジメさま?」
「そうだよ……ああ、よかった!」
むくりと起き上がったラックを、感極まった俺は思わず手を伸ばして抱き寄せる。
「よかった……ラック……本当によかった…………」
「ク、クマ? ハジメさま、どうしたクマ。泣いてるクマか?」
ラックは手を伸ばして、俺の涙を拭いてくれる。
「一体全体どうしたクマ? どうしてハジメさまが泣いてるクマ? それに、ここは……」
「ああ、そうだな。ちゃんと説明しなきゃだよな」
俺は涙を拭うと、ラックにこれまでの経緯を……事業をファルコに売却して、借金は無事に完済したという話をした。
「それでここはな、新しい教会だよ」
「ここがクマ? でも、確か教会は……」
「エカテリーナ様にお願いしたんだ」
「極悪令嬢にクマ?」
「もう、その呼び名は相応しくないけどな」
俺は苦笑しながら、一度解体されたはずの教会が再びある理由を説明する。
エカテリーナ様から借金完済した時の褒美は何がいいかと問われた時、俺は教会を再び建てて欲しいとお願いした。
アニマイドにとって教会の価値は大きく、俺からずっと幸せエネルギーをラック供給できるとは限らないので、相棒のためにも新しい教会の存在は必要不可欠だと思ったのだ。
「といっても、まだまだ完成には遠く及ばないけどな」
俺は苦笑を漏らしながら周囲を見る。
教会はラックが寝ていた場所に立派な祭壇こそあるが、屋根はなく、柱と梁の骨組みがあるだけの一目で建設途中とわかる有様だった。
「とりあえず体裁さえ整えば、祝福は受けられるって聞いて牧師様にお願いしたんだけど……体の調子はどうだ?」
「平気クマよ。何より、ハジメさまからの幸せエネルギーがいっぱいクマ」
「まあな、今、とっても幸せだからな」
事業を売却したことであの鬼のような忙しい日々から解放されたことと、再び錬金術師としての生活を送れることの喜びが大きい。
「そして何より、ラックが目覚めてくれたことが大きいよ」
「ラックもハジメさまが幸せそうで嬉しいクマ」
「ラック!」
「ハジメさま!」
俺とラックは喜びを爆発させるようにひしと抱き合う。
するとそこへ、
「ぷるるっ」
服の下からプルルが這い出て来て「自分も」と言うように割って入って来る。
「おっと、勿論プルルも忘れてないよ」
「プルルも一緒クマ」
そこからはプルルも加え、俺たちは一人と二匹で一緒にいられることを喜び合った。
教会に祝福を授けてくれた牧師に感謝しながら喜んでいると、
「ラック君!」
アリシアさんが現れたかと思うと、俺の腕の中にいたラックを奪い取って頬擦りをする。
「よかった……目が覚めたんだね」
「わぷっ、アリシアちゃん、心配かけたクマね」
「うん、本当に……本当に心配したんだから……わああああああああぁぁぁん!」
「わわっ、泣かないでクマ!」
喜んだと思ったら突然泣き出すアリシアさんに、ラックはしどろもどろになりながら慰めていく。
「やれやれ、忙しないね」
アリシアさんに続いてやって来たオリガさんは、孫を宥めているラックを見て小さく嘆息する。
「あたしのポーションじゃちっとも目覚めなかったのに、教会の祝福で一発とはね……納得いかないよ」
「でも、今日までラックが無事だったのはオリガさんのお蔭です」
あれから必死に錬金術師としての修行は続けているが、オリガさんがラックに与えてくれた魔力を回復させるというポーションは作れていない。
「ラックのために毎日ポーションを作って下さり、ありがとうございました」
「フン、別に何でもないさ」
オリガさんは鼻を鳴らして、照れを隠すように俺から顔を逸らす。
「ラックがいなくなったらアリシアも悲しむからね。あたしに礼を言う暇があったら、とっとと魔力ポーションを作れるようになりな」
「はい、善処します」
口調は厳しいが師匠として、よき隣人として尊敬できるオリガさんには、まだまだ色々なことを教わりたいと思った。
それからラックが起きたという報告を聞いて、様々な人が挨拶に来てくれた。
冒険者ギルドからウォルターさんとクオンさん、ミーヌ村からマイクさんとお付きの人が忙しい合間を縫って会いに来てくれた。
「ハハハ、ハジメよ。お仲間のタヌキ君が起きてくれてよかったな」
「ラックはタヌキじゃないクマ、アライグマクマ!」
さらに、どうしてかやって来たファルコとラックの何度見たかわからないタヌキ、アライグマ問答に一同の笑いを誘っていると……、
「どうやら無事に目覚めた様ですわね」
涼やかな声が響き、後ろにお付きの人を従えたエカテリーナ様が現れる。
「急いで祭壇を用意させましたが、彼は無事に仕事しましたのね」
エカテリーナ様が牧師へ視線を送ると、彼は「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げて祭壇の裏に隠れてしまう。
まだエカテリーナ様に対する恐怖は拭えていないようだが、今後もこの街で牧師としてやっていかなければならないことを考えると、彼の前途は多難のようだ。
「……まあ、いいですわ」
牧師との関係修復は諦めたのか、エカテリーナ様は小さく嘆息してこちらを見る。
「実はハジメに渡したいものがありますの」
「俺に?」
「ええ、受け取って下さるかしら?」
そう言って頬を赤らめたエカテリーナ様が、一枚のスクロールを恭しく差し出してくる。
「な、何でしょう」
おそるおそるエカテリーナ様から受け取ったスクロールは、初めて見るような上質な紙に封蠟が施されており、見るからに重要なことが書いてありそうな気がする。
そういえば俺、エカテリーナ様から求婚されたんだよな。
グリードからの借金を一手に引き受けるという話になった時、完済できたら褒美としてエカテリーナ様自身をくれるという話があった。
……いやいや、まさかね。
いくら何でもこんなアラフォーに突入したおっさんのところへ、エカテリーナ様のような若くて美人が嫁にくるはずがない。
そう思うが、もし本当に結婚のお誘いだったらどうしよう……なんて考えていると、肩に久方ぶりの重みがのしかかってくる。
「ハジメさま、何をもらったクマ 早く中を開けるクマ」
「ぷるぷる」
「はいはい、わかったよ」
確かに中を見ないことには何も始まらないので、俺は両肩にラックたちの重みを感じながら蝋を剥がしてスクロールを開く。
「……えっ?」
「そ、そんなまさかクマ!?」
「ぷるぷるぅ!」
スクロールを開いた俺たちは一様に驚き、身を仰け反らせる。
エカテリーナ様から受け取ったスクロールには、でかでかと「借用書」と書かれていた。
しかも、
「き、金貨五十万なんて信じられないクマ……」
グリードに背負わされた倍以上の借金の額を見たラックは、泡を吹いてひっくり返る。
「ぷるぅ……」
倒れたラックをプルルが介抱しているのを横目にどうにか気を取り直した俺は、優雅に微笑んでいるエカテリーナ様に質問する。
「あの、エカテリーナ様……この借金は?」
「この教会を建てるためにかかった費用ですわ」
「きょ、教会?」
「ええ、確かにハジメからの提案で教会を建てることは了承しましたが、その費用まではわたくしが出すとは言ってませんわ」
「…………確かに」
エカテリーナ様に教会を建てて欲しいとは言ったが、その費用については話し合っていなかった。
「で、ですが、教会一つ建てるのにそんなに費用がかかるものですか?」
「ええ、教会は加護を受けるために特別な祭具を用意する必要がありますの。その借用書も、教会から送られてきた正式な書類ですわ」
「さ、さいですか……」
となるとこの金貨五十万枚という金額を払えないと、またしてもクライスの街はピンチに陥るというわけだ。
「ち、ちなみにですが、ローン返済とか可能なんですかね?」
「よくってよ。教会との交渉は引き受けますから、のんびり返して下さいまし……ただし」
口角を上げて笑ったエカテリーナ様は、俺の耳元に顔を寄せる。
「わたくしから逃げられるなんて、ゆめゆめ思わないで下さいまし」
「――っ!?」
耳元に「フゥ」と息を吹きかけられ、俺は耳元を押さえて跳ねるように距離を取る。
いたずらが成功したことに、エカテリーナ様は扇子を広げて口元を押さえて笑う。
「これからもハジメの活躍、期待していましてよ」
「が、頑張ります」
ラックのためにも教会が必要な俺としては、この無茶な借金を受け入れるしかない。
今度は決まった期限がないので、無茶なビジネスを始める必要はないのはありがたい。
……ありがたいが、これだけはエカテリーナ様に言っておきたい。
「この……極悪令嬢め」
「フフフ、存じておりますわ」
俺の皮肉に笑うエカテリーナ様は、今まで見た中で一番眩しい笑顔だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。柏木サトシです。
これにて今作『3万円で異世界にFIREしたおっさんを待っていたのは、極悪令嬢が統治するブラックシティでした。』は完結となります。
異世界を舞台にしたお仕事小説、いかがでしたでしょうか?
内容的としては色々と挑戦してみたのですが、ライトノベルの枠からは外れないように、読みやすく面白さを追求してみたつもりですが、少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。
もし、おもしろかった、また読みたいと思っていただけたら下の☆での評価をしていただけたら嬉しく思います。
それではそろそろ筆を置かせていただきます。
宜しければまた次回、次の作品でもお付き合い下さいませ。
改めまして、ここまで読んでいただきありがとうございました!