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決着、そして……

「え、えむ……何だって?」

「M&Aだよ。別に言葉を覚える必要はないぜ」


 M&Aとは『Mergers and Acquisitions』の略でMergers(合併する)とAcquisitions(買収する)を掛け合わせた企業の合併や買収を意味する言葉だ。


 イメージとしては企業の乗っ取りというイメージが多いかもしれないが、最近では企業の成長戦略の一つの意味合いが強くなって来ている。


「簡単に言うと俺がやっていたポーション事業を丸ごと全部、ラファール商会に買い取ってもらったんだよ」

「で、その事業の売値が金貨二十万枚というわけだ」


 クオンさんからサブスクサービスの決断を迫られた時、借金返済の残された手は値上げしかないと思われた。

 だが、プルルが用意してくれたポーションを飲んで頭がスッキリした時、ある天啓が降りて来た。


 事業が限界なら無理して継続するのではなく、他人に譲渡すればいいじゃないか、と。


 そこで白羽の矢が立ったのが新しいものを貪欲に受け入れ、常に成長を模索しているファルコというわけだった。



「ラファール商会のお前、正気か?」


 事の顛末を聞いたグリードは、信じられないものを見るようにファルコを睨む。


「異世界から来た、訳の分からないビジネスに二十万なんて大金を出すなんて、正気の沙汰とは思えないぞ!」

「別にそうでもないだろう」


 頭を抱えるグリードに、ファルコは薄く笑って手を振る。


「ハジメの事業は既に月に金貨数万の稼ぎを叩き出すくらいには成果が出ている。誤差はあっても数年で元手が回収できるなら、二十万なんて安いものだろう」


 そう言ってファルコは、俺の方をちらと見る。


「まあ、それも全てこいつが馬鹿正直に追い詰められてもサービスの質を落とさなかったからだ。少しでも改悪されてたら、買収なんてまっぴらごめんだったけどな」

「ハハハ……」


 容赦ないファルコの言葉に笑ってはいるが、内心ではクオンさんの脅迫に屈しなくて本当に良かったと思う。


 あの時、もしラックが冒険者ギルドに現れなければ……プルルが作ってくれたポーションを飲まなければ……何か一つでもボタンの掛け違いがあったら、きっと俺たちはこうして笑っていられなかっただろう。


 ラックの意識はまだ戻らないが、大切な相棒に目覚めてもらうためにも、まずは目の前の男との因縁を断ち切るべきだ。


 俺は呆然と立ち尽くすグリードに、金貨を押し付けて詰め寄る。


「というわけだ。お前はとっとと金を受け取ってこの街から立ち去れ。そして、二度と俺たちの前に姿を見せるな」

「…………だ、黙れ、黙れ黙れ黙れ!」


 俺の腕を振り払ったグリードは、散らばった金貨には目もくれず、口角から泡を飛ばしながら叫ぶ。


「こんだけコケにされて、おとなしく引き下がれるか! お前たち、好き勝手に暴れて全てを奪い尽くせ!」

「んなっ!?」


 まさかの命令を出すグリードに、俺は顔から血の気が引くのを自覚する。


 腐っても商人である以上、金さえ手に入れればグリードはおとなしく引き下がると思っていた。

 だが、まさか自分の思い通りにならなかったからといって、強盗顔負けの強硬手段に出るとは思わなかった。


「ど、どうすれば……」


 戦うなんて物騒な真似はできない俺としては、オロオロ逃げ惑うことしかできないでいた。


 すると、


「おいおい、みっともない真似はよしてくれよ」


 余裕の笑みを浮かべたファルコがグリードに近付くと、奴の耳元で何かを囁く。


「――っ、そ、それは本当か!?」

「さあな、だが余裕ぶっこいて、手遅れになってしまっても知らないぜ。誰にケンカを売ったか、知らないわけではあるまい?」

「クッ、お、お前たち止まれ! 止まるんだ!」


 悔し気に歯噛みしたグリードは、慌てた様子で部下たちに向かって叫ぶ。


「急いで馬車に金を詰め込め。一刻も早く……今すぐだ!」


 何度も同じ命令を飛ばしながら、自身も落ちた金貨を拾って恨めし気に俺の方を睨む。


「おい、異世界人。今日のところは引いてやるが、これで済んだと思うなよ!」


 まるで悪役のテンプレートのような台詞を吐いたグリードは、部下たちの背中を蹴り飛ばして「急げ!」と言いながら慌てて悪趣味な馬車に飛び乗って去っていった。



 現れた時以上の勢いで立ち去っていく馬車を、俺は呆然と眺めていた。


「い、一体何だったんだ……」


 馬車たちが完全に見えなくなったところで、俺はこの原因を作ったファルコに質問する。


「なあ、あの野郎に一体何を言ったんだ?」

「何、あいつのパトロンの悪事がバレて、捕まったって話を教えてやっただけだ」

「グリードのパトロンって?」

「知ってるだろう? 元々はこの教会にいた牧師だよ」

「ああ……」


 そう言われて俺は、グリードと共謀して、クライスの街に多額の借金を背負わせた牧師の話を思い出す。


 教会の牧師という立場を利用して職を失った人や孤児を集めては、グリードに人身売買させていたという聖職者の風上にも置けない外道だ。


「牧師は捕まり、それと繋がっていたグリードにも教会からの手配書が出回るのは時間の問題だ。そうなれば奴はお終いだから必死に逃げていったのさ」

「なるほどね……」

「さらにグリードが捕まれば財産は没収、俺が奴に払った金貨二十万も騙されて盗られたと言っておけば、帰って来る寸法さ」

「おいおい……」


 ということは、ファルコは殆どタダ同然で俺から事業を手に入れたことになる。

 ただ、あれ以上の事業の継続は不可能だったので、ファルコに引き継いだことに悔いはない。


「だけど、その牧師はどうして捕まったんだ?」


 件の牧師は、エカテリーナ様に悪事がバレた時には既に行方をくらませていたというくらいだから、危険に対する嗅覚はかなりのもののはずだ。


 すると、ファルコが俺の肩に手を回して耳元で囁いてくる。


「実はな……その牧師を捕まったの、クオン嬢の手腕らしいぞ」

「えっ?」

「ここの借金がなくなるのはマズいと、ハジメの事業の妨害をしていたみたいだが、それに気付いたクオン嬢があちこちに根回して逮捕までこぎ着けたらしい」

「た、逮捕って何をしたんだ?」

「そんなの俺の方が知りたいぜ。関係者が揃って件の牧師を生贄として差し出したくらいだから、相当ヤバイことをしたのは確かだぜ」


 そう言われて俺とファルコが揃ってクオンさんへと目を向けると、彼女は薄く笑って軽く会釈する。


「「――っ!?」」


 一見すると微笑んだだけだが、その笑顔の裏に隠されたとんでもない秘密を知ってしまった俺とファルコは、揃って震えあがる。


「と、とにかくクオンさんにはこれからも逆らわないようにしておこう」

「そうしておけ、ハジメにはまだまだ働いてもらわないと困るんだからな」


 事業をファルコに売却したからといって、後は任せたで終わりではない。

 当然ながら引き継ぎ作業はまだまだ残っているし、今後も安定した事業継続のため、コンサルタントとして一定の報酬をもらいながらアドバイスをすることになっている。


 今後も長い付き合いになるであろうファルコの忠告におとなしく頷いた俺は、腕を組んだ姿勢でこちらを見ているエカテリーナ様に話しかける。


「エカテリーナ様、終わりました」

「ええ、一時はどうなるかと思いましたが……これも全てあなたのお蔭です」


 エカテリーナ様は優雅に微笑むと、周囲をぐるりと見回してここにいる人々に向かって大声で話しかける


「皆様、ついにわたくしたちは自由を獲得しました。辛い時期もありましたが、今日までわたくしに付いて来てくれて、心から感謝を申しますわ」


 借金がなくなったというエカテリーナ様の宣言に、秘密を共有していた屋敷に勤める人やギルド職員たちの喜びの歓声が沸き上がった。



 それからクライスの街では、街を挙げてのお祭り状態となった。


 街の人には黙っていたとはいえ、おおよその事情は察していた人々は憂いがなくなったと聞いてエカテリーナ様を称え、彼女を盛大に労った。


 街の人たちからの温かいもてなしに、エカテリーナ様は笑い、涙を流しながら感謝した。

 その様子は極悪令嬢なんて揶揄されるものではなく、年相応の素敵な令嬢だった。


 功労者として俺も宴の席に招待されたのだが、申し訳ないが断らせてもらった。


 思い入れのある街が残ったことは喜ばしいが、それでも他の人たちと一緒にどんちゃん騒ぎをする気になれなかった。


 何故なら一緒に喜びたい仲間が……ラックがまだ目を覚まさなかったからだ。

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