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とっておきの一手

 ガラガラと忙しない音を立てながら、真っ赤な馬車がエカテリーナ様の屋敷の敷地内に入って来る。


 先頭の悪趣味な馬車に続いて、何台もの荷馬車が屋敷の前で待ち受ける俺たちの前に次々と止まると、中からでっぷりと脂肪を蓄えた巨漢が出てくる。


「おうおう、新たな主様のお出迎えってか?」


 余裕の笑みを浮かべたグリードに続いて、何やらいかつい見た目の男たちが次々と馬車から出てくる。


「ククク、怯える必要はないぜ」


 屋敷の使用人たちが表情を硬くするのを見て、グリードは腕を組んで立つ強面の男たちを紹介する。


「こいつらはお前たちが逃げない限りは乱暴しないように命じてある。だから余計な真似はしてくれるなよ?」

「ご心配なく、その方たちの手間を取らせることはございませんわ」


 グリードの嘲笑うような声に、今日も赤いドレスを優雅に着こなしているエカテリーナ様が応える。


「その方たちのお仕事は重くなった馬車を動かすため、体力の限りお外を走ることですわ」

「へぇ……」


 余裕の笑みすら浮かべるエカテリーナ様を見て、グリードがニヤリと笑う。


「その口ぶり、まるで借金返済の目途が立ったみたいに聞こえるな」

「フフッ、それはあなたがよくご存知なのではなくって?」

「ああ、そうだな。よく知ってるぜ」


 グリードはべロリと舌なめずりをすると、下から覗き込むようにエカテリーナ様に詰め寄る。


「せっかくのポーションを使った商売が、不正行為によって全然稼げなくなったってな」

「……やっぱりお前が裏で手を引いていたのか」

「ああ、何だ異世界人」


 思わず呟いた俺の声に、グリードが目敏く反応する。


「証拠もないのに、この俺に言いがかりをつけるつもりか?」


 臭い息を吹きかけてくるグリードに、辟易した俺は上体を反らしながらぶっきらぼうに話す。


「そんなつもりはないし無駄話をするつもりもない。とっととやるべきことをやろう」

「おう、そうだな。会話よりも金だろ、金」


 グリードは俺から視線を外すと、ずり落ちてきたパンツを引き上げながらエカテリーナ様に視線を向ける。


「それで、何処に金貨二十万枚があるんだ? 態度を見る限り、当然ながら用意してあるんだろう?」

「ありませんわ」

「……はっ?」

「ありませんと言ったのですわ。金貨二十万枚なんて大金がここにないことは、誰がどう見ても一目瞭然でしょう?」

「はぁ!? い、いやいやいや、ちょっと待てよ」


 エカテリーナ様の言葉を聞いたグリードは、訳が分からないといったように額を押さえて激しくかぶりを振る。


「お前たち、今日が何の日かわかってるのか!? 今日で借金を返し切れなかったら全てお終い、全員揃って破滅するんだぞ!?」

「ですから、なんですの?」

「だからって……チッ、もういい」


 エカテリーナ様と全く会話にならないと、グリードは舌打ちをして背後に控えている部下たちに向かって叫ぶ。


「お前たち、どうやらここの連中は頭がイカれちまったようだ。暴れるようなら適当に二、三発殴って黙らせて馬車に詰め込め」


 グリードの命令に、男たちが「おう!」と応えて動き出す。


「ちょっと待った!」


 動き出した男たちを見た俺は、大きな声を出してエカテリーナ様を男たちから守るように立ちはだかる。


「まだ、金を返せないと決まったわけじゃないだろう」

「何を言っているんだ」


 エカテリーナ様に馬鹿にされたことが余程腹に据えかねたのか、顔を真っ赤にしたグリードがヒステリックに叫ぶ。


「そこの小娘がさっき言っていただろう。この場に金貨二十万枚なんて大金を置ける場所がないと!」

「ああ、そうだよ。ここにはないって言ったんだ」

「じゃあ、結局ないんじゃないか!」

「ここにはって言ったんだよ……ほら、見てみろ」


 俺は手を伸ばしてグリードの肩を掴んで無理矢理反対側を向かせる。


「あ、あれが?」

「そうだよ。あれこそが俺たちの切り札だ」


 そう言う視線の先には、こちらに向かってやって来る馬車の列が見えた。




 大きな木箱を乗せた馬車群が屋敷の敷地内に入って来ると、流石に手狭に感じる。


 鉄の門扉を抜けて敷地内に入って来た馬車は、ぐるりと回ってグリードたちの馬車たちと距離を置いて停車すると、先頭の荷台から男が一人飛び降りて手を上げる。


「悪い、遅れた」

「本当だよ。めちゃくちゃヒヤヒヤしたんだからな」


 俺が大きく息を吐いて内心を吐露すると、現れた男、ラファール商会の時期商会長であるファルコが片手を上げてニヤリと笑う。


「だから悪かったって、これでも急いで来たんだぜ」

「お前は……」


 ファルコの姿を見たグリードは、明らかに不機嫌な表情になる。


「ラファール商会のせがれが一体何の用だ」

「何の用だってつれないな。せっかくご所望の金貨を持って来たやったんだぜ」


 ファルコはまだまだ入って来るラファール商会の馬車を見ながら親指で示す。


「金貨二十万枚、きっちり耳を揃えて用意してやったぜ」

「な、何だと!?」


 グリードはどたどたと足音を響かせながらファルコが乗って来た馬車に飛び付くと、木箱を開けて中身を取り出す。


「ほ、本当に金貨じゃないか!? ま、まさかここにあるもの全部?」

「そうだぜ、金貨二十万枚なんて大金、用意するのも運ぶのもめちゃくちゃ大変だったんだからな」


 そう言ってファルコが恨めしそうにこちらを睨むので、俺はシニカルに笑って肩を竦めてみせる。


 こっちはちゃんと余裕をもってスケジュールを伝えていたのだ。

 遅れたやって来たのは、ファルコ側の問題だから知ったことじゃない。


「な、何故だ……」


 ファルコからの抗議に無視を決め込んでいると、金貨を両手に抱えたグリードの叫び声が聞こえる。


「どうしてラファール商会がクライスの借金を工面しているのだ。一体何をやったら、こんな事態になるんだ」

「単純な話だよ」


 訳が分からないと混乱した様子のグリードに、俺は指をピンと立てて正解を披露する。


「借金返済のために、俺はラファール商会とM&Aをしたんだよ」

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