真の幸せを掴むために
大人になると感情の起伏があまりなくなるからか、涙は程なくして止まった。
「……ぷるる」
涙を拭いていると、プルルが遠慮がちに声をかけて来て触手で掴んだ瓶を差し出してくる。
「ぷるぷる」
「うん、ありがとう。いただくよ」
プルルたちの想いを知った以上、例えポーションの価格を知っていても躊躇う必要はない。
俺はプルルからポーションを受け取って中身を一気に煽る。
薬みたいな味を想像していたが、果汁のようなほんのりとした甘みと爽やかなのどごしが……、
「――っ!?」
次の瞬間、体に電気が走ったような衝撃が走り、俺は反射的にブルブルと身震いする。
「こ、これは……」
電気が走った後の自分の変化に、俺は驚きに目を見開く。
鉛のように重かった体がまるで羽が生えたように軽くなり、目がバッチリと覚めて嘘みたいに眠気がなくなっていた。
さらに頭にかかっていた靄がスッキリと晴れ、今まで見えなかったものが見えるようになった気がする。
「す、凄い……これが最高級のポーションの効果なんですね」
「そこにさらにプルルたちの気持ちも乗っているからね。特にハジメには効果抜群のはずだよ」
「……ですね」
すっかり調子を取り戻した俺は、こちらを見ているプルルを抱き上げて頬擦りをする。
「プルル、ありがとう。お蔭で元気になれたよ」
「――っ、ぷるるぅ!」
俺の気持ちが伝わったのか、プルルは俺の手から飛び出して嬉しそうにぴょんぴん飛び跳ねる。
「ぷるぷる! ぷるぷる!」
「……もっと早く、こうしていればよかった」
喜びを爆発させるプルルを見て、俺はこんな簡単なこともしてあげられなかったんだと思い知る。
「ぷるるぅ」
「おっと……」
胸に飛び込んで来たプルルを抱き止めた俺は、甘えるようにすり寄って来る半透明の頭を優しく撫でる。
「プルル、かまってやれなくてごめんよ」
「全くだ。どいつもこいつも幸せのなりたいと願うのに、方法を間違えるかね」
「幸せになる方法……ですか?」
そんな方法があるなら教えて欲しいと目で訴える俺に、オリガさんは不機嫌そうに「フン」と鼻を鳴らす。
「簡単な話さ。どいつも幸せになりたいと思うなら、結果だけじゃなくて過程でも幸せなるんだよ」
「過程で……」
「そうさ、最終的に幸せになれば過程はどうでもいいと思っていると、道中で足元をすくわれて、ぽっくり死んじまったりするんだよ」
そう吐き捨てて目を伏せるオリガさんの様子は、とても悲しそうで今にも泣きそうに見える。
オリガさんの家庭環境を詳しく知っているわけではないが、孫のアリシアさんと二人暮らしなのも、もしかしたら今の話と関係しているかもしれなかった。
「ああ、やめやめ。そういう湿っぽい話は嫌いなんだよ」
オリガさんは誤魔化すように一服すると、キセルを俺に突き付けてくる。
「それで、ハジメはこれからどうするんだい? 残る手はもう多くはないんだろう」
「そう……ですね」
クオンさんから決断を迫られていることを思い出した俺は、並べられているポーションを指差す。
「とりあえずこのポーションを持っていっていいですか?」
「何言ってんだい。それを聞くのはあたしじゃないだろう?」
「そうでしたね」
俺は腕の中のプルルを正面に見据えて探るように尋ねる。
「プルル、このポーションを皆にあげてもいいかな?」
「ぷるるぅ!」
俺の問いかけにプルルは「もちろん」と言うように小さく震えた。
ラックのことをオリガさんに任せ、俺はプルルと一緒に冒険者ギルドに戻った。
「お疲れ様です。すみません、戻りました」
大きな声で挨拶すると、皆の視線がこちらに集まる。
不思議そうにこちらを見ている皆の顔を見てみると、誰もが疲れた顔をしていた。
血色も悪く、髪のツヤも失っていて目の下のクマも酷い。
ついさっきまで俺も同じ顔をしていたんだなと思いながら、ポーションが入った箱を地面に置いて大きな声で全員に話しかける。
「皆さん、ポーションを持って来たので、少し一休みしませんか? ほら、プルルも手伝って」
「ぷるるぅ!」
俺が呼びかけると、プルルも触手を伸ばして近くにいたギルド職員にポーションの瓶を手渡していく。
「あ、ありがとう。でも、いいんですか?」
「はい、どうぞ遠慮なくグイっといってください。疲れた体に染みますよ」
俺は笑顔で箱から次々とポーションを取り出して、戸惑うギルド職員に渡していく。
「そ、それじゃあ……」
「せっかくだから遠慮なく……」
顔を見合わせたギルド職員たちは、次々とポーションを口にしていく。
「――っ、な、何だこれ!?」
「疲れが一瞬で吹き飛んだぞ!」
「ついでに肩凝りも治ったぞ。ヤベェ、めちゃくちゃ調子いい」
ポーションを飲んだギルド職員たちは、溜まりに溜まった疲労からの脱却に一様に喜びを露わにする。
「お、おい、ハジメ……これってもしかして」
「ええ、そうです」
ポーションの瓶を手に固まるウォルターさんに、俺は中身を教える。
「お察しの通り、最高級のポーションです」
「ブフーッ!」
「ほ、本当ですか?」
「ヤベェ……金貨十枚のポーション、飲んじまったよ」
中身が最高級のポーションであると知ったギルド職員は、ある者は驚きで吹き出し、またある者は青い顔をして瓶を見つめ、またある者は残った瓶だけでも戻した方がいいのかとオロオロしていた。
戸惑うギルド職員たちに、俺は追加の瓶を差し出しながら笑いかける。
「これは今までの労いと、感謝の意を込めて持って来たポーションです。ですから気にせず飲んで下さい」
「それはありがたいがよ……」
ポーションを飲んで元気になったのか、肌にハリが戻ったウォルターさんがピシャリと頭を叩いて渋面を作る。
「何だか今の言い方だと、仕事はもう終わりみだいだな」
「ええ、そうですね」
俺は大きく頷くと、全員にここに来るまでに固めた結論を話す。
「皆さん、作業の手を止めて下さい……もう、終わりにしましょう」
「ちょっと待ってください」
俺が結論を伝えると、奥から底冷えするような鋭い声が聞こえる。
「……どういうことですか」
目を向けると、明らかに怒り顔のクオンさんが睨んでいた。
「ハジメ様、終わりにするとはどういうことですか?」
「そのままの意味です。あっ、クオンさんもポーションをどうぞ。リフレッシュしてから俺の話を聞いて下さい」
「…………」
差し出したポーションをクオンさんは暫く眺めていたが、まだ話の続きがあると知ったからか、俺の手から瓶をふんだくる様に奪って一気に中身を煽る。
「どうです、元気になったでしょう?」
「……確かに、驚くほど元気になりました。これで話を聞かせてもらえるのですよね?」
元気になったことで三割ほど威圧感を増したクオンさんは、怒りを押し殺した声音で話しかけてくる。
「まさか値段を上げるのに怖気づいて、全てを捨てるわけじゃありませんよね?」
「もちろんです。俺は今もクオンさんと同じで、この街を守る気持ちに変わりはありません」
「では、どうするというのですか? 何か妙案でも思い付いたとでも言うのですか?」
「はい、これは最終手段なのですが……」
そう前置きして俺は、これから成すべきことを全員に説明していった。