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互いに幸せを願っていたはずなのに……

「これは……深刻だね」


 動かないラックを見たオリガさんは、緑色の瓶を取り出して灰色の毛玉の体にかける。


「それは?」

「魔力を回復させる薬さ。アニマイドは精霊と同じで体の構成の殆どが魔力だからね。これで命を繋ぐことはできるはずさ」

「そう……ですか」


 ひとまずの危機は去ったと聞いて、俺はその場に力なく座り込む。


 思わず安堵の溜息を吐く俺に、オリガさんが空になった瓶を投げてくる。


「ちなみにこいつは、一本金貨二十枚する代物だよ」

「構いません。ラックが助かるならいくらでも払います」

「そうかい……」


 オリガさんはニヤリと笑って肩を竦めると、手を振り上げる。

 一体何だろうとその手を目で追っていると、


「このバカたれ!」

「あいたっ!?」


 いきなり容赦なく手を振り下ろされ、俺は殴られた頭頂部を涙目になって押さえる。


「い、いきなり何するんですか!?」

「それだけこの子を思っているのなら、どうして優しくしてやらないんだよ!」

「優しくって、俺はいつもラックたちのことを想って……」

「だったらどうして話を聞いてやらない。この子たちはいつもハジメに話を聞いてもらいたがっていたのに、あんたは仕事、仕事と言って聞く耳を持たなかっただろう」

「そ、それは……」


 オリガさんの鋭い指摘に、俺は返す言葉もなかった。


 ラックたちは毎日コミュニケーションを取ろうと話しかけて来てくれたが、多忙を理由に対応がおざなりになってしまっていたと言われたらその通りだ。


 オリガさんの言う通りもっと気を使ってやっていれば、話を聞こうとしていれば、ラックの異変にも気付けたかもしれなかった。


「俺が……気付いてやらなければいけなかったのに……」

「全くだよ。それにしても特製の魔法ポーションを使ったのに目を覚まさないなんて……アニマイドの体はどうなっているんだい」

「それもきっと俺の所為です」


 教会の加護を受けられなくなったラックの活力は、俺から供給される幸せエネルギーが必要だということをオリガさんに話した。


「皆で幸せになりたくて頑張っていたのに、俺が幸せじゃなかったからラックが……」


 俺は震える手で、浅く呼吸を繰り返しているラックの頭を撫でる。


 すると、


「…………クマ」

「ラック!?」


 僅かにラックが身じろぎするのを見た俺は、耳元で灰色の毛玉に向かって声をかける。


「ラック、俺だ。俺の声が聞こえるか?」

「ハジメ……さま…………」

「そうだよ。俺のことがわかるか?」


 必死になって呼びかけるが、ラックの目が開くことはない。


「どうか……幸せに…………なって……クマ」


 うわ言のように俺の幸せを願ったラックは、また力なく項垂れて動かなくなってしまう。


「ラック! ラック!」

「もうやめな。聞こえちゃいないよ」


 オリガさんは俺の肩を掴むと、思ったより強い力で引っ張る。


「心配するな。あたしがいる限り、ラックを死なせるようなことはしないよ」

「……お願いします」


 俺が深々と頭を下げると、オリガさんは小さく嘆息してキセルに火を点ける。


「全く……どいつもこいつも不器用過ぎだろう」

「オリガさん?」


 含みのある言葉に何だろうと思っていると、オリガさんはキセルで部屋の奥を示す。


「行ってみな」

「は、はい……」


 きっと何があるか聞いても教えてもらえないと思った俺は、フラフラとした足取りで部屋の奥へと向かう。


 奥はオリガさんの工房となっているが、今は何かを隠すように白い天幕が張られている。

 錬金術師としての秘密もあるはずなので、確認のために後ろを振り返ると、オリガさんは早く開けろとキセルで示してくるので「失礼します」と断りを入れて中を開ける。


「……あっ」


 天幕の先を見た俺は驚きで口をあんぐりと開けて固まる。

 そこにはずらりと並んだ深い青色のこじゃれた瓶の数々……ポーションの瓶が五十以上はあった。


「ど、どうしてこんなにポーションが……」


 整然と並べられたポーションの瓶を一つ取って鑑定してみると『最高級のポーション』と表示される。

 続けて二本、三本と鑑定して見るが、そのどれもが『最高級のポーション』と表示される。


「まさか、全部……」


 最高級のポーションなのか?


 思わず冒険者ギルドに納品したらいくらになるんだろうと計算していると、


「ぷるっ?」


 奥の方から可愛らしい声と共に、半透明の球体が姿を現す。


「プルル?」

「ぷるぷる!」


 名前を呼ぶと、プルルは大きく跳ねて俺の胸に飛び込んで来たかと思うと、二本の触手で俺の胸をポカポカと叩いてくる。


「ぷるる! ぷるるぅ!」

「わわっ、痛く……はないけど、もしかして怒っているのか?」

「ぷるる! ぷるるぅ!」


 プルルは必死に何かを訴えようとしているが、ラックがいないので何を言いたいのかいまいちわからない。


「その子はね、拗ねているんだよ」


 困惑する俺に、オリガさんから助け舟が入る。


「ハジメ、この子たちに自分のためにポーションを作ってくれって言ったのに、あんたちっとも飲んでやってないだろう?」

「は、はい……じゃあ、ここにあるポーションは?」

「ラックとプルルがハジメのためにと、せっせと素材を洗ったやつだよ……全くこのあたしをタダ働きさせるとはたいした子たちだよ」


 オリガさんは呆れたように笑って紫煙をくゆらせる。


「ハジメがラックとプルルを想って行動していたように、この子たちもハジメのことを想って行動していたんだよ。あんたと同じで、自分の身体のことを顧みずにね」

「自分の身体?」


 そう言われて俺は、胸の中でおとなしくなったプルルの体が見えるように持ち上げる。


「あっ……」


 プルルの体内に、薬草とニガニガ玉に付着していたと思われる黒いゴミみたいなものがいくつも見て取れた。


「――っ!? オリガさん、これって大丈夫なんですか?」

「あまり良くはないよ。ただ、いくら言ってもプルルは言うことを聞かないんだよ。ハジメが振り向いてくれないのは、自分の仕事が未熟だからとでも思っているんだろ」

「そ、そんなこと……」


 これだけ最高級のポーションが並んでいるのだから、プルルの仕事が未熟なはずがない。


「いや……」


 これはそんな理屈じゃないのだ。


 プルルは俺が喜んでくれると信じて、自分が汚れるのも構わず頑張ってくれたのだ。

 それはラックも同じで、幸せエネルギーが届いていなかったのにも拘らず、俺の邪魔をしてはいけないと泣き言一つ言わずにポーションを作り続けてくれたのだ。


 お互いを想って行動していたのに、誰もが自分のことを顧みないでいた。


 本当に……揃いも揃って俺たち全員不器用だ。


 だが、その中で最も大馬鹿者が誰かなんて言うまでもない。


「プルルごめん……本当にごめんよ」


 俺は謝罪の言葉を述べながらひんやり冷たいプルルの体を抱き締めると、ここまで我慢してきた涙を零して静かに泣いた。

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