相棒の異変
規約違反者についての厳罰を決めたにも拘らず、その後もポーションの使用頻度が落ちることはなかった。
「ど、どうして……」
「おそらくですが、何者かが手引きしていると思われます」
思わず頭を抱える俺に、クオンさんが怒りを押し殺したような声で話す。
「ここまで来ると、何者かの悪意が介入しているとしか思えません。おそらく解約されることも織り込み済みで動いていると思われます」
「そ、そんなどうしたら……」
「策はあります。そちらの方はどうにかしますから、ハジメ様は決断をお願いします」
「決断……ですか?」
「はい、サービスの値上げについてです」
クオンさんはスーッと双眸を細め、俺の目を射貫くように睨む。
「もうお分かりでしょう。それ以外に方法はないと」
「そ、それは……」
「ハジメ様に辛い役目を背負わせるのは大変申し訳なくおもいます。ですが、私たちにはそれ以外に生きる道はないこともご理解下さい」
吐き捨てるようにそう言ったクオンさんは「失礼します」と言って、思い付いている策とやらを実行に移すために何処かへ消えて行く。
その背中は明らかに怒りの色が見え、普段は温厚なクオンさんも冷静ではいられない状況まで追い込まれているようだった。
取り残された俺は、クオンさんの言葉を思い返しながら唇を噛む。
「……本当に、値上げするしかないのか?」
これまで何度も皆で話し合いをし、何か策はないかと知恵を絞って来たが、そのどれもが現実的ではあるが、決定打になるものではなかった。
だが、それも無理もない。
サブスクリプションサービスは長く続けてもらうことを前提にプランを作っており、大きく稼ぐことより安定した収入を得ることを目的としているからだ。
そういう意味では、大きく稼ぐためには料金の値上げ以外に方法はないと思われた。
「どうにか……どうにかしないと……」
幸せになるどころか、皆揃って不幸になってしまう。
打つ手がない状況に思わず頭を抱えていると、
「ハジメさん! ハジメさんはいませんか!?」
「な、何だ?」
突如として冒険者ギルド内に悲鳴のようなが聞こえ、顔を上げて声のした方へと目を向けると、扉の前で血相を変えたアリシアさんが立っているのが見えた。
「あっ、ハジメさん!」
俺と目が合ったアリシアさんは、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙を零す。
「ラック君が……ラック君が……」
「えっ?」
ラックの名前を聞いて、俺は弾けたように立ち上がる。
目を凝らすと、アリシアさんの手の中にぐったりと動かないラックが見て取れた。
「ラック!」
ピクリとも動かないラックを見た俺は、アリシアさんの下へ駆け寄って灰色の毛玉を抱き上げる。
「ラック、しっかりしろ。俺の声が聞こえるか!」
体を揺さぶり、耳元で声をかけてみてもラックは目を閉じたままピクリと動かない。
「何で……どうして……」
「わかりません……ただ、今日は今朝から凄く辛そうにしていました。ハジメさんは何か知りませんか?」
「い、いや、何も……」
思わず口ごもる俺だったが、今朝のラックの様子など覚えていない。
いや、何か話をしたような記憶はあるが、借金のことで頭がいっぱいで、まともに取り合おうとはしなかった。
思わず顔を伏せる俺に、泣き腫らした顔のアリシアさんが消え入るような声で話す。
「実は、おばあちゃんからラック君がいなくなったから、探して来て欲しいって言われたんです」
「プルルは?」
「おばあちゃんのところにいます。それでラック君が向かう先は、ハジメさんのところしかないと思ったので、ギルドに来たら……」
「ラックが倒れていた、と?」
その問いに頷いたアリシアさんは、縋るように俺の腕にしがみつく。
「ハジメさん、ラック君は……ラック君は大丈夫ですよね?」
「そ、それは……」
大丈夫と言いたいが、手にしているラックの体は冷たく、心なしか全身が硬くなっているような気がする。
このままではラックの命の灯が消えてしまうのではないと察した俺は、
「と、とにかくオリガさんのところへ行こう!」
そう言って立ち上がると、オリガさんのところへ行くと伝えて冒険者ギルドを後にした。