販売促進はとっても大事
エカテリーナ様からの借金の返済はひとまず置いて、クライスの街の借金を返すために本格的に動くことになった。
返済期限まで三ヶ月という非常に短い期間のため、俺はファルコに連絡してポーションのサブスクリプションサービスの事業を冒険者たちにも広げることを伝えた。
本当はアリシアさんに使用感を聞き、プランを煮詰めていきたかったのだが、時間がないので彼女と相談して簡潔なプランを組んだ。
そんな冒険者向けのプランは、以下の通りだ。
・冒険者プランA……月額価格、銀貨二十枚
クエスト受注の度に冒険者ギルドで普通のポーションを三本支給する。
月に一本まで、治療で上等なポーションを使う場合、半額で購入できるようにする。
追加サービスで一年以上の契約が続いた場合、いざという時に上等なポーションを一本、任意のタイミングで無料支給する。
・冒険者プランB……販売価格、金貨五枚
クエスト受注の度に冒険者ギルドで上等なポーション一本、普通のポーションを三本支給する。
月に一本まで、治療で最高級のポーションを使う場合、半額で購入できるようにする。
追加サービスで一年以上の契約が続いた場合、いざという時に最高級のポーションを一本、任意のタイミングで無料支給する。
どちらのプランもポーションの使用範囲の制限はなく、他者への販売は不可だが譲渡は可とする。
未使用のポーションは冒険者ギルドでストックすることができ、次回の冒険に持ち越すことができる。
ただし、ストックできる上限はどちらのプランも各ポーション九本までとし、ポーションの残数は各々のギルド会員証に記録される。
料金設定を鉱員向けより高額にしたのは、よりよいサービスを提供する必要があるからだ。
以前、アリシアさんと話した通り、ポーションを使う機会はクエストを受けている最中の方が圧倒的に多く、しかも使う量、質共に毎回バラバラで全く安定しないとのことなので、持っていくのに困らない量で、いざという時に備えることもできる設定にした。
他にも色々と冒険者ならではのローカルルールみたいなのがあるみたいだが、全部取り入れると契約書がとんでもない量になってしまうので、まずは優先すべき事柄だけをまとめた形だ。
ここに元々あった鉱員向けのプランも乗せ、さらにファルコと話し合って決めたマーケティング戦略と合わせて冒険者だけじゃなく、一般の人にも広く利用してもらう形で新たなサブスクリプションサービスがスタートした。
「ハジメさん、こっちの書類にサインお願いします」
「それが終わったらこっちもお願いします」
「ハジメさん」
「ハジメさん……」
「ハジメさん!」
「は、はい、ただいま!」
あちこちから飛んでくる声に、俺は目の前の書類に素早くペンを走らせ、事務所代わりにしている冒険者ギルド内を忙しく動き回る。
全ての冒険者ギルドでアイテムを共有できるアイテムボックスがあるように、何処かの冒険者ギルドでサブスクへの申し込みがあれば、すぐに報せと共に申請の書類が来るというのだから、魔法か何か知らないが冒険者ギルドのネットワークはたいしたものである。
そんなわけで今日の俺は、何処かで締結された新規契約者の承認のサイン、サービスを継続利用してくれている顧客の管理と手違いがないかの確認作業、そして使用されたポーションの確認と冒険者ギルドへの支払いの確認とサインをひたすら行っていた。
聞くだけならたいした仕事はしていないように思うかもしれないが、如何せんその数が多い。
ミーヌ村だけの時は最高で二百人余りの確認作業だけで済んだのだが、この日は既に百人以上の新規申込の対応に追われていた。
しかも書いてある文字は、この世界の文字だ。いくら『異世界安心・安全セット』によって識字できるといっても、日本語を読むとは理解度にかなりの差がある。
結果、どうしてもスムーズに処理することが難しく、思った以上に消耗させられていた。
「……ふぅ」
どうにか渡された書類を片付けた俺は、手早く周りに指示を飛ばしているクオンさんに声をかける。
「クオンさん、次はありますか?」
「ありがとうございます。でしたら少しの間休んでください」
「えっ、ですが……」
「申請はまだまだありますから、休める時に休んでおいてください」
「……はい」
クオンさんの容赦ない一言に俺は小さく息を吐くと、小休憩を取るためにカウンターを出て酒場のテーブルに腰かける。
「はぁ……」
「ハジメさま」
「ぷるるっ」
椅子の背もたれに体重を預けると同時に、俺の膝の上に灰色の毛玉と透明な水玉が乗って来る。
「凄いクマ、大盛況クマね」
「ぷるぷるっ」
そう言いながらラックは俺の肩をもみ、プルルは触手を伸ばして額を冷やしてくれる。
「ああ、ありがとう。気持ちいい……」
疲れた体を癒してくれる二匹に、感謝しながら身を委ねる。
「ハジメさん、お疲れ様です」
すると、ラックたちを連れて様子を見に来たアリシアさんが話しかけてくる。
「新しいサービス、初日から盛況ですね」
「アハハ……俺も正直、驚いている」
「でも、どうしてサービス開始と同時にこんなに申し込みが来たのでしょう」
「ああ、それはね……」
ラックたちに「もういいよ」と声かけて居住まいを正しながら、一枚の用紙を取り出す。
「おそらくこれのお蔭だと思うよ。これを冒険者ギルドに置かせてもらってる」
「えっと……ミリアちゃんも使っている、新しいポーションのサービスを手に入れよう。プランB契約者の先着千名様に、ミリアちゃんとの会談&握手券が付いてくる……って何ですかこれ?」
「今人気のアイドル冒険者のミリアちゃんだよ。知らない?」
「知らないです」
「うん、実は俺も知らない」
その言葉にガクッ、と肩から崩れるアリシアさんを見ながら、俺は今回の戦略について話す。
「新たに事業を展開するにあたって、今回は販促に重点を置くことにしたんだ」
「はんそく……」
「販売促進、簡単に言うとサービスをより多くの人に知ってもらうために、大々的にアプローチして購買意欲を高めることだよ」
マーケティング戦略において重要な要素は数多くあるが、いかに多くの人に知ってもらうかというのは、初動においてはとても重要なファクターだ。
ミーヌ村の時もそうだが、ポーションを使ったサブスクリプションサービスは前例のない事業なだけに、多くの人に知ってもらうことができても、二の足を踏む人は多いだろう。
そこで今回とった戦略は、インフルエンサーによる宣伝と、追加費用の要らない特別な付加価値を付けることだ。
「というわけで影響力がある人は誰かいないかと、ファルコに相談したところ……」
「そのミリアちゃんが出てきたと?」
「うん、可愛いのにとんでもなく強いから、男女関係なく多くのファンがいるってさ」
しかもこのミリアちゃん、まだ無名だったころにファルコが目を付け、スポンサーとして成長の後押しをしたこともあり、奴の要請に二つ返事でオッケーを出してくれたという。
「そんなわけで、プランBへ申し込むと噂のミリアちゃんに相談に乗ってもらい、握手までしてもらえると……」
「応募が殺到しているわけですね?」
「そういうこと」
人気のある人に宣伝をお願いできないかとファルコに協力を仰いだが、まさかここまで影響力がある人を抱えているとは思わなかった。
この特典は先着千名とのことなので、仮に全て埋まることがあれば、それだけで金貨五千枚の大きな収入となる。
実際はそこから冒険者たちが使ったポーションの代金が差し引かれるので、丸々収入になるわけではないが、毎月その額が保証されるだけでも運用がかなり楽になる。
ミリアちゃんとの会談についてはラファール商会に一存しているので、こちらから特に何かをすることはないが、いつか噂のアイドル冒険者に礼を言わなければと思っていた。
「さて……」
十分に休ませてもらった俺は、大きく伸びをして立ち上がる。
「そろそろ仕事に戻るよ」
「はいクマ、ハジメさま頑張るクマよ」
「ぷるるっ!」
「うん、ありがとう」
俺は応援してくれるラックとプルルにそれぞれハグをして頭を撫でると、再びクエストカウンターの中へと戻っていった。