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騙された上に騙された末の借金

 ショックで暫し呆然としていたが、何時までも項垂れている場合ではないので、立ち上がってエカテリーナ様へと話しかける。


「……えっと、とにかく無事でよかったです」

「わたくしの方も礼を言わせて下さい。ハジメのお蔭で、枕を涙で濡らさずにすみました」

「そ、そうですか……」


 エカテリーナ様から思わず見惚れるような笑顔を向けられ、俺は年甲斐もなくドキリとするのを自覚する。


 この笑顔を守ることができただけでも、来た甲斐があっただろう。


 だが、何時までもデレデレしている場合ではないと表情を引き締めた俺は、エカテリーナ様に気になったことを質問する。


「エカテリーナ様、少し聞きましたが借金の契約は騙されたそうですね?」

「ええ、今思い返せば実に馬鹿な話ですわ」


 当時を思い出したのか、エカテリーナ様はかぶりを振って肩で大きく嘆息する。


「融資の受け取り用紙が二枚重なっていて、サインが下にまで写るようになっていたのですわ」

「確認を怠ってしまったんですね」

「あの人は人を疑うことを知りませんから、グリードからしたら格好の獲物でしたでしょうね。しかも支援金は金貨五万枚だったのに、借入金は二十万枚に増えていたのです」

「それはまた……」


 話を聞くだけでも光の御子様は、詐欺師にとってはいい標的になっただろうと思う。


 ただ、騙される方も悪いとは思うが、そんな無茶な要求がまかり通るほど、司法は甘くないような気がする。


「あの……ちなみにですが、騙されて背負わされた借金ならば、しかるべき機関に訴えてどうにかなったりしないのでしょうか?」

「勿論、すぐに教会に提訴いたしましたわ。この街の教会にいた牧師は、名のある方でしたのでどうにかしてくれると思っていました」

「ということは、駄目だったんですね」

「ええ、だってその方、裏でグリードと繋がっていたのですもの」

「ええっ、マジすか!?」


 思わず若者みたいな言葉遣いになってしまうほど、驚きが隠せなかった。


 何故ならこの街の教会は、光の御子様ご執心の聖女様が建てた権威ある立派な教会であり、当然ながら勤める人もそれに相応しい立派な人物だったはずである。


 だが、宗教に興味がないエカテリーナ様でも知っていた名のある牧師は、最悪の人間と手を組んでいたようだ。


「後でわかったことですが、教会で保護された孤児や職を失った人も、グリードの手によって……」

「そう……ですか」


 アリシアさんによると、グリードは裏で奴隷商を営んでいるということだから、教会に助けを求めた人の末路は考えるまでもないだろう。


「教会が裏で糸を引いていることが発覚してから急いで牧師を捕えようとしました。ですが、わたくしたちが動くのを察知したのか牧師は忽然と姿を消して……」

「後任として、あの冴えない人が来たんですね」

「ええ、ならば何か証拠はないかと教会を壊したのですが、見つけたのは数枚の書類だけでしたわ」

「紙ですか……ちなみにそれを見せてもらうことは?」

「構いませんわ。後で持ってこさせますわ」


 頷くエカテリーナ様であったが、表情を見る限りたいしたことは書いてなかったのだろう。

 それに、牧師の不正がつまびらかになったところで借金が減るわけではないし、何なら借金まみれの地方領主の言うことなど無理矢理封じ込めるような手の一つや二つ、既に講じている可能性もある。


 それにしても、聞けば聞くほど酷い話である。


 世間では聖人君子と名高い光の御子を追い出した極悪令嬢と呼ばれるエカテリーナ様であるが、その実は無能でお人好し、さらには他の女に現を抜かす裏切り者の許嫁の所為で、悪党や詐欺師の標的にされて全てを奪われた悲劇の領主だ。


 まだ二十歳そこらのエカテリーナ様にとって、今日までの日々はどれだけ辛かっただろうか。

 周囲から悪く言われても屈することなく、気丈に振る舞って街の人にも報せることなく僅かな戦力で悪と戦ってきたのだ。


「……どうして、逃げなかったのですか?」


 エカテリーナ様の話を聞いた俺は、思わず気になった疑問が漏れ出ていた。


「何もかも捨てて逃げ出すことだってできたはずです。今回だって、自分の身体を差し出さなくても、もっと別の方法で……例えば町の人から無理矢理お金を徴収することでも切り抜けることだってできたはずです」

「そんなの、決まっていますわ」


 俺の疑問に、エカテリーナ様は豊かな胸を持ち上げるように腕を組んで不敵に笑ってみせる。


「それはわたくしがこの街で生まれ、亡き両親から全権を受け継いだ領主だからですわ。領主の務めは民を守ること。街を守るために民を蔑ろにするのは本末転倒ですわ」

「そのためなら、自分を犠牲にすることも」

「厭いませんわ。わたくしはこの街を……街に住む全ての民を愛していますの。例え破滅しようとも最後のその時まで、領主として民と共にありたいと思っていますわ」

「そう……ですか」


 エカテリーナ様と同じだけの覚悟があるかと問われると、俺にそこまでの覚悟はない。


「それよりもハジメ、あなたの方こそ正気ですの?」

「……えっ?」

「この短期間で最高級のポーションまで作れるようになったのは驚きましたが、街の借金を一人で肩代わりするなど、いくら何でも無茶が過ぎますわ」


 呆れたように眦を下げるエカテリーナ様であるが、その表情は今まで見たことがないくらい優しかった。


「今日はハジメの気転で助かりましたが、次はありませんわ。無茶な真似は辞めて、あなただけはお仲間と一緒にミーヌ村辺りに避難なさい」

「……いえ、俺も逃げませんよ」


 エカテリーナ様からの提案に、俺は反射的に否定の言葉を口にしていた。


 俺にはエカテリーナ様のような気概なんてない。

 だが、自分より一回りも年下の、女性の気高い生き様を目の当たりにして、その笑顔を守りたいと思ってしまった。


 せっかく異世界に来たのだから、年甲斐もなく悪足掻きをしてみたくなった。


「確かに金貨二十万枚は大変ですが、今やっている事業の拡大が上手くいけば無理ではないと思っています」

「…………信じてよろしいですの?」

「ええ、大船に乗ったつもりでいて下さい。残る期間でどうにかしてみせます」

「ありがとうございます。ハジメ、この世界に来たのがあなたでよかった」


 エカテリーナ様は深々と一礼した後、優雅にニコリと笑う。


「では、目標を達成した暁には、何か褒美を差し上げないといけませんわね」

「褒美……」

「ええ、なんでも……と言いたいですが、生憎と差し上げられるのは、わたくしの貞操ぐらいですが」

「えっ? いやいや、そんな畏れ多いですって!」

「……わたくしの身体では不満ですの?」

「そういうことじゃなくてですね。恋愛はもっと自由に……あっ、そうだ!」


 その時、まるで天啓を受けたかのような妙案が思い付く。


「じゃあ、この街を救った暁には、あることをしてもらってもいいですか?」


 そう前置きして俺は、エカテリーナ様にあるお願いをした。

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