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おじさんのカッコつけどころ

 ※


 老執事のアシストを得ながら立ち塞がる人たちを押し退け、俺はエカテリーナ様がいるという部屋へと飛び込む。


「エカテリーナ様!」


 勢いよく扉を開いた俺の目に、部屋の奥で高そうな椅子に座ってふんぞり返っているグリードの姿が映る。

 相変わらずムカつく顔をしている……などと思いながら、エカテリーナ様の姿を探して、


「どうわっ!?」


 目に飛び込んで来た光景に、俺は全力で顔を背ける。


 ほんの一瞬ではあったが、エカテリーナ様のあられもない姿を見てしまった。


 普段から露出の多いドレスを着こなしているので、エカテリーナ様がモデル顔負けのスタイルの持ち主であるのは知っていたが、シミ一つない陶器のような白い肌は、芸術作品かと思うほど美しいと思った。


「……ハジメ?」


 思わず前屈みになりそうになるのを必死に耐えていると、背後からエカテリーナ様の控えめな声が聞こえてくる。


「どうしてお前がここに?」

「そ、その、エカテリーナ様が心配になって……助けに来たんですけど……」

「助けに……わたくしを?」

「はい、勿論無策で来たわけじゃないので、この場は俺に任せてもらえませんか?」

「……わかりました。この場はハジメにお任せしますわ」

「お任せを下さい」


 エカテリーナ様に背を向けたまま、俺は頷いてみせる。

 後は未だに早鐘を打つ心臓をどうにか落ち着けようと思っていると、


「ところでハジメ、どうしてわたくしにずっと背を向けているのですか?」

「ど、どうしてって……」


 どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろうと思うが、聞かれた以上は正直に答えることにする。


「その……エカテリーナ様の裸が美し過ぎて、直視できないんです!」

「えっ?」

「ただでさえ綺麗なエカテリーナ様が、一糸纏わぬ姿でいると思うだけでドキドキが止まらないんです。おじさんには刺激が強過ぎるので、早く服を着て下さい!」

「……そう、フフッ」


 辱めを受けていたはずなのに、エカテリーナ様はどうしてか笑い出す。

 笑い出した意図はわからないが、大事には至っていなかったことに安堵しながら、俺は続けて入って来た老執事に、手振りでエカテリーナ様のことをお願いする。


 無言で頷いた老執事がエカテリーナ様に向かうのを確認した俺は、明らかに不機嫌な様子でこちらを見ているグリードへと向き直る。


「よう、また会ったな」

「……おい、さっきとは随分態度が違うんじゃないのか?」

「別にもう取り繕う必要もなくなったからな」


 額に青筋を浮かべているグリードに、俺はシニカルな笑みを浮かべて肩を竦めてみせる。


「とりあえず、お前が問答無用で襲いかかるような畜生じゃなくてよかったよ」


 もし、既にグリードがエカテリーナ様を押し倒して無理矢理ことをしている最中だったら、ここまで冷静にいられたかどうかわからない。


 おそらく執拗にいたぶり、尊厳を踏みにじって散々辱めた後、全てを容赦なく奪うつもりだったのだろう。

 そんな悪趣味極まりない志向のお蔭で、エカテリーナ様の貞操が無事でいられたのだから、今だけは感謝しておこう。


 俺は背負っていた木箱を下ろすと、今にも飛びかかって来そうなグリードの前に置く。


「さて、それじゃあ交渉をはじめようか」

「何が交渉だ。お前の話を聞いてやる筋合など……」

「俺がこの街の借金を全額肩代わりすると言ってもか?」

「……何?」


 片眉を吊り上げるグリードに、俺は木箱を開けて中に入っている物を取り出す。


「ここに俺が作った最高級のポーションが十本ある。それとこっちの袋には金貨百枚が入っている。これで今月の利子は足りるはずだ」

「な、何だと!? お前のような若造に、最高級のポーションが作れるはず……」

「嘘かどうかは試してみればいいだろ? この屋敷にはポーションを鑑定できるアイテムがあるはずだ」

「……チッ、おい、鑑定道具を持ってこい! 今すぐだ!」


 グリードが大声で呼びかけると、


「ここにございます」


 エカテリーナ様に服を着せていた老執事が、懐から虫眼鏡のようなアイテムを取り出してグリードに渡す。


「正真正銘、冒険者ギルドでも使われている一品です。どうぞお納めください」

「……フン」


 丁重に差し出されたアイテムを受け取ったグリードは、木箱から瓶を取り出して虫眼鏡で覗き込む。


「なっ……ま、まさか!?」


 鑑定結果を見たグリードは、続けて二本、三本と虫眼鏡を掲げてその度に目を見開いていく。


「ほ、本当に最高級のポーションじゃないか! こ、こんな若造が……」

「どうだ。少しは俺の話を聞く気になっただろう?」


 続けて袋を開いて中の金貨を数えているグリードに、俺は強気に話しかける。


「俺はそれ以外にも、ポーションを使った事業も展開している。その金貨は売り上げの一部だが、資産は既にその何倍も持ってるぜ」


 実際は冒険者ギルドへのポーションの支払いもあるので、そこまで沢山の資産があるわけではないが、こういう交渉は強気に出ることが大切だ。


「契約者はどんどん伸びて、近日中にはさらに事業を拡大する計画もある。収入も今の何倍にもなるから期日までに耳を揃えて返してやるぜ」

「…………ほう」


 俺の強気な発言を聞いたグリードは、値踏みするように睨んでくるので、こちらも負けまいと睨み返す。


「…………」

「…………」


 俺たちはそのまま無言で睨み合う。

 きっとマンガとかアニメなら、俺たちの間に火花が散っているだろう。


 目を逸らしたら負けの意地の張り合いを続けていると、


「……いいだろう」


 先にグリードが根負けして目を逸らす。


「そこまで言うなら、今日のところは引いてやる」

「それじゃあ……」

「ああ、ただし期日までに返済できなければ、その時はこの街の全てを俺に……お前は俺専用の錬金術師として、死ぬまで使い潰してやるからな」

「上等……いいですね?」


 そう言ってエカテリーナ様の方へと目を向けると、すっかりいつもの姿に戻った彼女が力強く頷く。


「構いませんわ。わたくしも同じ覚悟でいますから」

「ありがとうございます」


 エカテリーナ様の了承をもらった俺は、いけ好かない白スーツのあいつを真似て不敵に笑ってみせる。


「というわけだ。利子も含めてきっちり返してやるから覚悟しな」

「フン、その強がりが何時まで持つか楽しみだな」


 グリードは木箱に蓋をすると「フン」と鼻を鳴らす。


「言っておくが期限は後三ヶ月だ。それまでに利子を含めて金貨二十万枚、きっちり用意しておけよ」

「……えっ、いくらだって?」

「金貨二十万枚だ。この俺に喧嘩を売ったんだ。銅貨一枚たりとも負けないし、期日を一日でも過ぎたら全て奪い尽くしてやるからな」


 グリードは吐き捨てるように言うと、老執事たちに「木箱を運び出しておけ」と命令して、ドスドスと足音を響かせながら去っていく。



「…………」


 グリードが去っていく音を聞きながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。


「き、金貨二十万枚って……マジ?」


 てっきり金貨数万枚と思っていた俺は、予想を遥かに超える借金の額に思わず頭を抱えてその場に蹲った。

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