悪徳商人
冒険者ギルドを後にした俺は、アリシアさんの手を取ったまま早歩きで歩き続ける。
とりあえず何処か人のいないところ、落ち着いた場所でアリシアさんに色々と聞きたいと思っていた。
本当はラックたちもいるオリガさんのところに行こうと思ったが、あそこは後でグリードが来るとわかっているので今は避けた方がいいと思う。
こうなると残る選択肢は……、
「アリシアさん、よかったらこの後、俺の工房に来ない?」
「ハジメさんの?」
「ああ、いや、他意はないよ。それにオリガさんのところは、後であいつが来るかもしれないだろう?」
我ながら卑怯な言い回しだと思ったが、他に適当な場所が思い付かないのだから仕方ない。
女の子を誘うための文句としては、中々に最悪なものであったが、
「……わかりました」
顔を上げたアリシアさんが小さく頷く。
「さっきのこと、ハジメさんも知りたいですよね?」
「うん、話してもらえる?」
「…………はい」
どうにか頷いてくれたが、まだ恐怖が残っているのかアリシアさんの肩は小さく震えていた。
「…………」
少し悩んだが、俺は思い切って手を伸ばしてアリシアさんの手を取る。
「……あっ」
「大丈夫だから、頼りないおじさんだけど、何があってもアリシアさんを裏切るような真似だけはしないから」
そう言って笑ってみせると、アリシアさんは小さく吹き出す。
「はい、私もハジメさんのことは信じていますから」
笑顔を見せてくれたアリシアさんは、繋いだ手をしっかり握り返してくれる。
「ありがとう」
アリシアさんからの期待に応えるためにも、しっかり話を聞いて自分のすべきことを見定めようと思った。
工房に戻った俺は、二人分のお茶を淹れてちょこんとしおらしく座っているアリシアさんに差し出す。
「はい、あまり上手に淹れられてないけど、温まることはできるから」
「あ、ありがとうございます」
カップを受け取ったアリシアさんは「ふぅ、ふぅ」と少し冷ましてから口を付ける。
「甘い……ハジメさん、充分おいしく淹れられてますよ」
「そう、よかった」
テーブルを挟んでアリシアさんの正面に座った俺は、自分で淹れたお茶を口にする。
「うん、確かに今日は上手くいったかもね」
砂糖たっぷりの甘味の向こう側に、仄かに感じる芳醇な香りを堪能しながら、俺は静かに本題を切り出す。
「それで、アリシアさん……」
「グリード様への借金、ですね?」
「うん、聞いてもいいかな? 特に返済期限とか言ってたけど……」
「はい、元々はパーン様がグリード様にかなりの支援を受けていたそうなんですが、エカテリーナ様に追放された途端、あれは支援じゃなくて借金だと言ってきて……」
「それをエカテリーナ様は飲んだの?」
「はい、教会が仲介に入った正式な書類を持って来られたそうです……パーン様と聖女様の署名もあったそうです」
そしてその中に借金の期限までに返済がなされなければ、クライスの全権をグリードへ譲渡するという一文があったという。
おそらく光の御子様が契約書をよく読まなかったのか、用紙に何かしらの仕掛けがあったのかわからないが……、
「よくある詐欺の手法だね」
「おばあちゃんもそう言ってました。ただ、契約書がある以上は逆らえないって……」
「そう……か」
推測でしかないが、光の御子様はかなりのお人好しであると同時に、どうしようもないほど無知で純粋、おそらく人を疑うことを知らないのだろう。
契約書を直接見たことがないので何とも言えないが、きっとグリードは光の御子様から搾れるだけ搾り取って、後で手のひら返しをするつもりだったのだろう。
「後、グリード様は、表向きは販路を拡大する流通業を生業としています」
「ということは、裏の顔があるんだね?」
「はい、裏では人を売り買いする奴隷商人をしているそうです」
アリシアさんによると、グリードに借金を背負わされた人は奴隷として知れない土地に売られ、そのまま帰らぬ人になるという。
「話し合いの末、街を守るためにエカテリーナ様とウォルターさん、そしておばあちゃんの三人でパーン様の借金を肩代わりすることになったんです」
「なるほどね……」
危機的状況にあるにも拘らず街の人に悲壮感がないのは、借金のことを街の三役の間で止めているからというわけだ。
クオンさんのような冒険者ギルドの人たちや、エカテリーナ様の屋敷に勤めている人は知っているだろうが、混乱に陥るようなことをわざわざ言う厄介な人はいないのだろう。
「借金についてはわかったけど、返済期限は近いの?」
「ごめんなさい、それについてはわからないです。ただ、今日のグリード様はいつも以上に強引でした。何か悪いことが起きないといいのですが……」
「悪いこと……」
そう言われて思い付くのは、別れ際にグリードが放った一言だ。
生意気な小娘で愉しむと言っていたが、グリードが関わるのが街の三役、エカテリーナ様、ウォルターさんとオリガさんだけとしたらそれが誰を差すのかは考えるまでもない。
あの手の人間が女性相手に愉しむと言ったら、考えられる可能性は多くない。
「…………」
俺が行って何かができるとは思えない。
だが、知ってしまった以上、このまま黙っているのはとても目覚めが悪かった。
「アリシアさん……」
誘っておいてこんなことを言うのは非常に心苦しいのだが、俺は正直にアリシアさんに思いの丈をぶつける。
「その、本当に申し訳ないんだけど……」
「エカテリーナ様のところに行くんですね?」
俺の答えを予期していたように、アリシアさんが小さな声で話す。
「グリード様の最期の言葉を聞いた時から、ハジメさんなら行くだろうと思っていました」
「……ゴメン」
「謝らないでください」
アリシアさんはかぶりを振ると、思わずドキリとするような優し気な微笑を浮かべて俺の手に自分の手を重ねる。
「そういうハジメさんの優しいところ、本当に素敵だと思います」
「そ、そうかな?」
「はい、ですからエカテリーナ様にも優しくしてあげてください」
「うん、ありがとう」
俺は頷くと、アリシアさんに借金について知っていることを聞き、必要な物を持ってエカテリーナ様の屋敷へと向かう。