順調な滑り出しからのステップアップへ
ポーションを使ったミーヌ村へのサブスクリプションサービスの提供は、村への影響が大きいファルコの助力もあり、順調なスタートを切ることができた。
これも全て、予告通りたった二日でクライスの中にあった空き家を改装して、ラファール商会の分社を作ったファルコの手腕が大きかった。
契約者も月を追うごとに増えていき、マイクさんや鉱員たち現場の話を聞いてプランを改善していったこともあり、ミーヌ村の殆どの鉱員と契約を結ぶことができた。
高額なプランBへ移行する人も徐々に増え、月の売り上げも伸びていって開始から三ヶ月で金貨百枚近くのプラス収支を出すことができた。
他にもファルコが予見していた通り、クオンさんの力に助けられたことも大きかった。
ポーションの荷運びはラファール商会に一任しているが、それ以外の契約や誰がどのようにポーションを使ったかの顧客管理は俺の仕事だ。
だが、この顧客管理が思った以上に大変で、契約人数が少ない時は問題なかったが、契約者数が百を超えたあたりから徐々に時間的余裕がなくなっていった。
そんな時、クオンさんから効率的な台帳の作成と管理の仕方を教えてもらい、さらには事業が安定して人を雇う余裕ができるまで助っ人として働いてもらうことになった。
ギルド職員としての仕事も完璧にこなしつつ、俺の仕事の手伝いも難なくこなすクオンさんの事務処理能力は凄まじく、ファルコがわざわざ遠出をしてまでスカウトしたくなるのも納得だった。
こうして色々な人の助けもあって無事に事業開始から三ヶ月が経過し、俺の事業がギルドに正式に認められた。
会社の規模としてはまだまだ未成熟だが、残る期間で借金完済を目指すためにもそろそろ次のステップに進むべきだろう。
その最初の一歩として、俺はある人物を冒険者ギルドの酒場でランチに誘っていた。
「ふえっ!? ふゎ、ははひに?」
口いっぱいにロールキャベツを食べていたアリシアさんは、目を大きく見開いて口元を隠す。
「ゆっくり、食べ終えていいからね」
「…………」
俺の言葉に頷いたアリシアさんは、しっかりと咀嚼して飲み込むと、口元に付いた赤い色のソースを拭き取って話す。
「わ、私なんかでいいんですか?」
「うん、やっぱり現場にいる人に意見を出して欲しいんだ」
頷いた俺は、改めてアリシアさんにお願いしたいことを説明する。
「そろそろ冒険者の人たちにもサービスを提供したいと思ってるんだ。そこでアリシアさんには、モニターとしてサービスを体験してもらって改善案を出してもらいたいんだ」
「うぅ……それって、私の意見でハジメさんの将来が決まるってことですよね?」
「ハハハ、そこまで大袈裟に考えなくても大丈夫だよ」
不安そうに皿に視線を落とすアリシアさんに、俺は安心させるように笑いかける。
「心配しなくても最終的な判断はこっちで判断するから大丈夫だよ。ただ、現場の人の意見を聞きたいんだ」
「そう言われましても、何を言えばいいのか……」
「そうだね。ポーションの使い方一つにしても、冒険者は結構違うと思うんだ」
そう言って俺は、想定している改善案を示す。
「例えば今はポーションを受け取る時は、ラファール商会からの定期便を利用するしかないけど、それじゃあ冒険者では遅い時があるでしょ?」
「そうですね。大怪我した時にすぐにポーションが使えれば、助かる可能性は飛躍的に上がると思います」
「だけどクエストに出る度にポーションを買っていったら、赤字になってしまう」
「そ、そうですそうです! だからついケチって後で後悔するんですよね……あっ!?」
アリシアさんは何かに気付いたように顔を上げてパン、と手を打つ。
「つまり、そういうことをハジメさんに伝えればいいんですよね?」
「そういうこと、後は他の冒険者の方にも、こんなのがあったらいいなという意見があったら聞いてもらいたいんだ」
「聞くだけでいいんですか?」
「うん、とにかく幅広い人から意見を聞いておきたいんだ。やっぱり鉱員と冒険者では、ポーションの使い道は違うはずだからね」
マーケティングにおいて何より大事なのは、顧客が求めることを正確に読み取ってニーズに合った商品を用意することだ。
当然ながら顧客第一でプランを考えるのだが、どうしてもこちらと現場では考えに齟齬が生まれる。
その溝を埋めるためには、こちらが現場に赴いて体験するのが一番だが……流石に体力の衰えも厳しい中年のオッサンが、冒険者としてクエストに参加するのは無理がある。
故に妥協案として、ほぼ身内と言っても過言ではないアリシアさんにサービスを体験してもらって、自由に案を出してもらおうというわけだ。
「ポーション代は全部こっちで持つし、追加で報酬も払うから……お願いできないかな?」
「わかりました」
アリシアさんはこっくりと頷くと、手にしたフォークを残っているロールキャベツに突き立てる。
「言っておきますけど私、結構わがままでビシバシ言いたいことを言いますよ?」
「だろうね」
「えっ?」
「あっ、いや、何でもないよ」
容赦のないオリガさんの血を引いているからアリシアさんも……何て思わず考えてしまったが、それは彼女に失礼だろう。
俺は「コホン」と咳払いをして誤魔化すと、アリシアさんに改めて確認する。
「それじゃあ、ご飯を食べたら受付で契約をしてもらっていいかな?」
「はい、冒険者に広がるような立派な案にして、ハジメさんの借金も返せるといいですね」
「ハハハ、そうだね」
料金設定をどうするとか、クオンさんに頼ってしまっている事務処理をどうするとか、まだまだ詰めなければならないことは多いが、それでも色々と試せるぐらいには余裕ができた。
後は冒険者に認めてもらえるような、ちゃんとしたプランを用意したいところだ。
そんなことを思いながら、自分で注文したロールキャベツへと手を伸ばそうとすると、
「……あっ」
「ん?」
食後のお茶を飲んでいたアリシアさんが、彼女にしては珍しく不機嫌そうに顔をしかめるのを見えた。