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街の外はとってもキケン

 前述したが、この世界には街の外に人を襲う異形の魔物がいる。


 故に俺みたいに戦う術を持たない人間が外に出る際は護衛を雇うか、犬などの事前に危険を察知できる動物を連れ、接敵する前に全力で逃げるのかのどちらかだ。


 無一文で護衛を雇う余裕なんてないが、幸いにもアライグマであるラックの嗅覚はかなり優れており、万が一魔物が現れたらすぐにわかるということなので、俺はいつでも逃げられるように留意しながら素材採取をしていた。


「ハジメさま、見つかったクマ?」

「ああ、あったよ。ほら」


 周囲の様子を見ていてくれたラックに、俺は採取の成果を自慢するように、ヨモギに似た葉が大量に入った桶を見せてやる。


「たまたま薬草の群生地を見つけられてさ。ほら」

「わぁ、凄いクマ。流石はハジメさまクマ」

「いやいや、俺が凄いんじゃなくて、『なんでも鑑定』が凄いんだよ」


 危険を冒して外に出たところで、素材を見つけられないのでは話にならない。


 ポーションの材料になる薬草やニガニガ玉は生殖力が高く、比較的何処にでも生えているそうだが、それでも充分な量を採取するのは容易ではなく、似たような種類の雑草や毒草も少なくないので、素人が下手に手を出すと痛い目に遭うこともしばしばあるそうだ。


 だが、俺が一万円で手に入れた『なんでも鑑定』なら、遠目に見るだけで何処に何の草が生えているのか表示されるので、その中から薬草とニガニガ玉を探せばいいだけだった。


「この調子なら、今日で三日分の素材を手に入れられるかもだな」

「立派なポーションをたくさん作って、極悪令嬢をびっくりさせるクマ!」

「ハハハ、そうだね」


 気合十分のラックに笑みを零しながら、俺は立ち上がって周囲を見やる。


「……本当、綺麗だ」


 目の前に広がる光景に、俺は思わず感嘆の溜息をもらす。


 視界の端から端まで延々と続く茫漠たる草に、左右に蛇行しながら流れる大きな河、奥には鬱蒼と生い茂る深い森にいくつもの連なる稜線、見上げる空は透き通っているかのように青く、雲も何だかいつも見る雲より白いような気がする。


 肌を撫でる心地よい風に乗って吸い込む空気は、普段吸っていた空気と比べて明らかにおいしく、俺は異世界の空気を確かめるように何度も深呼吸を繰り返す。


「こんな綺麗なところに、魔物がいるなんて信じられないな」

「本当はこの辺に魔物なんていなかったクマ」


 大きな岩の上に爪音を立てて登ったラックは、彼方を見やりながら寂しそうに呟く。


「パーン様が統治していた頃は、魔物の討伐も盛んに行われていたから、みんな安全に過ごせていたクマ」

「その人ってエカテリーナ様に追い出された元婚約者だっけ? 光の御子とか呼ばれた」

「そうクマ。パーン様は本当に立派なお方だったクマ!」


 実際に会ったことがあるのか、ラックは興奮したように「フンフン」と鼻息を荒くさせる。


「パーン様は何よりも自由を重んじるお方で、奴隷制度を廃し、誰でも自由に移動できるように国境を整備し、自由に職に就けるようにしたクマ」

「それって珍しいんだ?」

「そうクマよ。パーン様は理想のために、惜しみなく私財を投げうったクマ」

「それは、凄いな……」


 自分の理想のために私財を投資するというのは、中々できるものではない。

 それだけの施策を行使するのに幾らかかるのかは想像つかないが、少なくとも光の御子と呼ばれる人は、かなり立派な人だったようだ。


「他にもパーン様は無償の病院、教育機関の設立、孤児院や困っている人んにょ!?」

「んにょ?」


 いきなり語尾を「クマ」から「んにょ」へと変えるラックに、俺は訝し気に岩の上で立ち尽くすラックを見る。


「ひゃ、ひゃひゃ、ひゃじめしゃま! う、ううう……」

「ど、どうしたんだ……後ろか?」


 ラックが何を言っているかさっぱりわからないが、必死に俺の背後を指差しているように見えたので振り返ってみる。


「――いひっ!?」


 背後を見た途端、今まで出したことがないような変な悲鳴が俺の口から漏れる。


 それはかつてない恐怖を覚えたことによる、本能から漏れ出た言葉だった。


 いつの間に現れたのかわからないが、俺の眼前にうねうねと身をくねらせる緑色の巨大なイモムシみたいな生物がいた。

 いくつも重なった円型の胴体の先には、うねうねと不気味に蠢く腹脚、さらに顔の部分にはぽっかり空いた丸い口に鋭い牙がびっしり生えているのが見えた。


「あ、あうあう……」


 混乱する頭をどうにか働かせながら、俺は手探りでラックへと手を伸ばして尋ねる。


「あ、あの……ラックさん、こ、こいつは?」

「こ、こいつはグリーンワームクマ!」

「グリーンワームクマ?」

「ち、違うクマ。グリーンワーム、クマよ! 目に入ったものなら何でも食べる魔物クマ!」

「ま、魔物って……ラックなら臭いでわかるんじゃなかったのか!?」


 何故? どうして? と問いかけるようにラックを見ると、灰色の毛玉は申し訳なさそうに両手を顔の前で擦り合わせる。


「グリーンワームは地中を移動するクマから、臭いがしなかったクマ」

「じゃ、じゃあどうするんだ?」

「そんなの決まってるクマ」


 俺の問いにラックは勢いよく岩から飛び降りると、一目散に駆け出す。


「……えっ?」


 唖然とする俺に、振り返ったラックが大声で叫ぶ。


「何をしてるクマ! ハジメさまも早く逃げるクマ!」

「――っ、ま、待って! 置いてかないでええええええええぇぇぇ!」


 本気の命の危機に全身から脂汗が浮かぶのを自覚した俺は、意外にすばしっこいラックの後を必至の形相で追いかける。



「ヒッ……ヒッ……つ、辛い……」


 十代の頃ならいざ知らず、運動とは無縁の生活を送って来た弊害か、三十過ぎのおっさんにはいきなりの全速力は辛い。


「何してるクマ! そんな足じゃグリーンワームに追いつかれるクマよ!」


 前を行くラックから叱咤激励が飛んでくるが、そんなことぐらいで足が速くなれば苦労はない。

 背後からはドタドタと地面を叩くような音が聞こえているので、俺を獲物と見定めたグリーンワームが追いかけているのだろう。


「はひっ……はひっ……」


 捕まれば死が待っているとしても、限界が近い足に鞭打つ体力すらもう残っていない。


「も、もうダメ……」


 体力の限界が来て、その場に倒れそうになると、


「頑張って! 倒れるなら、後三歩進んで倒れて下さい!」

「――っ!?」


 何処からともなく凛とした女性の叫び声が聞こえ、俺はその声に従って三歩進んだところで前へと倒れる。


 すると、


「よく頑張りました。上出来です!」


 褒め言葉と同時に倒れた俺の上を、風と共に黒い影が通り過ぎる。



「はああぁ!」


 気合の雄叫びと共に再び風が吹いたかと思うと、暫くしてドサッ、と重そうな何かが地面に倒れる音がする。

 だが、まだ立てるほど体力が回復していない俺は、後ろを振り返る余裕はない。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸を繰り返しながら少しでも体力を回復しようと努めていると、白くて細い手が視界に飛び込んで来る。


「災難でしたね。大丈夫でしたか?」

「えっ、あっ……ど、どうも」


 息も絶え絶えながらどうにか振り返って手を取ると、


「…………」


 目の前に立つ人物を見て、俺は思わず言葉を失う。


 俺の目に、真夏の空を思わせる見事なブルーの髪色をした美少女が映っていた。

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