例え偽善と言われても
それからファルコの隣に座って新種の荷馬車の調子を確かめてみたが、俺が乗って来た荷馬車とは明らかに揺れが小さく、尻と腰への負担は雲泥の差だった。
「どうだ。これなら問題なくポーションを運べるだろ?」
「ああ、間違いない」
実際に持って来たポーションの木箱を一つ乗せているが、蓋を開けていても中身は殆ど動いておらず、大きな石や木に乗り上げるような真似さえしなければ、事故なく運ぶことができそうだった。
「これで輸送は問題なさそうだが、本当に輸送関係は全て任せていいのか?」
「構わない。ハジメの事業が拡大すれば儲けは出るし、他にもメリットはある」
「他にも?」
「クライス進出への足掛かりだよ。あの街と取引できるようになれば、我がラファール商会のさらなる発展になるからな」
「なるほどね」
多少の赤字を背負ってでも、クライスの街との関係を作った方が後々のためになると踏んだわけか。
「あっ、もしかして前のアレもそうなのか?」
「ん?」
「前にクライスの冒険者ギルドで会っただろう? あれもクライスへの足掛かりの一環か?」
「ああ、あれは違うよ。受付のクオン嬢を口説きに行ってたんだよ」
「クオンさんを!?」
仕事の話かと思ったが、まさかの色恋沙汰だとは思わなかった。
「確かにクオンさんは美人だし、ファルコのが気になるのもわかるけどな」
「はあっ? まあ、確かにクオン嬢は美人だがそっちじゃねぇよ」
俺の邪推を、ファルコは呆れたように一笑に伏す。
「俺はとびきり優秀な人員をスカウトに来ただけだよ……まあ、すげなく断られたけどな」
「へぇ……」
確かに大勢いるギルド職員の統括から、多くの事務作業を滞りなく手際まで、クオンさんの仕事はとても丁寧で早い。
今回、俺が新たに事業を興すと決まってからも色々とアドバイスをしてくれたし、ミーヌ村の鉱員たちに見せる資料の作成まで手伝ってくれた。
クオンさんがいなければ、まだ資料作成をしていたかもしれないし、何ならギルドに提出する書類作成に追われていたかもしれない。
「言われてみれば、確かにクオンさんって凄い優秀だな」
「だろ? クオン嬢の前では、俺もハジメもただの凡骨に過ぎんよ」
「そ、そこまでなのか?」
「そこまでだよ。まあ、いずれクオン嬢も俺のものにしてみせるから、それまで彼女の優秀さを噛み締めながら手伝ってもらうといい」
「……そうさせてもらうよ」
ファルコにここまで言わせるクオンさんが身近にいることに感謝しながら、俺は行きよりもずいぶん楽になった荷馬車に揺れながら帰路へ着いた。
ファルコと共にクライスの冒険者ギルドへ訪れた時は大分驚かれたが、クオンさんはすぐに必要な手続きを行ってくれた。
「これで、明後日からいよいよ事業開始か……」
冒険者ギルドに後にした俺は、自分のギルド会員証を手にしてカードの表面をそっと撫でる。
すると、空中にホログラムのように文言が書かれた画面が現れる。
ここにはギルド会員証の詳細が書かれており、俺が興したポーションを使ったサブスクリプションサービスの詳細が書かれていた。
ここに書かれたことは誓約であり、決して破ることができない制約でもある。
特に事業に関して不義を働けば即座に会員証に刻まれ、罰を受けるだけでなく一生の傷として背負って生きて行くことになる。
「……上等だ」
こっちは既に一度失敗した身だ。
同じ轍を踏むつもりはないし、前の失敗があったからこそ活かせるものもある。
まずは三ヶ月、ギルドに新規事業として認めてもらうためにも誠実に、真摯に仕事に取り組んでいこうと思った。
「よう、ハジメ。こっちも終わったぜ」
俺の後に続いて、ファルコもギルド会員証を手に冒険者ギルドから出てくる。
「これで俺たちは一蓮托生だ。頼むから抜かるんじゃないぞ」
「わかってるよ。こっちだって色々と懸かっているんだ。錬金術師としての仕事もあるし、全力でやるだけだよ」
「フッ、お手並み拝見とさせてもらうよ」
それから俺たちは今後の仕事について簡単に打ち合わせをした後、今日は解散することにした。
再び新型の荷馬車に乗り込んだファルコを見送ろうとすると、
「ハジメ」
まだ話があるのか、神妙な顔をして話を切り出す。
「最後に一つ聞きたいことがある」
「何だよ、改まって」
急に真面目な顔をされると、何だか調子が狂うだろう。
思わずそんな皮肉が思い浮かんだが、ファルコは表情を崩すことなく静かに話し出す。
「事業が上手くいっていると思っていたら、実は誰かが無茶をしているだけとわかったらどうする?」
「どうするって……そんなの決まっているだろう」
その質問は、俺にとっては愚問だった。
「今すぐその無茶を止めさせる。俺は誰かの犠牲の上での成功なんていらない」
「それで、事業が失敗に終わっても?」
「それは俺の事業計画が間違っていただけだ。失敗を糧に何度だって這い上がるだけだ」
「そう……か」
俺の回答を聞いたファルコは「フッ」と小さく笑って肩の力を抜く。
「偽善者だな」
「何と言われようが構わない。生憎と一度失敗した身だからな。今回はとことん優良企業を貫き通すつもりさ」
あいつが裏切っていなくなった後の職場の悲惨さ、廃業までの過酷な日々と、残った社員や関係者にかけた迷惑を思えば、次こそは真っ当に事業を行いたいと思うのは至極当然だ。
「それに現状のまま満足するつもりもない。半年は改善策を練る余裕はあるから、錬金術師として技を磨きながらどんどん改善していくよ」
「フッ、そこまで意志が固いのなら俺から言うことは何もないよ」
ファルコは肩を竦めると、お手上げといったように両手を上げる。
「実際のところ、そこまで時間があるかどうかはわからんが、どうしようもなくなったら俺に相談しろ。話ぐらいなら聞いてやるよ」
「そうならないように努力するつもりだが……考えておくよ」
俺が了承の意を伝えると、ファルコは薄く笑って鞭を振るって馬車を走らせる。
「ではな、また会おう」
ファルコは片手を上げると、カラコロと軽妙な音を立てる馬車と共に去っていった。
「あいつ……」
去っていく荷馬車を見ながら、俺は先程のファルコの言葉を思い返していた。
「そこまで時間がないって……何かあるのか?」
ひょっとしたらファルコには、俺が知らない何かを知っているかもしれないし、あまりのんびり事を構えることは得策ではないのかもしれない。
だが、今は目の前の案件を……ミーヌ村へのサブスクリプションサービスを確実に執り行うための準備を万全にするために相棒たちが待つ工房へと急いだ。