革新的な技術
最高級のポーションの効果を目の当たりにしたことが大きかったようで、突然の依頼ではあったが、ポーションを使ったサブスクリプションサービスに五十名強もの人が契約を申し出てくれた。
値段が高いプランBに申し込みをしてくれたのは全部で五人、ファルコに命令されたマイクさんの他にも、鉱員たちを取りまとめている立場の人から三人の申し込みがあった。
そして五人目は、まさかのミーヌ村の村長であるルドさんだった。
元々俺の案に否定的ではなかったのは知っていたが、既に現役ではないルドさんが契約を申し出てくれるとは思わなかった。
しかもその理由が、
「俺が金を払うことで、助かる命があるならそれでいい」
何て男前の理由で、涙する鉱員たちと一緒に俺も感動していた。
料金も急ぐ俺たちのことを考慮して、ひとまずルドさんの蓄えから出してくれた。
何から何まで男前のルドさんに最大限の感謝をして、俺たちはミーヌ村を後にした。
「ふぅ……」
ジャラジャラと鳴る袋を荷馬車に積み込んだ俺は、流れて来た汗を拭ってほっと一息吐く。
「腰が……砕けそうだ」
「ハハハ、流石に大変でしたね」
俺が運んでいた袋よりサイズの大きな袋を運んでくれたアリシアさんも、肩をグルグル回しながら息を吐く。
「ところでこれ、後でもう一度数えるんですよね?」
「勿論、お金の管理はキッチリしないといけないからね」
そう言ってのける俺だったが、アリシアさんの気持ちもわからなくはない。
ルドさんの男気で全員分の金を払ってもらったのはいいが、支払いの全ては銀貨だったのだ。
理由は簡単、ミーヌ村は銀山で銀は豊富に取れるが、金は特別な支払いのために僅かに数枚ある程度なので、可能であるなら銀貨でというルドさんの願いを受けたのだ。
そんなわけで銀貨五枚のプランAの契約者四十数名、金貨二枚のプランBの契約者五名、合わせて千三百枚ほどの銀貨と、契約者の名簿を受け取ったわけだ。
ただ、正式な契約にはギルド会員証に登録する必要があるので、契約者たちには明後日までに一度クライスの街まで来てもらう必要がある。
この手間を省くことができればもっと契約者を増やせそうだっただけに、まだまだ改善点は多そうだ。
契約の方法について何かいい手はないかとあれこれ考えていると、俺の太ももに二つの小さな影が乗って来る。
「ハジメさま、帰る準備できたクマ」
「ぷるぷる」
「そうか、わかった」
プルルお気に入りの桶など忘れ物がないのを確認した俺は、マイクさんたちに挨拶をして御者台に声をかける。
「それじゃあ、アリシアさん。お願いできますか」
「はい、それじゃあ動きますよ」
アリシアさんに声をかけると、彼女は鞭を振るって馬に命令を出す。
カラコロと軽快な音を立てて馬車が動き出すが、暫くすると悪路の所為でガラガラと激しい音に変わり、荷馬車もガタガタと上下に揺れ出す。
「……これさえなければな」
また尻が痛くなってきたので、俺は腰を浮かしながら持って来た袋から銀貨が零れ落ちないように両手で支える。
「ハジメさま、ラックたちが支えるから休むクマ。プルル、いくクマよ」
「ぷるぅ」
ラックと触手を伸ばしたプルルが俺の代わりに袋を支えてくれるのを見て、その愛らしい姿に思わず笑みを零しながら二匹に袋をお願いする。
これから冒険者ギルドに戻って、もう一度袋の中身を数えることになるのだが……、
「それでファルコ」
俺と組むことになり、一緒にクライスに顔を出すことになった同行者に声をかける。
「せっかくだ。この中から報酬を持っていくか?」
「いや、遠慮しておくよ」
自分が乗って来た荷馬車の御者台に収まっているファルコは、握っていた手綱から手を離してヒラヒラと軽く振る。
「生憎と金貨一枚より重い物を持つつもりはないんでね。明日人を寄こすから、そいつに渡してくれ。勿論、銀貨は金貨に両替しておいてくれ」
「……あいよ」
ファルコからの要請に、俺は渋々ながら頷く。
相変わらず自分勝手だが、こんな奴でもこれから一緒に仕事をしていく仲だ。
「それよりファルコ、本当に大丈夫なんだろうな」
「輸送のことか?」
「ああ、知っての通り道中はご覧の有様だ。普通の馬車ではどうにもならんぞ」
「だから問題ないと言っているだろう。俺の顔を見てわからないのか?」
「顔……」
そう言われても、常に人を見下したように嘲笑しているとしか思えないファルコの顔ぐらいしか……、
「あっ!?」
そこで俺は、ある事実に気付いて目を大きく見開く。
「何だかそっちの馬車、揺れが少なくないか?」
「ようやく気付いたか。クライスに着くまで気付かないんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」
「ど、どういうことだ?」
「乗ってみるかい?」
そう言われたら、真実を確かめずにはいられない。
俺はアリシアさんにお願いして荷馬車を止めてもらうと、すぐ隣で止まったファルコの馬車へと移動する。
造りとしては俺たちが乗っている荷馬車と同じ、リヤカーのような形の荷台に御者台を取って付けたようなものだが、果たして何が違うのか。
その違いは、荷馬車に乗り込む最初の一歩で気付く。
「これは……」
荷馬車へと足をかけた途端、荷台が大きく沈んだのだ。
「まさか、サスペンションが付いているのか!?」
「さ、さす……何だって?」
「サスペンションだよ。簡単に言うと、大きく歪むことで衝撃を逃がす装置のことだ」
まさかこの世界にもサスペンションがあったのかと思った俺は、馬車から降りて荷台の下を覗き込む。
てっきり車輪にサスペンションが付いているのかと思われたが、
「…………ない」
車輪の周りにはよく見たバネのような形状のものも、ショックアブソーバーのような特別な装置が付いているわけでもなかった。
「おい、ファルコ。これはどういう仕掛けで地面からの衝撃を吸収しているんだ?」
「さあ?」
「さあ? って……」
仕掛けも何もわかってないで、荷馬車に乗っているのかよ。
呆れる俺に、ファルコは肩を竦めてみせる。
「別に仕組みなんてどうでもいいだろう? 大事なのは、キチンと仕事をするかどうかだ」
「そりゃそうだけど……そもそもどうやって手に入れたんだ? それも例の直感か?」
「ああ、ぐにゃぐにゃ曲がる全く売れない変な馬車を作っている奴がいるって聞いてね。話を聞いたら面白そうだったから出資したんだよ」
「なるほど……」
そう言われてよく見れば、車輪の方には何も仕掛けはないが、荷台が二重構造になって僅かに浮いていることに気付く。
おそらく、この隙間にバネのような仕掛けがあり、それによって衝撃が吸収されるのだと思う。
使っている素材も俺が乗って来た荷馬車と比べて大きくしなるところを見ると、他にも何かしらの秘密がありそうだ。
「これは……凄いな」
「だろ? 造った奴も常識にとらわれない最高に変な奴だった。こういう面白い奴と出会えるから、俺は今の立場でいられる間にあちこちを見て回っているんだ」
そう言って白い歯を見せて笑うファルコは、少年のように眩しかった。