愛すべきベンチャー精神
「……どういうことだ」
いきなり飛び出した提案に、俺は興奮して鼻息を荒くしているファルコに問いかける。
「一枚噛ませろとは、何をするつもりだ?」
「何、問題はハッキリとしているのだ、そこを俺が補ってやろうと言っているのだ」
「補う……」
「ああ、ポーションの輸送全般を、俺の商会で受け持ってやろうと言っているのだ」
「受け持つって……そんな急にどうにかできるのか?」
「できる」
俺の質問に、ファルコは自信満々に頷く。
「我が商会なら確実にポーションを届けられる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
「それは……」
ファルコから急な打診ではあるが、確かに悪い話ではない。
ルドさんから指摘された問題を解決するには、いくつもの問題を解決しなければならない。
そのための時間も予算もない俺としては、ファルコが輸送を受け持ってくれるのなら非常にありがたい。
だが、それはそれとして問題はまだあったりする。
それは責任の所在と、報酬だ。
この場合の責任問題は、例えば輸送中のポーションの瓶が割れてしまった時、何かしらの事故が起きて従業員が怪我した時、そして利用者が思いもよらない不正を働いた時に、どちらが損害を被るか。
そして輸送全般をファルコの商会で受け持ってくれるということは、当然ながら報酬を支払わなければならない。
予定ではクライスからミーヌ村へ出ている定期便に乗せてもらったり、冒険者ギルドが懇意にしている行商人にお願いしたりして、結構な安価で契約をしている。
だが、途中で起きた事故に関してはこちらで請け負うことになっているので、労災問題に関しては結構シビアだったりする。
その辺の諸々の金額を頭で計算しながら、ニヤニヤと値踏みするようにこちらを見ているファルコへ質問する。
「条件は?」
「条件?」
「報酬諸々の話だよ……まさかタダで受け持ってくれるわけじゃないだろう?」
「ああ、そういうことね」
こういう時、察しがいい奴は助かる。
ファルコは資料の表面をポンポン、と叩きながら条件を話す。
「条件は単純、売上の一割でいい。残りは全部こちらで受け持とう」
「では、破損品の弁済も?」
「構わない。所詮は最低ランクのポーションだ。粗悪品の千や万、物の数ではない」
「さいですか……」
普段からよほど大きな金額を扱っているのか、ファルコにとって保証問題は問題ですらないようだ。
もっと吹っ掛けられると思われたが、売上の一割というのはこちらとしては非常にありがたい提案だ。
だが、ここまでの好条件をつけるということは……、
「この商売、儲かると思うか?」
「さあな、わからん」
金のにおいに敏感といった割には、ファルコの態度は素っ気ない。
「ただ、新しいことには積極的に関わりたいのだ。こういうのは最初が肝心だからな」
「ファーストペンギンってやつだな」
「ふぁ、ふぁすと……何だ?」
「……何でもない、気にするな」
ファーストペンギンとは、集団で行動するペンギンの群れの中で、天敵がいる海へ勇気を出して最初に飛び込んだものが最も多く餌にありつけるという話から、リスクを恐れず新しいことに挑戦するベンチャー精神の人物を、敬意を込めてそう呼ぶ。
この世界にペンギンがいるかどうかは不明だが、そんなアニマイドがいたらラックのいいライバルになるだろう。
「……クマ?」
不思議そうに首を傾げるラックに「何でもない」と手を振りながら話を戻す。
「売上の一割でやってくれるのなら非常にありがたいが……赤字だぞ?」
「最初はそうだろうな。だが、ハジメもやるからには手広くやるつもりだろう?」
「ああ、できれば手広く……いずれは冒険者にも広めていきたいと思ってる」
もし、冒険者ギルドがある地でサービスが提供できるのなら、手続きはギルド内で完結するので、より安定した運営が可能だろう。
「フッ、やはりお前も俺と同じ人種のようだな」
俺の顔を見ていたファルコは、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ならばハジメ、まずは三ヶ月、それまでは何があっても続けろ?」
「三ヶ月……どうして?」
「三ヶ月続ければギルドに正式な事業として登録される。そうなれば他の者がハジメの許可なしに同じ商いをすることができなくなる」
「なるほど……」
新規の事業が安定軌道に乗れば、ギルドに商標登録されるということか。
せっかく新しい事業が軌道に乗ったとしても、他の者に真似をされて儲けを奪われでもしたら、その先に待っているのはサービスの質を巡っての競合、もしくは厳しい値下げ合戦といった事業者としては最もやりたくない争いをしなければならない。
そういった醜い争いをしなくていいように、冒険者ギルドの方で管理してくれるのは非常にありがたい。
特許庁に商標登録の申請をする時には、審査の他に登録料を納める必要があるのだが、そういった手続きは不要とのことだ。
本当に、冒険者ギルドとはとことんお役所的な役割な場所だな。
そんなことを思いながら、俺は決断を下すことにする。
「わかった。売上の一割でいいのなら、ぜひ協力を願いたい」
「決まりだな」
俺が差し出した手を、ファルコががっちり握り返す。
「もう知ってると思うが、契約は冒険者ギルドで行う。この村の連中の契約のついでに俺の方も結ぶとしよう」
「えっ、今すぐに?」
今日のところは説明だけで、希望者を募って後に契約を……と思っていたようだが、ファルコの認識は違っていたようだ。
「話は早い方がいい。下手に先延ばしにして、決心が揺らいだら勿体ないだろ?」
そう言ってファルコが見やる先は、困ったように佇むマイクさんだ。
「マイク、お前は当然契約するとして、他の者にどうするか聞いてこい」
「えっ?」
「急げよ。明後日にはポーションの提供を始めるから、説明は簡潔にな」
「わ、わかりました」
ファルコに逆らえないのか、マイクさんはあるだけの資料をかき集めて鉱員たちに説明するために飛び出していく。
「…………かわいそうに」
まるでパワハラ上司に命令されて逆らえない部下を見ているようで忍びないが、確かに時間を置いて考えが変わられては困る。
そういった意味では、鉄は熱いうちに打てというファルコの考えは間違いない。
今なら最高級のポーションの恩恵の効果もあるので、きっとそれなりの数の契約を締結することができると思う。
ファルコがそこまで考えて決を下したのかはわからないが、同じ商売人としては完全に敗北を喫したことになる。
「ん、どうした?」
「……いや、何でもない」
だが、意地でもこの男に負けたとは認めたくない。
アラフォーに片足を突っ込んだ身としては子供っぽいことこの上ないと思ったが、それでもこの意地だけは通したかった。