今日がダメでも……
「な、何で……」
目の前の事実が信じられず、俺は愕然としながら割れた瓶へと手を伸ばす。
起きた事実は代えられないから、せめて原因を探ろうと思った。
最初の一本は底が抜けたように割れ、次の一本は下の方に亀裂が走ってそこからポーションが染み出ている。
割れ方に共通点でもあれば問題点を見つけられそうなものだが、瓶の割れ方も、位置もバラバラで原因を特定するのは容易ではなさそうだった。
「どうしてこんなことに……」
「す、すみません、私の運び方が……」
「いえ、アリシアさんの所為じゃないよ」
今にも泣きそうな表情になっているアリシアさんをすかさずフォローする。
「これまで何度も練習に付き合ってもらって、アリシアさんは完璧に仕事をこなしてくれていた。だから、そんな顔をしないで」
「で、ですが……」
「それにこの程度で割れるのでは、どちらにしても安全に運べるとは言い切れないよ……実際に運ぶのは、アリシアさんじゃないわけだし」
誰がやっても同じ結果に……安全に運べると証明できなければ意味がない。
割れた分の補填は当然ながらこちらがするとしても、想定外の支出が増えるのは望ましくないし、サービスの提供が滞るのは避けなければならない。
「……やっぱりな」
割れた瓶を前に打ちひしがれる俺の耳に、冷静な声が降って来る。
「案としては悪くないが、見積もりが甘かったな」
「ルドさんは、この事態を予期していたのですか?」
「ああ、そうだな」
俺の質問に、ルドさんは目を閉じてゆっくりと頷く。
「ポーションの瓶ってのは、繰り返し使うから存外劣化が激しいんだ。後は中身の有無でも強度に差が出る。大方実験では、瓶の中身を抜いてやったんだろう?」
「そ、そうです……」
まるで見て来たかのようなルドさんの指摘に、俺は唸るしかない。
冒険者ギルドのアイテムボックス内に数百万本のポーションが収納されているぐらいだから、瓶は常に大量生産されているのかと思ったが、多くの場合は中を洗浄して使い回しているらしい。
だから瓶によって強度に違いがあるのも当然だが、正十二面体に似た特徴的な瓶の形も、輸送中に割れてしまう要因の一つであるようだ。
「考えは悪くない。理念も共感できるが、輸送の問題を解決できなければ、お前さんが被る損失はかなりデカくなるんじゃないのか?」
だからまずは輸送の問題をどうにかしてから出直して来い。
直接言われたわけではないが、ルドさんの目は雄弁に語っていた。
「…………」
一転して契約どころではなくなってしまったことに、俺はルドさんの視線から逃れるように顔を伏せる。
確かにこの問題を解決できなければ、安定したサービスの提供はもとより、今後の事業の拡大に大きな不安を残すことになる。
明確な解決法をこの場で示すことができないと、せっかくいい雰囲気だったのに水泡に帰してしまう。
どうにか代案を考えないと……、
下唇を噛み締め、必死に頭を巡らせ続ける。
荷馬車の通るルートを変えれば?
瓶の詰め方を変えてみれば?
そもそも瓶の形を、角を取って円形に変えてしまえば?
いくつもの考えが浮かんでは消えて行くが、どれも今すぐ実践できるものではないし、実現可能かどうかも怪しい。
こんなことなら、瓶の中に水でも詰めて実験するべきだった。
自分の想定の甘さ、不甲斐なさに苛立ちを紛らわすように親指の爪を噛む。
すると、
「ハジメさま、大丈夫クマ?」
ラックが隣にやって来て、俺の太ももに乗って来る。
「そんなに自分を責めちゃダメクマ。眉間にしわが寄っているクマ」
「眉間に……」
「そうクマ、そんなに辛いなら無理しなくてもいいクマ」
「ラック……」
大きな瞳を潤ませてスリスリとすり寄って来るラックを、俺は呆然と抱き上げる。
「ラック、難しいことはわからないけど、ハジメさまには笑顔でいてほしいクマ……だから、結果を焦らないで欲しいクマ」
「俺は……」
ラックにこんなに心配されるほど、酷い顔をしていたのだろうか。
……いや、していたな。
冷静になって自分の態度を思い返せば、相当追い詰められていた。
いくら予想外のトラブルが起きたとしても、商談の場で見せていい態度ではなかった。
「ぷるる……」
さらにプルルも桶から這い出て来て、触手を伸ばして俺の頬を優しく包み込んでくる。
「ぷるぷる」
「プルルも……わかったよ」
相棒たちにこんな心配をされてまで、意地を張る必要はない。
ルドさんは何も俺の事業に反対しているわけではないのだ。
改善策を明示して、ルドさんが納得できるところまで持っていければ、むしろ契約の後押しをしてくれるかもしれない。
それにマイクさんたちの熱気は、最高級のポーションの効果によるものが大きいので、熱気が醒めた時に契約解除を申し出る人が出るかもしれない。
だから今日の出直しは、明日に繋げるための前向きな後退だ。
「ラック、プルルもありがとうな」
俺は大切なことに気付かせてくれた相棒たちを抱き寄せると、感謝の意を伝えるように軽くハグした後、微笑を浮かべているルドさんに向き直る。
「ルドさん……」
改めて出直しを宣言しようとすると、
「ハハハ、困っているようだな。ハジメ」
「――っ!?」
突如として響いた大きな声に、俺は弾けたように顔を上げる。
「どうした? そんなに俺と再会できたことが嬉しかったか?」
「……そんなわけないでしょう」
思わず辟易したように吐き捨てると、白スーツ姿の男性は大口を開けて豪快に笑った。